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エルフの村が焼かれず奪われる時代にて  作者: ムルモーマ
1. ジョコーとニンファエア、それから首狩りウサギ
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ギルド - 依頼完了

 3日目の昼過ぎに街へと帰還した。


 大柄なリザードマンも含む12人を運べるような、何台にも及ぶ馬車やらに出会える事もなく、ひたすらに歩き続けた3日間。

 数日歩き通した位で疲れ果ててしまう程軟弱な身体をしている訳でもないが、雑談をしながら歩き続けるのも、見張りを交代しながら眠るのも、保存食を主とした食事もどれも少しずつ飽きて来る頃合いだった。

 その3日目。

 途中で魚を獲った事もあって多めに残っていた保存食はその日の朝飯と道中の食べ歩きで全て消えた。故に空腹が逸っている訳でもなかったが、街が近付いて来れば自ずと足が早まる。

 各地から運ばれた食材を使った料理。濁りのない湯をなみなみと張られた浴場。誰の目を気にする事もない個室で、身体が沈んでいくようなふかふかなベッド。ワイバーン級の協定者で真面目に依頼をこなしていればどれも当たり前のように享受出来るものでもあったが、10日以上それから離れていると流石に恋しくなって堪らなかった。

 街での金銭を使った暮らしにもとうに慣れ切ったニンファエア達もそれは変わらず。

 街の中に入ってしまえば、最早競歩と言って良い程の早さで歩いて、ギルドの門を叩く。

 中は昼も過ぎた時刻とは言え、閑散としている訳でもない人混み。

 ただ、どことなく緊張感が漂っているような気がして。

「お帰りなさい。御無事だったようで」

 バーカウンターの向かいに座る受付嬢の声が掛かる。そのバーカウンターの端。

 普通の首狩りウサギより二周りくらい大きい、蒼月の影響を受けた首狩りウサギが、受付嬢の補佐をするかのように椅子に座っていた。

 流石にジョコーと言えど、驚いた。


『私の名前は、ウィローです。蒼月の影響を受けた首狩りウサギです』

 拙くも、自身の手で書かれたような文字が、バーカウンターの端、首狩りウサギの定位置となっているすぐ隣の板に書かれていた。

 目を滑らせていけば。

『私は、私や私の仲間の名誉が傷つけられない限りは、自ら手を出しません』

 ここに置かれているのは監視の目的もあるのだろうが、それはそれとして程良い緊張感になりそうである。受付嬢を口説くような輩も居ない事はなかったから。

 そのウィローと名を貰った当首狩りウサギは、今は文字の勉強をしているようで、その指先は木炭の黒で染まっていた。

「蒼月の研究者の見立てによれば、まだまだ長生きするだろうとの事でして。

 ウィロー様自身の望みもあって、ギルドの仕事が出来るようにと勉強中です」

 首から協定者の等級を示すバッジも提げていたが、最初からヒポグリフ級だった。

 要するに、このウィローは一匹でヒポグリフを殺せる位の力があるという事でもある。

 そのウィローは顔を上げた。

「……私自身、ここまで受け入れられる事に、驚いている」

 言葉もたった10日足らずで流暢になっていた。

 ……俺より賢いんじゃないか? そして、気性は温厚だとは言え、首狩りウサギをすぐ近くに置かれてもいつもと変わらず働く受付嬢の肝の太さも。


*


「……村長は首狩りウサギの狩猟を継続出来る事を前提に、蒼月の影響を受けた首狩りウサギだけの全滅を望んでいた。

 俺達は、表向きは同意しつつ、まずはその首狩りウサギの潜む森に入る事にした」

「私達は基本、ジョコーの方針に従っていました。その方が堅実だろうと思っていたので」

 受付嬢はそれを記載しつつ。

「村民から話は聞かなかったのですか?」

「表向きは同意した理由にもなるのだが、家族を殺されたであろう村民が多く、冷静な話が出来る人が少なそうだった。

 戦闘を行わなくなった3日目以後は話を聞く事もしたが、大半の村民は狩猟出来なくなった事より、被害が無くなった事への安堵の方が強かった。

 ……俺達がひっそりとこのウィローをギルドの一員にした事を知ったら、恨まれる事だろう」

「私達は単純に子供達の相手をしている事が多かったですね。あの位離れた場所でも話題になるくらい、私達の事は知られていたようだったので」

 子供達の扱いは、ニンファエア達は誰もが得意だった。故郷で余り外に出ず暮らし続けていたから、というのもあるのだろう。

「……その村から協定者になりたい人が出てきた時の事は、予め考えておく必要がありますね」

 村長のサインが入った契約満了を示す紙を渡した後は、何をしたのかの報告をしていく。

 追々別の人達がその真贋を確かめにいくので、出来るだけ正確に。

 そんな最中、ジョコーとニンファエア以外はもう酒盛りを始めていた。奥の落ち着きかけていた厨房に再び火が付いて慌ただしくし始めたのを見るに、とにかく大量に注文をしているようだった。

 ……一応まだ報酬貰ってねえんだけどな。


 つまみ程度を軽く頂いているトリリーとブライリー、肉や魚をがつがつと食べるヤローとササンクァ。

 がぶのみ出来るような酒を既に何杯も空にしているマロウとフェンネル、火酒をちまちまと飲んでいるリコリスとダイアン。

 クリスとソニアは酒は嗜まず、果実を黙々と食べていた。

 ソニアが聞いた。

「あんたは酒を飲むと、もしかすると暴れるタチなのかい? 私は単に酒が好きじゃないだけだが」

「興味はあるのですが、皆からお前は酒だけは飲むなと言われているのですよね……」

 酒を飲む皆の事を羨ましげに見るクリスの目は、ミノタウロスらしからぬ程に気性の穏やかな草食動物そのものなのだが。

 まあ、急かさなくともその内分かるだろう。

 これからも付き合う事は多々あるのだろうから。

 そんな、幾つかのテーブルに分かれて宴が始まっているが、そこに二つのパーティの境目は殆どなかった。

 報告書を纏めている受付嬢は、そんな様子を見て少し驚いていた。

「一時は殺し合いをした間柄という事で一抹の不安もありましたが、この様子を見る限りは問題なさそうですね」

「別に本気で憎しみやらを込めて殺し合った訳でもないしな」

「それにあの時は誰も死んでないしね」

 勿論それらもあるだろうけれど、それ以上に……自分とニンファエアが肉体関係を持っているというのが全員知っているというのが強いのだろう、とは思っている。

「そういや、俺はそっちの仲間さん達には認められたのか?」

 振り返ってみれば、結局俺がやった事って八割方交渉だけじゃないか? 俺とダイアンに向かってきた首狩りウサギも大した数ではなかったし。

「私も直接聞いてはないけれど。私に勝ったのは偶然ではない、位には思ってくれてると思うよ」

「次やっても勝てるかは凄く微妙だけどな」

 そんな事を返す俺に、ニンファエアは俺をじっと見つめた。

「ただの模擬戦闘なら100回やって100回勝てる自信があるけれど、本物の武器を持って殺すことも構わないとなると、やっぱり相当に厳しそう。

 最初に戦った時から何度も色々頭の中でとか、実際に槍を動かしてジョコーを想像してみたんだけど、どうしても命だけは取れる気がしないの」

 物騒な事を言っているが、褒めているのだろう。

「……俺はやっぱり、実戦よりそういう模擬戦闘した方が強くなれるんだろうな。逆に」

「……かもね」

 僅かな沈黙。幾らそうしたところで自分の技量には到達出来ないだろうと思っているような。

 まあ、それは俺も思うし、効率的でもないだろう。

 報告書を書き終えた受付嬢が、顔を上げた。

「それでは、ウィロー様をここまで届けた事も含めて、こちらが報酬の前金となります」

 バーカウンターの下から金の入った袋が顔を出し、どさりと置かれた。

 同じ重みのものが、2つ。

「お、おお」

 前金だけだと言うのに、今まで受けてきたワイバーン級の報酬よりも何倍も多い。

 重みを見ただけで、こんな酒盛りを全員でやってても余裕で数十日……もしかしたら季節が変わるくらいまでは保つ事が分かる。

 金属のじゃらじゃらとした音に、思わず皆の顔もこちらに向く。

 そして、受付嬢は釘を刺すように言った。

「貴方様達はそうではないと信じていますが。

 この桁の違う報酬金を遊ぶ為だけに使い、そして次の依頼で呆気なく死ぬ方は少なからず居ます。きちんと自己の研鑽を続ける事を忘れないように。

 また、残りの報酬金と新しい等級に関してですが、報告が正しい事を確認するまで暫く待って頂く事となります。

 最低でも30日後にはなるでしょうが、こまめに顔を出して頂けるとこちらとしても助かります」

「分かった」

「はい」

 ニンファエアも等級は上げてしまうらしい。

「それではお疲れ様でした。後はご自由にして構いません」

 金の入った袋を手に持つと、じゃらじゃらと音を立てながら、ずっしりとした重みを訴えてくる。それは、これから担う必要のある責任の強さも示しているよう。

 けれど、今だけはその興奮が勝っていた。


*


 チーズやらの臭いが強いものを恐る恐る食べてみて、特にブライリーがそれを気に入ったり。

 腕自慢達の腕相撲大会が唐突に始まると、最終的にクリスが穏やかな目つきのままヤローすら下したり。

 そんな事もありつつも、酔い潰れるまでのような事はなく、自然とお開きの雰囲気となる。

 と言うよりかは、示し合わされたかのように、ジョコーとニンファエアが最後に残された。

 僅かに残っていた酒を飲み干しつつ、閑散としたギルドの食事場の中で愚痴を言う。

「あいつら、最初からこのつもりで……」

「待ちに待った時間でしょ? 10日以上も私が隣に居たのだし」

 目の前に座り直したニンファエア。

 飲んでいる最中に防具やらを大体外してしまって、今となれば秘部を隠す布と各種のお守りしかない。

 別に胸が盛り上がっている訳でもないし、肌や鱗を晒す事に抵抗がある種族でもないのだろう。だが、その流麗な肢体は同じリザードマンでなくとも魅了されてしまうものだとは分かって欲しい。

「きちんと弁えていたつもりだったけどな……。近くで寝る事になった時は、正直結構きついものがあった。

 それも何度も何度も……あいつ等、そっちも含めて示し合わせてたんじゃねえか?」

「かもね。それと、私も明日には一度集落に帰っちゃうからね。都度帰らないと色々とうるさいんだ」

 要するに、今晩という事だ。

「リザードマンって嗅覚が良いんだろ? 万一でも臭いがくっついてたらあんまりよろしくないんじゃないか?」

「じゃあお預けにする?」

「いや、それはまあ……」

「それに、あの頭の固い連中には匂わせくらいしても良いかもね。万一ばれたとしても、ジョコーは死なないし」

 本当にやってしまいそうな、目を細めての悪意のある笑顔。

「いや、やめてくれ……。最悪ニンファエア達もここに居られなくなるぞ」

「冗談だって。それに、軽く顔を出したらまたすぐに戻ってくるつもり。

 もちろん、ちゃんと理解してくれてる人も居るけど、街に行った事すらなく愚痴愚痴言ってくる人に時間使うのもゴメンだし。

 だからと言ってギルドに属していれば、本当に色んな世界を見る羽目になるけど、それでも、ね。

 それに今回だって、やっぱり私達があんな狭い世界で閉じ籠もっていたら、その内どうしようもなくなって、緩やかにでも破滅していくんだろうなって再認識したなあ……。

 だから本当に嘘偽り無く、私は幸せよ」

 悪意が消えた、満面の笑み。

「ただ、頑張り過ぎるなよ? その先にあるのも英雄になれない限り、破滅だからな」

「ジョコーと居れば、身の丈以上にも頑張れそうな気がするんだけれど。

 失敗したとしても、少なくとも死にはしないって。今回でより深く実感出来た」

 過去の経験から、やめてくれと叫ぶほどに言いたくなったが、そう安全圏に居るだけでは、ニンファエアはその内俺すらも放って羽ばたいて行ってしまうのだろう、そして太陽か月のどちらかに灼かれて堕ちてしまうのだろう、とも思う。

 苦虫を噛み潰した時のような顔をしながら、ジョコーは言葉を絞り出した。

「…………んまあ、付いていけるように善処する」

「頑張ってね。

 それじゃ、そろそろ行きましょうか。お膳立てもされた事だし」

 まだ夕方ですらないものの、そういう事だろう。

「そうだな、行きますか」

 二人は立ち上がり、荷物を担いでギルドから出て行った。


 ……ぽかんと、ウィローがそんな様子をじっと見ていた。

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