其ノ参 大妖怪、集結。
一歩、正殿へ踏み入ると、そこは異世界だった。
朱塗りの柱と、絢爛な欄間。
蓮の池に浮かぶ昇降機。
それを囲むようにできた廻廊と、明るく照らす灯籠。
幾重にも重なる階層。
官吏は皆紗を顔につけていて、決まった制服を揺らしている。
「わあ……」
舌打ちをしてめんどくさそうに先を歩く酒木を、香茨は雛鳥のように追いかける。
「す、すごいですね師範!中央がこんななんて知りませんでした!」
「落ち着けって。いくらでも見る機会はある」
入殿受付の官吏に召状を出し、印鑑を押してもらった。
受け取ると印鑑から桜の花が咲き、花びらを落とす。
「し、師範!花、花咲きましたよ、印鑑から!」
「はいはい、行くぞ」
見るもの全てに感動する香茨を、酒木は心なしか嬉しそうに見ていた。
建物の中央に位置する昇降機の前に、官吏が立っていた。
召状を見せ、確認をとってもらう。
「八十階まで上がって頂きます」
そう言って昇降機を操作した官吏は、酒木に一礼した。
(師範ってそうか、大妖怪だったんだな……)
今更ながら、酒木の背中を見てしみじみ思う香茨。
出会った時から大きな背中は、その時よりもう一回り、大きく見えた。
チン、と音が鳴って、文字盤の針が壱階を指す。
「いってらっしゃいませ」
そう言ってもう一度一礼した官吏に見送られ、二人は昇降機に乗り込んだ。
硝子張りの箱は、廻廊を流し見ることができる。
「う、うわぁすごい!すごいですよ師範!速い!あっ、あっと言う間に弐拾階ですよ師範!」
硝子に張り付いて興奮する香茨を、酒木はめんどくさそうに無視した。
「ふおおおぉぉ〜〜…!!」
「お前さ……」
「な、なんですか師範!すごいですねこれ!」
香茨は腕を組んでもたれかかっていた酒木を振り返る。
「田舎者だろ」
ピシィ……
石化する香茨。
さらさらと崩れていく香茨をヘッと笑った酒木は、外を見てバカにしたように笑った。
「おおー、すっげぇなぁ。あっという間に陸拾階だなぁ」
「嘲笑ってますね師範……?許しませんよ……?」
崩れていきながらお野菜のジェスチャーをした香茨。
「いやいやいやいや、すっげえよなほんと!!昇降機!これは何回も乗りたくなっちゃうよな!!」
酒木は崩れていった香茨の粉塵を集めて固めながら、ひきつった笑みでフォローする。
「ですよね!師範っ!」
元に戻ってぱぁ!と笑った香茨を見て、めんどくさいなこの弟子。と思う酒木だった。
チン、とまた小気味よく音を立てて開いた昇降機の扉を出て、そばにいた官吏に連れられて会議室に向かう。
「酒木様」
官吏の無機質な声を酒木が捉える。
「なんだ」
「……おそれながら。お弟子様の蓮にお気をつけて」
一瞬でピリついた酒木の目。
目を伏せて一つため息を吐き、顔を上げて不敵に笑った。
「俺の弟子だからな」
二人の会話の意味がわからず、疑問符に脳内を占拠される香茨にも酒木は笑いかけた。
「こちらです」
第拾伍会議室と書かれた標札の前で、官吏は一礼する。
「私はこれで」
一瞬。
官吏はちらりと香茨に視線を送り、去っていった。
きょとんとする香茨に、酒木はまた不敵に笑った。
「言うまでもなく、生きて帰るぞ」
その笑顔が今までで一番輝いていて、香茨は同じように歯を見せて笑った。
「ガッテン承知です、師範」
「っは、似合わね」
「うるさいです」
僕は臆病だった。
実のところ、会合に出る勇気なんてものはチリ一つほどの大きさもなかった。
会合は怖くなかった。
怖かったのは。
恐れていたのは。
「天宮、後ろの犬はどこで拾ったんですか?」
円卓を囲む5人の中で2番目に力を持つ、東音寺春臣その人だった。
悠然と座っている春臣は、聖人のような笑顔を浮かべている。
香茨は俯いて、歯を食いしばった。
カタカタと指先が震える。
「……ハル」
呆然と呟いた酒木の、抜け殻のような声を、香茨は聞いたことがなかった。
酒木の長い爪が握りしめた拳に食い込み、白磁の床に鮮血が滴り落ちる。
さらり、首を傾げて、春臣は空虚に微笑んだ。
「それ、私の門下だったんですよ」
香茨は一歩、後退りする。
先ほど入ってきた扉に背が当たった。
(知られたくなかった——)
絶望が波紋のように広がる。
「あのさ、ハル。それぐらい知ってるよ俺は」
いつもの声と全く違う柔らかい声で、宥めるように酒木は言った。
ハッと顔を上げた香茨に、酒木は力強く笑った。
「そんで、この会議にその話カンケーある?」
今度はいつも通り威嚇するような荒い声で、前を見据えて酒木は言った。
臆病な鬼は、孤独な鬼に勇気づけられた。
その時に、弟子になってよかったと心の底から思ったことは、ずいぶん後に本人に伝わる。
「いいえ、ありません」
春臣は作り笑いだとわかるような笑顔を向けて、「座ればどうでしょう」と酒木と香茨に声をかけた。
「キッツいなぁはるる。しょっぱな血が流れたじゃん」
酒木が着席している間、酒木の隣席の影丸は春臣に笑いかけた。
無邪気な笑みに見えるのに、どこか違和感がある。
「烏丸、手当」
影丸は短くそう言った。
不服そうにしながらも、烏丸は酒木に近づいてきて包帯を巻く。
みるみるうちに血が滲み、巻いた途端に変えなければいけなかった。
そうこうしているうちに傷口が塞がってしまい、烏丸は舌打ちをして影丸の横に戻っていった。
「臣、流石に飛ばしすぎです」
白樺が目を伏せて口元に扇子をあて、眉根を寄せる。
「はーちゃんはご機嫌斜めみたいやね?」
狐耳の花魁が見た目の割に低い声で笑う。
大妖怪の第四位、九尾の九重玉藻だ。
大輪の牡丹のような人だと香茨は思った。
女とも男ともとれない声と、背格好。
背丈は男のそれだが、体の線の鮮やかさは女性のものである。
「すみません場を乱してしまって」
春臣はまた、聖者の笑みを浮かべて謝る。
「じゃー始めるか」
影丸の軽い口調の挨拶で、会合は始まった。
「大妖怪会合、開会だ」
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