其ノ参 大妖怪は弟子を少し疑う
「おはようございます、師範」
そう言って深々と礼をした香茨に、朝の5時に起こされた酒木は不機嫌に怒鳴りつけた。
「おはようすぎるだろ!俺はいつも昼まで寝るんだよ!邪魔するんじゃねぇ!!」
そう言って布団に戻っていった酒木。
香茨は戸惑った。
師範って普通誰より早く起きて稽古するものなんじゃないの……?
「え、あの、師範」
それから香茨がいくら声をかけても一切返事をしなかった酒木である。
香茨は、うんともすんとも言わない布団の塊を見つめ、少しの間逡巡した。
そして、しょうがないかと折れた香茨は、まず自分のできること、そして自分のすべきことを考えた。
と言っても、香茨ができることはごく一般的なことしかなく。
「やるしかないか……」
一人呟いて、香茨は酒木に貸してもらった浴衣に襷掛けをした。
……ダダダダダ!!!
酒木が異常な音に目を覚ましたのは、香茨に起こされてから一刻ほど後のことである。
遠ざかっては近づいてくる音に、酒木は寝室の襖まで這いずっていき、様子を伺った。
そこには廊下を雑巾掛けする、昨日拾った弟子が。
「あ、師範。起きたんですね。朝ごはん食べますか?」
爽やかな汗を流す弟子に、酒木はほうけた顔で頷いた。
「師範、苦手なものあれば言ってくださいね。これからは僕が炊事洗濯掃除をしますから」
二人で向き合って香茨の作った膳を囲んでいる時、香茨が言った。
「あぁ、いや……」
一瞬、酒木は迷った。
言うか、言うまいか。
お母さん……と。
「お前、その。“僕”ってやめろ。弱く見えるだろ。俺って言え」
結局言えず、別の話題に切り替えてしまった酒木。
「はっ!そうですね。お、おれ……ってこんな感じですかね!?」
「はっ、ヘタクソか」
「えっ!?じゃあど、どうすればいいんですか?」
「使い慣れろ」
「も、もっともだ!!」
「俺はいつももっともだ」
「え、そうなんですか…?」
「違うから嫌われてんだろ」
「え、き、嫌われてないですよ!」
「無理に言わなくていいぞ?」
「ほんとですって!」
酒木は笑って、ふと思った。
ああ、久しぶりだな。こんなにも楽しく他人と話すのは。
「まぁ、その、ありがとな。掃除も、飯も」
笑いの余韻をそのままに言った感謝は、これまた随分と久しぶりだった。
「……!っ、はい!」
酒木は、嬉しそうな香茨に、つい微笑みが溢れてしまった。
「後な、お前」
微笑みをそのままに低い声を出した酒木。
「なんでしょう?」
滲む感情を予測できなかった香茨に、怒鳴る。
「俺は!!野菜が!!嫌いなんだよ!!!」
見事に野菜フルコースの朝食に文句を言ったのだった。
午後、酒木邸の裏山。
「おい」
「は、はい……っ」
「まだいけるだろ」
「う、うぅ〜……はいぃ」
「違う、そうじゃない」
「筋が!!!悪い!!!!筋肉が!!!なさすぎる!!!!!」
「はいぃ〜〜〜!!!」
と、まぁ酒木にしては珍しく稽古をしていたのだが、香茨は酒木の想像以上に運動音痴であった。
「そんなんじゃ真剣も持てねぇぞ……」
地面でゼェゼェと息をする香茨を見下ろす酒木。
そばには細めの木刀が落ちている。
先ほど酒木が適当に削ったものだ。
「もうちょい細くするか」
酒木は言って、小刀でまた削りだす。
「よし、師範!もうできます!」
香茨がパッと立ち上がり、それに酒木は焦って言う。
「ちょっと待て、すぐに動いたら……!」
鼻血を出して倒れた香茨に、その言葉は届かなかった。
香茨が目を覚ますと、そこは随分と空気の薄い山頂付近だった。
「え……?」
寝ぼける頭で必死に考え、自分がいた場所を確認する。と、酒木の羽織を枕にしていたことがわかった。
そこに一つ、書き置きが。
『先に帰ってる。一番上に置いてきた。自力で降りてこい』
角ばった字が、香茨を突き放す。
「嘘……」
周りを見渡す。
木。木。木。霧。
「師範〜〜……」
情けない声を上げた香茨は、しばらくその場でうじうじとしていたのだった。
一方その頃。
酒木は自室で月見をしながら団子を食べていた。
……それはもう、ものすごい量の。
むぎゅむぎゅ。ごっくん。むぎゅむぎゅ。
山積みの団子の横には食べ終わったの竹串が、これまた山ほど。
手と口が止まらない酒木。
実は思考がゆっくり進行している酒木。
ぼーんやり。
(アイツの異能ってなんだ…?)
と。
異能とは、強い妖怪なら誰しも持つ能力である。
例えば、現頭領の秘書、くさびらさん。
彼は『胞子』の異能を持つ。
胞子を放出し、自分の分身を作り、事務仕事を効率的にこなす異能である。
その、異能。香茨のものは、本人も知らないようだった。
普通は稽古の時に言うものだ。それ以外の作法は十分だったので、おそらく異能の知識を意図的に教えられなかったのだろう。
(なぜ)
香茨の過去、香茨の異能。気になることは山々だ。
団子のごとく。




