其ノ陸 大妖怪は弟子を伴って買い出しをする
妖怪変化【よう・かい・へん・げ】
妖術の一種。妖怪が別の姿に変わる。惑わせるためなどにも使われる。
鍛冶屋を出た香茨に会合の出席を話した酒木は、香茨を路地裏に引っ張った。
「なんですか!?」
「黙れ」
ひどい、と言う間も与えられず連れ込まれた香茨。
急に髪をほどき羽織を脱いで頭から被った師範に、驚きの連続である。
「ちょっと屈んで歩くから、そこの宿までお前が連れ込んだ風で行け」
「……はい??」
「そこの宿」
「いかがわしい宿ですね、それが??」
「連れ込んだ風で」
「いやですよ!!」
「黙れ行くぞ」
酒木は有無を言わせず路地から出る。
その姿でいると背の大きい女鬼そのままである。
「ちょ、しは……」
声を上げようとした香茨を、裏声の酒木が遮る。
「うふふ、香茨さんったら」
(何かしらの理由があるんでしょうが、なんですかコレ……)
早くも酒木に順応しつつある香茨である。
しかし演技とはいえ初めての体験(いかがわしい宿)でぎこちないのだった。
「もう二度とあんな思いしたくないです……」
宿屋の一室に入るなりげっそりとそう言った香茨を、酒木が笑う。
「いつかの練習になっただろ。そんで出る時もあるからな、受付」
にやにや。
「人の心ないんですか……」
「さぁな」
軽口を叩き合っていると、酒木が風呂場へ向かって行ったのでさらに肝が冷える香茨。
「何してんですか!?」
「来んなよ、変態」
ひょいと覗いて言った香茨を、酒木はわざわざ浴衣の前をかき合わせて笑った。
「なっ!?違いますよ、おれは!」
「変化するから来んなって」
ひらりと手を振り、今日ばかりは香茨を揶揄って楽しむ酒木であった。
「ふいー、ひっさしぶりの変化で時間かかったわ」
そう言って出てきた酒木の声が、少しいつもより高いことに香茨が気付く。
振り向くと——
「あ??」
いつも通りの柄の悪さで、背が縮み、体に曲線がついた師範が立っていた。
「うわああああああああ!!!」
「なんだようるせーな」
しっかりとヘタレの反応をした香茨を蹴り飛ばそうとして酒木は自分の姿を自覚し、やめておいた。
「し、師範……?」
「そーだよ、なんだよ」
「変化できたんですね……」
長い髪は後ろに流されているし、美の暴力だった顔も美と可愛さが7:3くらいになっていて、普通に可愛いと香茨でも思ってしまった。
「あったりめぇよ。大妖怪だぜ?」
「なんでちょっとテンションおかしいんですか」
「変化したらちょっとハイになんだよ」
「なんですかその謎仕様」
「俺もしらねぇってばよ」
「だから、ちょっと変なんですよ」
「な、変とはなんだ師範に向かって」
む、とする酒木を見て、香茨は大変居心地が悪くなった。
(女子に暴言吐いてるみたいな気持ちになる……)
「で、なんで変化したんですか?」
「買い出しするからな、悪口言われてたらやりにくいだろ。この姿だったら刀も持ってねぇしバレねぇ」
「思ってましたよ、途中から刀持ってないなって」
「コインロッカーに預けてきた」
「刀をですか!?」
「そう」
普段よりキレッキレな二人のやり取りだった。
「行くぞ!!!早く刀提げろお前!」
「は、はいっ」
怒鳴る師範に、慌てて香茨が箱を開ける。
「わぁ……、すごい……」
普通の日本刀より細めの刀身で、鞘にツルイバラが彫られていた。
「特注。松竹梅も【松】で一級品だぞ」
「ハードル上げないでくださいよ!!」
言いながら、買った腰紐で帯に固定する。
「いいの買ったな」
酒木が目を細めていうくらい、香茨に似合う腰紐だった。
「一目惚れだったんです」
普通の腰紐の二倍くらいある灰色の組紐。赤の玉がついた房が付いていて、豪華なものだった。
「小遣いどれぐらい使ったんだ?」
無神経に聞いた酒木の言葉に、香茨がピクリ。
「ん?」
重ねて聞く酒木。
突き返された長方形は半分にして押し付けたはずだが。
黙って俯いている香茨を覗き込んで聞く。
「ん???」
「あ、あの〜……」
「んん〜〜???」
「すいませんもらってた分全部使いました」
蚊の鳴くような声で早口で言った香茨。
「だよなぁ〜、やっぱり最初のまま貰っとけばよかったよな!!!」
目を逸らす弟子を目を見開いて追いかける。
欲が出てきた弟子。いいことだと思いながら追いかけまわすのだった。
いかがわしい宿の中で。
なかよし(意味深)。
気を取り直して買い出しへ。
香茨は早急に家に帰りたかった。
(視線が……痛い……)
いつもと違う視線の向けられ方だったからだ。
いつも↓↓
「うわ、酒呑童子だ……」
「大江山の?」
「ちっ、気が滅入るぜ」
今日↓↓
「美しい……」
「結婚したい」
「誰だよ隣の男」
と言った具合で。
「ねぇ香茨さん、香茨さんの着物を見に行かない?」
そう言って腕を回してくるノリノリの師範にもげっそりである。
「あ、ああ。行こうか」
(なんでこんな無駄に演技力高いんだこの人……)
「……あれ」
ぱ、と目に入った店は、先ほど酒木が見ていた簪が売っているところだった。
『組紐じゃ緩いんだよなぁ』
悩んだように言っていた師範。
「ねぇ天音、少しあそこに寄ろうか」
口裏合わせで設定した名前を呼び、香茨は酒木に微笑んだ。
「ありがとう、香茨さん」
そう言って笑った酒木の髪には、香茨が持っていた残り少ないお金で買ったかんざしが刺さっている。
ただの赤い玉がついただけのものだが、酒木によく似合っていた。
「いいえ」
(これだったら変化をといても使えるしな……)
と、思うのだがどうにも言い訳くさくなってしまって。
男性が簪を女性に贈る意味。
求婚の意味があるので、大変気まずい香茨なのだった。
会合の買い出し(香茨の着物(めっちゃ高そうな呉服店に行きました))を済ませた二人は、同じ家に帰るのだ。
家に帰った後、酒木に謝られたのは、また別の話である。
「なんかその、変化するとテンションキマるんだよ」




