其ノ弐 大妖怪、弟子をとる。(確信)
「あ、あの」
路地で鬼を拾って少し経った頃。
家路を気だるげに歩く酒木の後ろを、香茨はついていきながら声をかけた。
拾うか、などと発言したのち「ついてこい、なるべく悲惨そうな感じで」と謎の命令を飛ばした酒木に混乱していたのだ。
「喋んな、仲間だと思われるぞ」
瞬間、香茨は理解した。
この人、僕を守るために——
さっきまで殴られていた自分を、理由も聞かずに助けてくれた。
刀を背負っていたのも、鞘からは抜いていないし、ただの威嚇。
「あ、ありがとうございますっっっ!」
反射で嬉しさを出してしまった香茨に拳骨が沈んだのは、言うまでもない。
香茨を遠巻きに可哀想がる妖怪たちの間を通り、しばらく歩き続けること約四半刻《三十分》。
香茨の二歩前を歩いていた酒木は一軒の屋敷の前で足を止めた。
「入れよ」
すっかり人里を離れ、民家もないところまで連れてこられた香茨を、酒木は屋敷へと招き入れた。
大妖怪が住まうに相応しい広さではあるのだが……
いかんせん、人の気配が全くしない。
「お邪魔します……」
香茨は言われるがまま、立派な門をくぐり敷居を跨ぐ。
意外にも白檀の落ち着いた香りがして、拍子抜けしてしまった香茨である。
酒木はずかずかと奥へ進み、くあ、と一つあくびをして襖を開けた。
「どーぞ」
招き入れる姿勢の酒木に、香茨は戸惑う。
本当にこの人、あの「大江山の鬼」なのか…?
早く入れよといった酒木に慌てて謝り、香茨は部屋に入った。
粗暴な酒木の屋敷とは思えないほど、がらんとした部屋だった。
家具や飾りなどがほぼ一切なく、座布団と、仕切り用の屏風が壁際に寄せられているだけであった。
「座れよ」
と座布団をよこした酒木に、香茨は遠慮の姿勢を見せた。
「あの、僕はその……着物が、汚れてるので……」
その行動を見て、酒木は思う。
こいつ本当に、俺を怖がらないんだな……
怖がるどころか、酒木を尊重している様子の香茨に、酒木も少しの戸惑いを抱いていた。
「別に気にしない。座布団も服も、洗濯すればいいだろ」
ぶっきらぼうに言い、酒木は照れかくしに酒瓶を腰紐から解いた。
その拍子に酒を落としそうになっていて、香茨がさらに拍子抜けしたことも、今はまだ酒木は知らない。
「さて」
酒木が香茨の方を見る。
「お前、弟子だ」
「……はい?」
急な発言に思考が追いつかない。
「弟子。今日から」
「え、あの、話が急すぎて……」
「試験が終わるまででいい」
「試験って、頭領試験ですか……?」
香茨が質問を返すと、酒木は酒を呷りながら言った。
「頭領試験の第一門。弟子が必要なんだ」
あまりにも正直すぎる理由だった。
「……ぼ、僕は、ただ助けていただいただけで……」
「拾った」
「拾われたんですか、僕」
「拾った」
断言。
香茨は混乱した。
あのことがあって、行く宛もなく、殴られて、たまたま助けられて――弟子?
(展開が、雑すぎる……)
だが。
「嫌なら別にいい」
酒木は一切こちらを見ずに言った。
「ただし」
赫い目だけが、ちらりと向く。
「次に殴られても、俺は助けねぇ」
その一言で、香茨は理解してしまった。
「あの、それって」
香茨は、あまりの気持ちに、泣きそうになった。
「僕を、鍛えてくれるって……こと……」
前のめりで言うと、酒木はそっぽを向いてまた酒を飲んだ。
「なんだよ、逃げてもいいぞ」
「……い、いえ」
香茨は、深く頭を下げた。
「弟子に、してください」
酒木は少しだけ目を見開き、それから鼻で笑った。
「この國で俺の次に強くしてやる。俺が一番だからな」
そう言って、酒瓶を香茨の前に置く。
「まず教えてやる」
「な、何をですか」
「弟子の心得だ」
酒木は立ち上がり、座布団を移動させ、香茨の真ん前にずい、と座った。
「俺の後ろを歩け」
「はい?」
「俺より前に出るな。俺に遅れるな。俺より目立つな」
「え、あの」
「死なないようには、面倒を見てやる。最初の半年は」
「ちなみに、それ以降は…?」
「自分の身くらい自分で守れ」
「えぇっ!!」
「安心しろって、鍛えるから」
一拍、間をおいて。
「……まぁ、実力行使でだけどな」
ぼそっと言った酒木。
「えぇぇぇえぇぇーーー!?」
香茨の悲鳴が、夜の屋敷に響いた。
こうして。
大妖怪と拾い物の鬼の最悪の師弟関係が、正式に成立したのである。




