019
それでも認めたくない。見透かされているのはわかっていても、ここで認めてしまったら自分がかわいそうなひとになってしまう。さっき泣いたばかり。これ以上弱い人間になりたくない。じゃないときっと泣き続けてしまうと思う。
「好きじゃ……ないんだから……」
きゅっと歯を食いしばる。だけど結城さんのことを語る敦朗の顔が浮かんできて涙がぽろぽろ出てきてしまった。八つも年下の子の前なのにポンコツ丸出し。
「僕の前では素直になってもいいですよ」
「だって格好悪い」
「そんなふうに思いませんよ」
「ほんと?」
「もちろんです。僕はあなたと同じなんですから」
蓮見くんがわたしの涙を拭ってくれる。そうされることで頑なに守ってきたプライドがゆっくりと溶かされていく。蓮見くんがいてくれてよかった。そのおかげで、わたしはかろうじてわたしでいられる。
「つらくなったら、いつでも呼んでください」
「そんなこと言っちゃうと、本当に呼びつけちゃうよ」
「かまいませんよ。そのつもりで言ったんで」
そう言った蓮見くんがとても凛々しくて思わずじっと見つめてしまった。
目の前にはきれいな瞳。きれいな肌。きれいな輪郭。ぐらぐらしてくる。もう立っていることもままならない。わたしはいったいどうしてしまったのだろう。
「雨宮さん?」
「今日はありが……と」
「もしかして熱があがってきたんじゃないですか?」
「ううん。平気だ……よ……」
あれ? これってもしかして眩暈なのかな。足もともフラフラしている。このまま重力に引っ張られるように後ろに倒れてしまいそう。
「雨宮さん!」
蓮見くんが目を見開いて必死な形相をしている。
蓮見くんってそんな顔もするんだ。そんなことをぼんやりと思っていたら、腰のあたりを支えられ、なんとか倒れずにすんだ。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……。ありがとう」
「病院行ったほうがよくないですか?」
「たいしたことないから……」
熱がちょっとぶり返しただけ。こんなのはいつものこと。離婚してから体調を崩すことが増えた。体調不良の原因は疲れとストレスに違いないんだ。
「なら、せめて薬を。解熱剤はどこにあります?」
「薬はない」
「市販薬ぐらい買い置きしておいてくださいよ」
蓮見くんがあきれたように言う。
そんなのわかってるよ。いつもは買い置きしているけれど、たまたま切らしているだけなのに。
「とりあえずベッドに行きましょう」
腰に手を添えられ、ベッドに連れて行かれる。ベッドに入ると蓮見くんが布団をかけてくれた。
「薬を買ってきます」
「いらないよ。寝てれば治るから」
「強がらなくていいですよ。部屋の鍵を貸してください」
蓮見くんの言うとおり、正直しんどい。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな。鍵は玄関のシューズボックスの上に置いてある。あ、お金――」
「では行ってきます」
蓮見くんはわたしの言葉を遮り、部屋を出て行ってしまった。まあ、いっか。薬代は立て替えてもらってあとで返そう。
ゆっくりと目を閉じるとシーツに体が吸い込まれていくような感覚を覚えた。やっぱりまだ体調は回復していないらしい。
ドラッグストアは駅前にある。ここから歩いて十数分。男のひとならもっと早く着くかもしれないけれど、往復だとけっこうかかってしまう。たくさん迷惑をかけて申し訳ない。だめだめな自分が露呈されて嫌になる。
蓮見くんが戻ってきたのはそれから二十分ほど経ってからだった。お金を渡すと、今度は渋々だけど受け取ってくれた。
水をそそいだグラスを手渡され、買ってきてもらった解熱剤を飲む。それを見届けた蓮見くんは、「今度こそ帰ります」と言ってわたしの部屋の鍵を持ったまま、玄関に向かった。
「今日はいろいろとありがとう」
「どういたしまして。鍵はドアポストに入れておきます」
こちらを振り向いて蓮見くんが言った。
「明日も無理はしないでください。新宿店の応援は僕ひとりでも大丈夫なんで」
「そのときはよろしく」
足音が遠ざかったと思ったら、玄関ドアを閉める音が響いてきた。
またひとりに戻った。
でも不思議とさびしくはなかった。わたしにもおせっかいなくらいに気にかけてくれるひとがいるんだと思ったら心がぽっとあたたかくなるのを感じた。




