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親愛なる後輩くん  作者: さとう涼
(1)無愛想な彼だけど

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002

◇◇◇



 会社に着いたけど、一階のエレベーターホールに蓮見くんはいなかった。


 歩くの早いな。そりゃそうか。男の子だもんね。

 だけど困った。傘はいつ返そう?


 蓮見くんは三階の商品開発部。わたしは四階の店舗運営部でフロアが違う。


 とりあえず商品開発部のある三階に行こうとエレベーターに乗る。


 エレベーターはすでに密集状態だったけれど、すぐ後ろからまたひとり乗ってきた。体がぎゅっと奥に押し込まれる。その瞬間、「ごめん」と背後のひとに謝られた。


「混んでるんだから無理に乗ってこないでよ」


「ひとり分のスペースはあったよ」


「いやいや、ないよ」


 見あげると元夫である神崎(かんざき)敦朗(あつろう)のさわやかな顔があった。


 体の一部も密着している。急にドキドキと胸が高鳴った。


 敦朗と離婚したのは三年前。それなのにときめいてしまう自分が恥ずかしい。


 四つ上の敦朗と二十五歳のときに結婚し、三十歳で離婚したが、その後のわたしたちの関係は案外うまくいっている。会社で顔を合わせれば普通に言葉を交わすし、電話で仕事の相談に乗ってもらったこともある。結婚生活は喧嘩ばかりだったけれど、ある程度の距離感を保つことでお互い穏やかになれた。


 だけどこれはこれで苦しい。どんなに親しく話せても友達よりも遠い存在に思えてならない。


 だから今日こそは決着をつけようと思っていた。今夜、敦朗にもう一度やり直したいと伝えようと思っている。その場で返事をもらえなくてもいい。わたしとの未来をもう一度考える機会を持ってもらって、前向きになってくれたらいいなと思っている。




 エレベーターが三階で止まると、敦朗に続いてわたしも降りた。


「なんで雨宮も降りるんだよ?」


 ほかにも数人がエレベーターから降り、扉が閉じた。


「さっき駅で蓮見くんに傘を借りたの」


「それでか……」


「なに?」


「見たことない傘だなと思ったから」


 敦朗の視線はわたしの手もとにある黒い傘。


 もしかして気にしてる? いや、まさかね。これくらいのことを気にするわけがない。そもそも気にする理由だってない。


「蓮見なら席にいるよ」


「傘、返してくる。あと、今夜のことなんだけど……」


「ちゃんと覚えてるよ。七時に下のロビーだろ?」


「うん」


 夜に外で食事する約束をしている。明日は敦朗の誕生日。本当は誕生日当日に会いたかったけれど、明日は土曜日で会社が休み。休日にわざわざ呼び出すのもどうかと思って今日にした。


 けれど実際に会う約束をすると緊張してくる。だって社員食堂でランチを一緒に食べることはあっても、外でふたりきりで会うことはなかったから。


 誕生日の前日とはいえ、いまさら食事に誘ったことを敦朗はどう思っているんだろう。迷惑そうではないから期待しちゃっていいのかな。


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