017
もしかして今日一日わたしのことを気にしてくれていたのかな。だとしたら心が救われる。
「正直、心が折れた。ちょっと聞きたいんだけど、わたしに恨みでもあるの?」
そう言ったらようやく顔をあげてくれた。
「ないです!」
「ならいいんだけど。わたし、蓮見くんになにかしたのかなって思ったから」
「それは……なんていうか、ほぼ八つ当たりみたいなものです」
「気持ちはわかる」
好きなひとを奪われた怒りを当の本人たちにぶつけられず、たまったストレスが爆発したんだよね。トリガーはわたし。わたしは関係者だから遠慮なく感情をぶつけられたんだろう。
「狭くて悪いけど、とにかく入って」
思わず口にしていた。
スウェットだし、髪もぼさぼさだし、顔も洗っていない。いつものわたしだったら絶対に言わないセリフだ。
「いいえ。差し入れを持ってきただけなんで帰ります」
「いいから。遠慮しないで」
誰かを部屋にあげるなんて久しぶり。しかも相手が会社の後輩となるとかなり照れくさい。
だけどこのまま帰してしまうのがさびしかった。人恋しい。そんなふうに思ってしまうのは体が弱っているからなのかな。
「散らかっててごめんね。私生活はけっこうだらしないの」
キッチンのシンクには汚れた食器が重ねられている。部屋のテーブルには未開封の郵便物が無造作に置きっぱなしだし、飲みかけのペットボトルもそのままで、食べかけのお菓子まである。
「ちゃんとしてるって思われるだけど、実態はこんな感じなの」
「たしかにイメージと違いました」
さすが蓮見くん。遠慮がない。
「あ、すみません……」
すかさず謝ってくれるけど、悪い気はしなかった。
「いいよ。実際ゴミの日を忘れることも多いし、休みの日はお昼過ぎまで寝てるし、洗濯物もためまくってるよ」
努力はしているけれど家事は苦手。そんな自分がたまに嫌で仕方なくなる。
「お見舞いの品です。コンビニで適当に買ってきたので好みじゃなかったらすみません」
「ううん。全部好き。ありがとう」
蓮見くんが買ってきてくれたのは炭酸飲料とミネラルウォーター。ほかにプリンとゼリー、レトルトのおかゆ。朝からなにも食べていなかったので、なにか口に入れたいなと思っていたところだった。
「具合はどうですか?」
「だいぶ楽になった」
蓮見くんは着ていたパーカーを脱ぐと、ソファではなくラグの上に行儀よく正座にした。
わたしは蓮見くんが買ってきてくれた炭酸飲料をグラスにそそいだ。炭酸の泡がシュワシュワと弾けてさわやかな香りがした。ここで初めて喉がカラカラだったことに気がついた。
グラスに口をつけると炭酸なのにごくごくと飲めた。あっという間にグラスの半分ほどの量になる。
「はぁー、おいしい。生き返る」
「もしかして朝からなにも食べてないんですか?」
「うん。冷蔵庫にはたいしたものがなくて。その前にベッドから起きあがれなかったんだけど」
「おかゆを食べるならあっためてきますよ」
「そこまでしなくてもいいよ。あとで自分でやるから」
「ちょっと待っていてください。キッチン、お借りします」
蓮見くんはわたしが止めるのを聞かず、袋からおかゆを取り出すとキッチンへ。
「冷蔵庫を開けますね」
「だめ! 勝手に開けないで!」
急いでキッチンへ行くと蓮見くんは卵をひとつ手にし、野菜室をあさっているところだった。
「雨宮さんは座っていてください」
「でも……」
「病人なんですから遠慮しないでください」
「わかった。お願いします」
そこまで言ってくれるのに拒むのは申し訳ない気がする。ここは甘えさせてもらおうかな。




