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其ノ肆 大妖怪は弟子を少し理解する


 

 

 

 

「た、ただいま帰りましたぁ……」

 

 ボロボロになった香茨が、そう言って戸を開けたのは、夜が明けた頃だった。

 

 ひどい訓練だった。なにしろ裏山には「惑わせ草」なる植物がわんさか生えていた。

 

 強い幻覚作用があり、しかも作用が効いている本人は全くその自覚がないという恐ろしいシロモノ。

 

 道を進んでいたら後一歩で崖だったとか。よく聞く事例である。

 

 ただ、一つ安全装置が存在する。惑わせ草は命の危険の直前に幻覚を解くのだ。

 

 なので死者は出ない。ただ「死ぬほど」ひやっとするだけなのだ。

 

 という。素晴らしく安全。

 

 香茨はそれに惑わされ、肝が冷える思いを何度もし。精神的に強くなっていた。

 

 それが酒木の思惑と知らずに。

 

(死ななきゃいいんだ、死ななきゃ)

 

 

 

 

「おう、遅かったな。団子全部食っちまった」

 

 玄関まで出迎えた酒木。最後の一本をむぎゅむぎゅしながら仁王立ちで香茨を見下ろしている。

 

「師範、鬼ですか…」

 

「?俺は鬼だ。お前もだろ」

 

「そう言う意味じゃないですよ……」

 

「そこで寝んなよ、風邪ひく」

 

「うぅ〜……はい……」

 

 立ち上がって酒木の横を通ろうとした香茨の……異変に酒木は気づいた。

 

(薔薇の、におい……)

 

 肩を掴もうとして、さらに気づく。

 

 さっきまでの傷が、ない——

 

「お前」

 

 酒木は、奥に進んだ香茨にピリついた視線を送る。

 

「……?なんですか、師範」

 

 香茨はきょとんとしていて、それに酒木は、気が抜けてしまった。

 

「……いや、なんでもない。風呂入ってあったまれよ」

 

「へへ、はい」

 

 少し、ほんの少しだ。きれいな髪が汚れていることが、もったいなく思えた酒木なのだった。

 

 

 

 

 

 訓練で気絶していた時間も短かった香茨が、山を下り疲れ果てて眠ってから次に起きたのは昼過ぎのことだった。

 

 目を覚ましたの香茨が始めに思ったこと。

 

(山に放置するってよく考えたら頭おかしいんじゃないか、あの人……)

 

 寝ぼけているのもあって随分な言い草である。

 

 もちろん間違ったことは言っていないのだが。

 

 顔を洗いに井戸に向かった香茨が見たのは、香茨用の木刀を素振りする酒木だった。

 

 何度か振り、座り込んで削ることを繰り返していた。

 

 香茨といえば、実のところ、少し驚いていた。

 

 それは一昨日から思っていたことで、不思議と胸がむずむずするのだった。

 

『大江山の酒呑童子』と聞いて、悪口を言わない者はいないと言っても過言ではないほど、彼は嫌われている。

 

 そんな人じゃ、ないんじゃないか。

 

 確かに、粗暴で、ぶっきらぼうで。口も悪いしすぐに殴るけれど。

 

 香茨には酒木が、ただ、『不器用な人』なだけに見えていた。

 

 ただ頭領試験のためだけに拾ったのならきっと、鍛えなくてもよかった。

 

 酒木が圧倒的な力を持つのだから、ワンマンチームで良かったはずだ。

 

 まだ、彼のことは何一つと言っていいほど知らないが。

 

 彼の嫌われている理由を疑い始めた香茨なのだった。

 

 でも今は。

 

「師範!おはようございます!遅くなってすみません!」

 

 笑って駆け寄って、不器用にそっぽを向く師範に遅い昼ごはんの希望を聞くとしよう。

 

 

 

 

 

「……おい」

 

 純粋な実力では最強を誇る酒木の顔を、こんなにも歪ませることができるものはきっと他に存在しないだろう。

 

「なんでしょう?」

 

 そんな師範に涼しげな顔でとぼける香茨。

 

 遅くなった昼ごはんの膳には。

 

 ほうれん草のお浸し(酒木の天敵)が。

 

「これなんだよ」

 

 箸でお行儀悪く小皿を指す酒木。

 

「ほうれん草です」

 

 黙々とお味噌汁をすする香茨。

 

「違う。なんで野菜がある」

 

「栄養バランスが悪いからですよ」

 

「俺は食わねぇからな」

 

「好き嫌いしたら大きくなれないんですよ?」

 

 幼稚園児の如く野菜を嫌う酒木と、流しつつ少し馬鹿にする香茨。

 

「誰に物言ってんだお前!!今度野菜使ったら訓練五倍キツくするぞ!!」

 

「師範、それは違うでしょう!?」

 

 しかし力関係はやはり酒木のほうが……上?のようである(?)。

 

 

 

 

 

 ヒュ、と軽く風を切る音。のち

 

「違う、もっとまっすぐ振れ」

 

 酒木からの指導が飛ぶ。

 

 今日も今日とて剣の指導である。

 

 初日に比べれば態度は軟化していたが、それでも酒木はスパルタだった。

 

「師範、どうしたらまっすぐ振れるんですか」

 

 汗の滲む額を浴衣の袖で拭った香茨は、圧倒的にアドバイスが下手くそな酒木に問う。

 

 一瞬仏頂面で固まった酒木は、おかしな挙動で答えだす。

 

「そりゃお前、こう、ズバッとだな」

 

「ズバッと?」

 

 思わず半目になった香茨である。

 

「なんだっけか、あー、そう。お前もうちょっと前に重心あっていいぞ。引きグセがついてる」

 

 しばらくもごもごしていた酒木は、やっとまともな答を出した。

 

「引きグセ、ですか」

 

 少し冷えた香茨の声音に、酒木はまた違和感を覚える。

 

 出会ってから、いや、出会う前から、香茨には()()あった。

 

 今まで何も触れなかった。

 

 言いたくも、言いたくなくも、なさそうだったから。

 

 なぜ、殴られていたのか。

 

 異能を知らないのか。

 

 ふざけるときも、少し身構えるのか。

 

 ——戦い慣れていないのに、傷跡が多くあるのか。

 

 話さないのなら、それでいい。

 

 そう思う酒木なのだった。

 

 

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