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◇◇◇
会社に着いたけど、一階のエレベーターホールに蓮見くんはいなかった。
歩くの早いな。そりゃそうか。男の子だもんね。
だけど困った。傘はいつ返そう?
蓮見くんは三階の商品開発部。わたしは四階の店舗運営部でフロアが違う。
とりあえず商品開発部のある三階に行こうとエレベーターに乗る。
エレベーターはすでに密集状態だったけれど、すぐ後ろからまたひとり乗ってきた。体がぎゅっと奥に押し込まれる。その瞬間、「ごめん」と背後のひとに謝られた。
「混んでるんだから無理に乗ってこないでよ」
「ひとり分のスペースはあったよ」
「いやいや、ないよ」
見あげると元夫である神崎敦朗のさわやかな顔があった。
体の一部も密着している。急にドキドキと胸が高鳴った。
敦朗と離婚したのは三年前。それなのにときめいてしまう自分が恥ずかしい。
四つ上の敦朗と二十五歳のときに結婚し、三十歳で離婚したが、その後のわたしたちの関係は案外うまくいっている。会社で顔を合わせれば普通に言葉を交わすし、電話で仕事の相談に乗ってもらったこともある。結婚生活は喧嘩ばかりだったけれど、ある程度の距離感を保つことでお互い穏やかになれた。
だけどこれはこれで苦しい。どんなに親しく話せても友達よりも遠い存在に思えてならない。
だから今日こそは決着をつけようと思っていた。今夜、敦朗にもう一度やり直したいと伝えようと思っている。その場で返事をもらえなくてもいい。わたしとの未来をもう一度考える機会を持ってもらって、前向きになってくれたらいいなと思っている。
エレベーターが三階で止まると、敦朗に続いてわたしも降りた。
「なんで雨宮も降りるんだよ?」
ほかにも数人がエレベーターから降り、扉が閉じた。
「さっき駅で蓮見くんに傘を借りたの」
「それでか……」
「なに?」
「見たことない傘だなと思ったから」
敦朗の視線はわたしの手もとにある黒い傘。
もしかして気にしてる? いや、まさかね。これくらいのことを気にするわけがない。そもそも気にする理由だってない。
「蓮見なら席にいるよ」
「傘、返してくる。あと、今夜のことなんだけど……」
「ちゃんと覚えてるよ。七時に下のロビーだろ?」
「うん」
夜に外で食事する約束をしている。明日は敦朗の誕生日。本当は誕生日当日に会いたかったけれど、明日は土曜日で会社が休み。休日にわざわざ呼び出すのもどうかと思って今日にした。
けれど実際に会う約束をすると緊張してくる。だって社員食堂でランチを一緒に食べることはあっても、外でふたりきりで会うことはなかったから。
誕生日の前日とはいえ、いまさら食事に誘ったことを敦朗はどう思っているんだろう。迷惑そうではないから期待しちゃっていいのかな。




