其ノ壱 大妖怪、弟子をとる…?
其ノ壱 大妖怪、……弟子を取る?
——人に好かれない、というのは才能である。
少なくとも、「大江山の酒呑童子」こと大妖怪の酒木天宮は、そう思っていた。
……ただの強がりだが。
時は和暦8100年。
大陸一のあやかし大国、「真ノ國」では、700年間頭領を務めた座敷童の引退が近づいていた。
彼の後任は誰になるのかと、世間はその噂で持ちきりである。
有力候補筆頭は『大妖怪』の名を現頭領より賜った伍人の内の肆人。
日高の龍神、東音寺春臣。
愛宕の大天狗、烏夜影丸。
下野の妖狐、九重玉藻。
旭川の雪女、塩月白樺。
もう一人は言わずとも、大江山の鬼、酒木天宮。なのだが。
彼は誰からも支持されない。
他の肆人と同じく大妖怪、容姿も戦力も頭ひとつ抜けて優れている。
なのになぜか。
理由は明快である。
嫌われ者だからだ。
なにしろ気性が荒くって、物もよく知らない。口も悪い。おまけに大酒飲みで、なのに強く美しいものだから気に入らない。
宝の持ち腐れ。
決定的になった出来事は……まぁ、誰でも知っていることだ。
わざわざ話すのも、野暮ってものである。
およそ参年前のことである。
「そろそろわしも隠居したいのぉ」
少年の姿形の長がそう言った時、集まっていた閣僚たちは一瞬目を丸くした。
その後、
「それもいいでしょうなぁ」
イケオジたちは心の余裕が凄まじいので、あっさりと許諾した。
まぁこれが、俗に言う壱捌事変である。
妖学校初等部で習う内容だ。
教科書には長と閣僚が優雅におティーをしばいている写真が載っている。
それがこの頭領試験の始まりのできごと。
その出来事から参年後、つまり現在。文月。
真ノ國の各地で、試験内容が発表された。
『頭領試験、第一の門。弟子を取ること』
現頭領の秘書である、茸の妖怪「くさびら」が発表した瓦版にその文があった時、集まっていた妖怪たちは一斉に色めき立った。
なんだ、頭領試験とはそんなものか、意外と簡単じゃないかと妖怪たちは笑い合う。
京の地でその発表を見た、ただ、一柱を除いて。
「……は?」
酒木は、もう一度瓦版をまじまじと見直す。
誰の血よりも深い赫が力一杯見開かれる。
『弟子を取ること。統率力、教育力を見定める。期限はこれより半年後』
次に周囲を見渡す。
誰もが誰かのもとへ向かい、声をかけ、笑い合っている。
――誰一人として、自分の方を見ていない。
(ぼっちかよ……)
「おい」
声をかければ避けられ、
目を向ければ逸らされ、
近づけば距離を取られる。
美貌の大妖怪、酒呑童子。
妖力も実力も文句なし。
なのに――
「誰も、来ないのだが?」
静まり返る酒木の周囲半径三歩。
まるで結界でも張られているかのようだった。
結果は明白だ。
弟子志望者、ゼロ。
「……ふざけるなよ」
ギリギリと、拳を握りしめる。
頭領試験、その一。
開始早々、最大の関門が立ちはだかった。
そして、五ヶ月がたった頃。
苛立ちを酒で流しながら、酒木は真ノ國の街道を歩いていた。
息を飲むほど美しい長い白髪も、乱雑に組紐で結ばれ、哀愁漂い揺れている。
朱色の街灯がさまざまな色の光をそこらに撒き散らし、街はまさに「頭領試験ムーブ」である。
絢爛な雰囲気の街道は、酒木が歩くと途端に静まり返った。
酒はうまい。景色は綺麗。うるさい羽虫もいない。
最高の気分のはずなのだが。
(弟子、弟子、弟子、弟子、弟子……)
ここに、弟子に思考を埋められている可哀想な鬼が。
「……デシィッ!!!!!」
思わず叫ぶも、周りはビクついて逃げていくばかり。
絶世の美貌も、怒れば修羅。
益々妖怪は彼を避けるだけである。
「なぜ俺にはこんなにも人望がない……」
もう屋敷にでも帰って、侘しく宅飲みと洒落込もうかと考えた矢先、大きな道に逸れた細い路地から呻き声が聞こえた。
「うっ……す、すみません、すみません、もうしませんからッ……痛っ」
チラリと覗くと、複数の妖怪にボコられている、うずくまった何かが。
「……はぁ」
酒木は一つため息をつくと、酒を腰紐に結び、代わりに挿さっていた大刀を鞘ごと引き抜いた。
実際に使う気は毛頭なく、ただのポーズなだけなのだが。
「おい、なにしてんだ」
声をかけると、何かをいじめていた妖怪たちは、顔色を変えて逃げていった。
「ヤベェって、ほら、大江山の……」
「シィッ!黙れよお前!」
(……つくづく、好かれねぇもんだな)
そこで――倒れている一人の青年を見つける。
双角を持ち、鬼の力を宿した、若い鬼。
無惨な姿に、思わず汚れた浴衣の砂を払ってやる。
「あ……ありがとうございます……」
こちらを怖がることなく有り難そうに微笑む青年。白金色の髪が揺れた。
(俺を怖がらない?)
「……ほう」
酒木は目を細め、顎に手を当て、しばし考え――
「よし。拾うか」
柄にもなく、少し酔っていたのだろう。
普段は絶対、こんなことは考えない。
「お前、名前は?」
薔薇色の瞳を揺らした鬼は名乗った。
「城崎香茨……」
酒木は聞いて、揺らぐ水面のような声だと思った。
まぁ、斯くして、ボーイミーツボーイが幕を開けたのである。




