011
翌日の土曜日。
今日が休日で本当によかった。誰にも会いたくない。
「なんで離婚しちゃったんだろう」
敦朗を嫌いになったわけではない。あの頃は結婚生活そのものがストレスだった。
原因は嫁姑問題。敦朗の両親との同居は結婚の条件だった。
敦朗の両親は東京の郊外に大きな家を建て、そこに住んでいた。敦朗はひとり息子なのだが、家と土地を敦朗に受け継いでもらいたいという両親の強い希望だった。
結婚前はお義母さんとの関係は良好だった。でもいざ同居すると様々な問題が生じた。
たとえばわたしが仕事を優先して家事をおろそかにしていたこと。その分、敦朗の家事の負担が大きくなり、お義母さんは母親として許せなかったのだろう。しょっちゅう小言を言われた。
そのせいでわたしはいつも不機嫌だった。努力はしたけど家事を完璧にこなせなくて、さらにイライラが募っていった。
かわいそうなのは敦朗だ。申し分ない夫だったのに、わたしとお義母さんの板挟みになり、さらにはわたしの八つあたりの標的になってしまった。
そのうちわたしと敦朗との仲も険悪なものになった。いつも喧嘩ばかり。好きなのに毎日のように怒って怒らせて、やがて敦朗の心は離れてしまった。
敦朗が疲れ果てた顔で離婚届を差し出してきたとき、心の底からぞっとした。わたしは大切な夫を病的なまでにやつれさせ、生きる力まで奪いかけているのだと、このとき初めて気がついたのだ。
好きだから別れた。愛するひとをこの地獄から解放してあげたかった。
あの頃のわたしは敦朗に甘えすぎていたんだと思う。もともと家事は平等に分担していたし、仕事が忙しいのは敦朗も一緒。それなのに自分ばかり苦しい、自分ばかり損をしていると思い込んでいた。そしていつの間にか敦朗のことを思いやることができなくなり、追い込んでしまったのだ。
わたしはいま自己嫌悪と後悔の塊だ。時間を巻き戻したい。無理なのはわかっているけれどそれでもやり直したい。わたしは人生においてとんでもない間違いを犯してしまったんだ。
◇◇◇
ぐだぐだだった二日間の休日が終わり、今日は月曜日。
頭のなかは結城さんでいっぱいだった。彼女に会うのがとても怖かった。今朝は憂鬱すぎて会社へ行く支度がぜんぜん捗らない。
いつもより遅めだけれど、それでもなんとか家を出た。会社に着くと沙織さんはすでにデスクにいた。
「雨宮さん、何時頃に出かける予定?」
「朝のミーティングが終わってからなので、十時頃に出る予定です」
今日から三日間、新宿店の応援に行くことになっている。先週の土曜日に新規オープンしたばかりの店舗で、近隣のお店のスタッフも応援に入っているが、本社からはわたしが行くことになっている。ちなみに明日とあさっては直行直帰の予定だ。
「その件で、さっき神崎部長が来て伝言を頼まれたの」
敦朗が? どういうことだろう。
「雨宮さんと一緒に今日から三日間、商品開発部の蓮見くんも新宿店に連れて行ってほしいんだって」
「なんでですか?」
「本社の応援がひとりしかいないからエリアマネージャーが怒っちゃって。もうひとり出せってことになったみたい」
「そういうことですか」
正直面倒ではあるけれど、選ばれたのが蓮見くんだったのでほっとした。もし結城さんだったら普通に接する自信がない。
でも敦朗はあえて蓮見くんを選んだのかもしれない。わざわざ自分の彼女を元嫁に同行させるほど無神経ではないだろう。結城さんだってわたしなんかと一緒にいたくないはず。
「出発時間の件、神崎部長に連絡しといてね」
「わかりました」
敦朗に内線をすると、「よろしくなあ」という返事だった。
吞気に言ってくれるけど、こっちはイラついてしょうがない。電話の向こうから結城さんと思われるかわいらしい声が聞こえていた。言葉はよく聞き取れなかったけれど笑い声がはっきりと耳に残った。
その楽しそうな雰囲気が敦朗とのプライベートの時間を想像させる。敦朗が結城さんに笑いかけ、結城さんも笑顔になる。ふたりきりのときはお互いに下の名前で呼び合っているのかな。そんなことを考えていたらみじめな気持ちになった。
わたしはこんな気持ちを一生背負っていくことになるのだろうか。




