015
トイレから戻ると蓮見くんは店の出入り口付近で待っていてくれて、一緒に店を出た。
「お会計いくらだった?」
「いいですよ。僕の奢りです」
「そうはいかないよ」
歩きながら財布から一万円を出す。でも、「いりません」と突っ返されてしまった。
「わたしのほうが先輩なんだから奢らせて」
「僕だってちゃんと稼いでます」
「だから、ここは先輩を立てて」
「では割り勘にしましょう」
思わずため息がもれた。これ以上なにを言っても無駄なようだ。結局、蓮見くんが多めに出してくれた。
「おとなしいくせに頑固なんだから」
「は? なにか言いました?」
「いいえ、なにも」
「そうですか。では家までお送りします」
聞けば蓮見くんの家とは反対方向。不愛想なのに面倒見がいいので調子が狂う。
「ひとりで帰れるよ」
「だめです。ひとりで帰せません」
「なに言ってるの?」
「海鮮シュウマイ食べながら、いまにも泣き出しそうな顔をしてましたよ」
そんなつもりはぜんぜんない。いたって普通に振る舞っていた――つもりなんだけど……。
「気のせいだよ。海鮮シュウマイ、おいしかったし」
「もしかして自覚ないんですか?」
「自覚がないっていうか……わたしはいつも通りだよ」
「やけ食いしてやけ酒飲んで、どう見ても普通じゃありませんでした。ぜんぜん楽しそうじゃなかったです」
蓮見くんにはそんなふうに映っていたのか。八つも年上なのに格好悪い。
「そんなに神崎部長のことを好きなのに、どうして離婚したんですか?」
「どうして神崎部長の話になるの?」
え、ちょっと待って! もしかしてわたしが落ち込んでいる原因が敦朗のことだとバレてるの!?
「やけになっていたのは認めるけど、神崎部長は関係ないよ」
「僕、いつも雨宮さんを見てました」
「見てた?」
こ、告白……?
緊張で思わず息をのんだ。
「僕は神崎部長と雨宮さんのヨリが戻るのを応援していたんです」
あれ、違った!
しかも蓮見くんは相変わらず淡々と抑揚なく言うので、いまひとつ本音なのかわからない。
「応援してくれていたのはありがたいけど、わたしと神崎部長はとっくの昔に離婚していて、いまさらヨリを戻すなんてありえないから」
「僕が言っているのは雨宮さんの気持ちです」
「もう好きじゃないよ。いまは仕事仲間として尊敬してる」
「へえ。『尊敬』ですか」
蓮見くんは口の端をあげた。
なにがおかしいんだろう。尊敬しているのは本当だ。だから好きになって結婚に至ったんだもん。
「あんなひとのどこが尊敬できるんですかね」
「神崎部長となにかあったの?」
「ええ、ありましたよ。残念ながら僕は上司に恵まれませんでした」
蓮見くんの態度が豹変した。さっきまでわたしを気遣ってくれていたのに、いまはすごく意地悪な感じがして、なんだか怖い。いい話じゃないのは明白だった。
「言いたいことがあるならはっきり言ってかまわないよ」
この場の雰囲気に飲まれないよう、わたしは虚勢を張る。
「雨宮さんはもう知ってるんですよね? 神崎部長と結城さんの関係を」
「な、なんの話?」
「この間、仕事終わりに神崎部長と会ったとき、その話になったんですよね?」
「意味がわからないんだけど」
ふたりのことを口外するわけにいかないと思い、知らないフリをする。
すると蓮見くんがわたしをばかにしたようにくすりと笑った。
「ふたりが相思相愛だから、雨宮さんはすごく傷ついているんですよね?」
「え――」
図星すぎてなにも言い返せなかった。
蓮見くんはなにをどこまで知っているんだろう。そしてどうしてその話をわたしにしてくるんだろう。
「本当に最低な上司です。神崎部長は、僕と結城さんがつき合っているのを知りながら彼女に手を出したんですよ」
口元は笑っているのに氷のような冷たい瞳。わたしに恨みでもあるかのような態度に戸惑う。
おまけに内容が突飛すぎて頭がついていかない。結城さんと蓮見くんはつき合っていたの? そして蓮見くんの彼女だった結城さんに敦朗が手を出した? 略奪?
少しずつ理解しようとしているのに両方とも信じがたくて現実味もなかった。
「まさか……」
「その『まさか』なんです。ひどいですよね。僕は同じ部署で毎日のようにふたりのイチャイチャを見せつけられているんです」
体から力が抜けていく。
敦朗が結城さんとつき合っていることを知っているのにこの衝撃。いまさらどっちでもいいことなのに。こだわるとこそこ? って思うんだけど。敦朗が略奪なんてするはずない、してほしくないと思っているわたしがいる。
奪う――。そうまでして結城さんを手に入れたかった。それほどの情熱が敦朗にあったことがショックで、離婚後もずっと敦朗一筋に想い続けていたわたしの心が悲鳴をあげている。勝手に想って勝手にフラれただけなのに、裏切られたような気持ちだった。




