首狩りウサギの天国 - 拠点
蒼月の影響を誰が受けるのか、それにまるで法則性がないように、蒼月の影響がどのようなものなのかも、決まっている事といえば何かしらが元より優れる、程度しか分かってない。
結局のところ。
この首狩りウサギは蒼月の影響を受けて、自身が他の種族と共生出来る程に知性も高くなり、気性も穏やかになった。肉体も大きく、強くなった。
だが、それが子供に十全に伝わる事はなかった。特にその蛮族さながらの気性に関しては変わらないどころか、下手に知性を得たせいでより凶悪になったせいで、共生という理念からはより遠くなってしまった。
真夜中。
周囲に張り巡らされた大量の罠も、焚かれている炎による明るい視界の監視も容易く掻い潜り、村民の誰にも気付かれる事もなく協定者達の家に屋上から入り込んだその首狩りウサギは、テーブルの上でぽつぽつと、そんな自身の事を話した。
「わたしは、なにもできなかった」
そう締め括って、二足歩行の身からしても分かりやすく項垂れた首狩りウサギの事を疑う者は居なかった。ただ、警戒だけは怠らない。
どれだけ穏やかでも、この首狩りウサギはこんな状況からでも何人かは殺せるかもしれない。
自棄になってそうするとも限らない。
「……それでも、何かを求めてこんな死地までわざわざ来たのでしょう?
私には、仲間外れにされる事の苦しみ、とても良く分かります。貴方が求める事は、それから逃れたい、ではないでしょうか?」
ジョコーのパーティの僧侶、ミノタウロスのクリスは言った。
ミノタウロスにしては体躯が小さく、そして珍しく僧侶としての適性があったものの、僧侶としては平均以下の能力しか持てていない。
首狩りウサギは、首を持ち上げてそんなミノタウロスの事を見た。優しい目付き。
ぽつり、ぽつりと言うように、首狩りウサギは口に出す。
「……すこしくらいは、あなたたちみたいに、いきてみたい。
だれも、ちにうえず。だれも、ころすことだけをたのしみにして、いきるなんてこともなく。
まいにちを、だれかとはなしたり、だれかとたべたり、だれかにからだをあずけてひるねしたり。そうして、まいにちをいきてみたい。
……つごうの、いいことを、いっているとは、おもっている。
だめなら、もう、ここで、わたしをおわらせてほしい。
わたしはもう、つかれた。
もう、もう……わたしは、わたしのこどもに、みらいをかんじられないから。それでも、わたしは、わたしだけでいきるなんてことも、たえられないから」
そうしてまた、項垂れた首狩りウサギ。
ジョコーは、ニンファエアと顔を見合わせた。
……赤裸々に言ってしまえば、この首狩りウサギをどうするかは、ジョコー達がこれからどうしたいかと同義であった。
即ち、昇級したいかどうか。
即ち、これから先において、より高い報酬と、それ相応以上の危険の伴う依頼を引き受ける覚悟があるかどうか。
ジョコー達は一度全滅しかけてから、昇級を避けてきた。
自分達はそんな器ではない。今の時点でもう十分に背伸びをしていて、これから先に進んでしまえば、いつか避けられようのない終わりに呑み込まれると理解して。
けれどそれからもう長い時間が過ぎていた。その出来事が、トラウマから思い出へと色褪せている程に。
あの時からずっと何もかもが変わらない訳でもない。それぞれが出来るなりに成長してきた事をもう、ギルドも見抜いているのだろう。
それに加えて、閉じた世界から出てきたリザードマン達であるニンファエアは、特に挫折もないまま自分達と同じ等級へと辿り着いた挙げ句に、そのまま更に昇級しようとしている。それもチームワークなど関係なく、それぞれが突出した能力を発揮しているだけで。
このままいけば、痛い目に遭う時が確実に来る。ニンファエアも含めて誰も帰って来ない、最悪な形での結末を迎える可能性も十分にある。
加えて、ここでジョコー達が昇級しないようにしたとしても、彼女らは勝手に昇級して行ってしまうだろう。
広い世界に連れ出した張本人として。そして、肉体関係まで持ってしまった魅力的な相手として。
この依頼を受けた時から、決めていた事でもあったのだが。
……この選択が、後悔しないものである事を祈ろう。
そう思いながら、ジョコーは首狩りウサギの前に一枚の紙を広げた。
「これは地図だ。読み方が分からないなら後で教えるが、取り敢えず。
お前にはこれから、こちらが示す場所にまで、お前だけで行って貰う。訳あって、俺達はお前と関係を持ってない形である必要があるからな」
首狩りウサギは、顔を持ち上げた。期待するような目つき。
「より能力の高い、しかし血に飢えるばかりの子供を数多に生み出した事。それによる被害を止めようとしなかった事。
あんたの過去は決して褒められたものではない。
だが、罪の意識がある事。そして何よりも、協調とは程遠い場所に居る子供達が俺達に返り討ちにされていくところに、何もしなかった事。
それらは、あんた自身の牙では基本協調を乱して来なかった事の証左だろう。
だから。あんたが協調を望むなら、俺達はそれを迎え入れよう」
「…………ありがとう」
今までずっと蒼月に振り回されてきた首狩りウサギは、その果てに父である事を諦めた首狩りウサギは、心からの感謝を述べた。
*
その首狩りウサギに地図の読み方を教え、それを持たせて帰らせた。
その気配が誰にも感じられなくなり、眠る準備もしようとし始めた頃。
「私は、殺しておいた方が良かったと思うけれどな」
リザードマンの僧侶であるソニアは、ぽつりと言った。
ニンファエア以上に多様な場所にお守りを身につけているその姿は、リザードマン達が信仰するその神に対してより敬虔である事を示していた。
「だって、自分では殺して来なかったとは言え、子供はこれまで沢山作ってきた訳でしょ? ただの首狩りウサギより強くて、凶暴性は変わらない子供を。
しかも、あの甘い性格。今までもあの子供達がどれだけ何をして来ようとも、きちんと罰を与える事も出来なかっただろうし」
クリスが何かを言う前に、見回りを交代して戻ってきたトリリーが返した。
「別に、俺達は迎え入れると言ったが、ギルドの上の奴等が駄目って見做したらそこで終わりだからな。
あいつは別に赦された訳でもない」
「ギルドに許されなかったらそれでおしまいってのは私も分かってるけど、あんた自身はどう思ってるのって事」
「俺自身? ま、別にどうでも良いな。
あの子供達は、確かに知恵が回るようになったし、魔法すらも使うようになった。ただ、気性が災いしてゴブリン程度の知恵しか絞れていなかった。それも昔の、数に任せて儚く命を散らしていくゴブリン程度のな。
だから、どうでも良い。
ここの奴等だって、獣狩りがゴブリン狩りになっただけで何の対応も出来なくなった、過去に倣うしか出来ていなかった阿呆共だしな」
「私より辛辣……」
「それともう一つ」
「何?」
「クリスは怒らせると怖いぞ。ウチの最大火力でもある」
曲りなりにも僧侶なのに?
そう思いながらも、ソニアはクリスを見る。クリスは恥ずかしそうにしながら言った。
「あんまり見ないでください。私が怒る時は、これで敵を潰すと決めた時だけです」
そう言って、今回役目の無かったメイスを法衣の下から取り出した時。
その法衣の下がちらりと見えた。蝋燭の炎に鈍く反射する金属製のものが、沢山。
「……何か沢山のメイスが見えたような」
「ああ、使い捨てなんです。私が殴るとすぐに壊れてしまいますから。
別に大した事じゃありませんよ? ミノタウロスならば、メイスのみならず、ここにあるどの武器もまず使い物になりませんから」
肯定しつつも卑下している事がより一層、ソニアのみならず、リザードマンの全員を引かせている事に気付いていなかった。
*
翌日。村長の右腕をこなしている村民を連れて森へと入るも、そこまでの道中にも、そして森の中に入っても首狩りウサギは一匹たりとも姿を現す事は無かった。
ジョコー達は白々しく全滅までさせたつもりはないと驚くが、実際それは事実でもある。
あの父が話す言葉が事実であるのならば、元から居た普通の首狩りウサギ達は、その父の子供達に虐げられていた。時には殺される程に。
もしかすると、普通の首狩りウサギは草原で襲ってきたあの集団が最後だったのかもしれない。もしくは、大半はもう逃げてしまっていたのか。
念の為もう何日は留まって更に森の奥まで広く探索をしてみたが、そこから先でも、別のモンスターが出てくる事はあっても、首狩りウサギは出てこなかった。
強いて見つかったものと言えば、首の骨を食い千切られた首狩りウサギの白骨化した死体が一箇所に集まっていた位だった。
そして5日が経っても初日以後は戦闘に入る事もなかった為に、依頼の終了を告げにジョコーとニンファエアが村長の家に再び入る。
応接間まで通されるが、今回は煙の臭いは薄い。
村長は煙を使わずに迎え入れて、開口一番、非常に不満気な声で言った。
「……全滅させろとは言っていない」
ニンファエアがすかさず返す。
「私達も、積極的に全滅させた訳ではない」
「結果が同じならそうしたんだろうが!」
そう思わず怒鳴る村長に、ニンファエアは更に返すよりかは、困り顔でジョコーを見た。
「どっちにせよ、俺達が調べた限り、あの蒼月の影響を受けたウサギが居なくなった事は確かだ。
何はどうあれ、一匹も居なくなったんだからな。またウサギ狩りを始めたいなら、別の場所からウサギを持ち込んで繁殖でもさせておけば良い。
それに一匹でもそのウサギが残っていたら、あんたらは狩られる側の立場のままだが、それは別に良かったのか?」
「…………」
「分かったなら契約満了のサインをくれ」
村長はジョコーと暫く目を合わせたが、ジョコーは微動だにもしない。
「……最後に聞かせてくれ。本当に、蒼月の影響を受けたウサギは、一匹足りとも残さず、殺したのか?」
「襲い掛かってきたウサギは全部殺した。逃げた奴は居るかもしれんが、俺達にそこまで追う術はない」
嘘は言っていない。
顔色一つ変えずにそう返したジョコーに、それでもと言うように目を合わせ続ける。
だが、やはり何一つとしてその表情からは読み取れず。
渋々と言うようにペンを手に取った。




