008
行き先は三階建ての小さなビルの一階にあるビストロ。カジュアルなフレンチのお店を選んだ。
それでも今日は緊張する。でも敦朗に悟られてはいけないと思い、必死に明るく振る舞った。
「ここなんだけど。どう? 雰囲気あるでしょう?」
ビル自体は古いらしいけれど一階は改装され、レトロな木製ドアが目を引くおしゃれな外観だ。
「いいね。よく来るの?」
「沙織さんと前に一度だけ。沙織さんがこのお店をさがしてくれたの。店内も素敵なんだよ」
お子さんのいる沙織さんとはプライベートで食事に行くことはなかなかできない。このときは旦那さんが有休を取って全面バックアップしてくれたのだ。なんて大げさなと思ったけれど、実家が遠方でほかに誰も頼れない沙織さんは自分時間を持つのは難しいらしい。
メニューはコース料理にした。テリーヌ、ポタージュスープ、牛肉の赤ワイン煮込み。どれもおいしくてふたりともハイペースで完食。最初こそ緊張してガチガチだったけれど、ワインも飲んでいたせいか、いつの間にか普段どおりに振る舞えるようになっていた。
「食べるの早すぎ」
「雨宮だって」
「だってお腹空いてたんだもん。それにおいしくて」
「俺も。変わんないな、ふたりとも早食いだったよな」
敦朗は食べるのが早いのが自慢だと言っていた。そんな敦朗とつき合うようになって、いつしかわたしもそうなっていた。いいことじゃないんだけど、なんだか敦朗と対等に近づけたような気がしてうれしかったな。
デザートの苺タルトが運ばれてきて、いよいよ本題に入ることにした。そうなると途端に緊張がぶり返してきた。
心臓がドキドキと音を立て、瞬きも増える。そのうち体が言うことをきかなくなって、とうとうフォークを持ったまま固まってしまった。
敦朗は食べ終わり、コーヒーを飲んでいる。
「食べないのか? 甘いもの好きだったろ?」
「あ、うん。食べる」
ゆっくりと深呼吸して気持ちをなんとか落ち着かせる。思い切って苺タルトを口に入れると、甘酸っぱい香りと味に癒やされた。
「あのね……」
「うん」
「今日、食事に誘った理由なんだけど……」
まともに敦朗の顔を見ることができない。わたしは握っているフォークだけを見ている。
「わかってるよ」
「え!?」
もしかして、わたしの気持ちに気づいているの? 気づいていながら一緒に食事をしてくれているということ?




