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蓮見くんがお見舞いに来てくれた翌日も熱はさがらず、結局会社を休んでしまった。
今日は三日ぶりの出社。朝、会社の最寄り駅の改札付近で蓮見くんを待っていた。
お礼を言いたかった。蓮見くんの存在には自分でもびっくりするほど励まされた。そのおかげで元気になれた気がする。
でもここで思わぬ人物に会った。結城さんだ。
「おはようございます」
結城さんが小さくおじぎをした。わたしも「おはよう」と返すと、彼女はにっこりと微笑んで通り過ぎていった。
かわいいなあ。嫌みがなくいつも朗らかな子。
でも同時に別の感情も芽生える。好きなひとを奪われたことに対しての嫌悪感。つい比べてしまい劣等感も覚えた。これまで結城さんのことを意識していなかったけれど、これからは会うたびにこんな気持ちになるのかな。
「おお、雨宮!」
改札から敦朗が出てきた。
あれ? いつもより早くない?
わたしは蓮見くんを待つために念のため十五分早めに家を出ている。たまたまかなと思ったけれど、さっき会ったばかりの結城さんを思い出し、心のなかがどんよりと濁っていった。
わたしが病欠していたその夜にお泊まりですか……。
「もう大丈夫なのか?」
「体調はすっかりよくなったから」
「なら安心した」
心配なんてしていなかったくせに。夕べは結城さんとさぞ楽しい夜を過ごしたんでしょう?
「ところで、こんなところでなにしてんだよ?」
「蓮見くんを待ってるの。仕事で迷惑かけちゃったから」
お見舞いに来てくれたことは言わないでおこう。誤解されるとは思わないけれど、一応念のためだ。
「蓮見くんにはお世話になりました」
「なんだよ、改まって」
「いい子だね、彼」
「俺が選んだ男だからな」
そうだね。敦朗が自分で面接をした。ということは結城さんを選んだ理由は好みの女の子だったから?
まさかね。敦朗に限って公私混同するわけない。
「いまさらだけど、なんであのふたりを選んだの?」
「若さかな」
「え、そんな理由?」
「うちの部署にとってはそこが重要なんだよ。物の見方、考え方、発想力が俺とはぜんぜん違う。柔軟で吸収力もあっていつも驚かされてるよ」
ふーん。それが『若さ』ということか。わたしがどんなにがんばっても手に入らないものだ。
三十三歳のわたしにはきつい言葉だなあ。どんなにがんばっても自分は必要とされていない存在なんだと思わされる。
ひねくれた考えかな。若い子に嫉妬して大人げないよね。
「おっ、お待ちかねの蓮見だぞ」
敦朗の言葉に改札のほうへ視線を移した。その瞬間に蓮見くんがわたしと敦朗を交互に見て、その顔がわずかに歪んだのがわかった。
だんだん蓮見くんが近づいてくるとその顔はいつものポーカーフェイスに戻ったけれど違和感は拭えない。
「蓮見くん、おはよう」
「……おはようございます」
少し間があったけれど、蓮見くんはわたしたちに軽く頭をさげ、そのまま通り過ぎた。
お礼を言いたかったんだけどな。でも口を開きかけたまま言葉を発することができなかった。
「蓮見!」
敦朗がわたしの代わりに呼び止めてくれた。だけどこちらを向いた蓮見くんの顔は寒気がするほど冷たくて、敦朗への嫌悪は明らかだった。
「すみません、朝一でやらなきゃいけないことがあるんですが」
「いや、用があるのは俺じゃなくて雨宮なんだ」
蓮見くんがわたしを見る。
「ううん、いいの。またあとでね」
「はい」
蓮見くんはうなずいて再び歩き出した。その後ろ姿を見送っていると敦朗がため息をこぼす。
「嫌われてんなあ、俺」
「え?」
「結城の元彼が蓮見なんだよ」
参ったなあ、と敦朗がぼやいた。
わたしが驚いたのはそこじゃない。なにを呑気に言っているんだろう。部下の彼女に手を出したんだよ。嫌われて当然だよ。
「驚かないんだ?」
「蓮見くんから軽く聞いた」
「蓮見が?」
「恨まれてるね」
「そうなんだよ。どうしたらいいと思う?」
「自業自得でしょう。なんでよりによって結城さんだったの?」




