首狩りウサギの天国 - 森中 1
蒼月の影響を受けたらしき首狩りウサギの調査を引き受けた、とパーティの皆に話すと、想像していたよりかはよっぽど楽そうな依頼だという反応が返ってきた。
一応、俺自身も俺が死なない事に長けているとは自覚しているし、俺の死に対する嗅覚が他の誰も持っていない事も知っている。だからと言って、そこまで俺が首狩りウサギの天敵のように思われても流石にそれは違わないか? と。
……そんな事を思い出していた。
そして、死の可能性がより一層濃くなるような感覚に思わず口から出る。
「……嫌だなあ」
後ろの柔らかだった雰囲気、ニンファエアのパーティも含めて全員に緊張が走ったのを感じた。
正直、そうやって敏感に反応されるのも嫌といえば嫌だったが、自身の特性上仕方のない事だとは割り切っている。
ニンファエアが聞いてきた。
「要するに、ここから蒼月の影響を受けた首狩りウサギの縄張りって事かな?」
「だろうな」
そう返せば、ニンファエアは体の感覚を確かめるように、尻尾も使ってくるくると槍を回し始めた。
話が通じるのか、そもそも理知的であるのか。罠を張ってでも皆殺しにしようと目論んでいるのか。その何もかもが分からないままだが、何はともあれ、こちらの総力はお前達を容易く全滅させられると示す事が前提だ。
そうでなければ、如何に理知的であろうと交渉の余地を作る事すら出来ない。
最後に槍を使って背筋をぐいと伸ばしたニンファエア。
「準備運動はおしまい。行きましょうか……と言う前に。一つだけ」
「?」
「私と戦った時と、どっちがその死の感覚……とでも言えば良いのかな? その死の感覚は強い?」
「……そもそも質が違うな。ニンファエアは太陽に真っ赤っ赤に輝いていたような感じだったのに対して、今、目の前に感じているのは、何と言うべきかな……夕暮れ時のように、全体が薄く赤い。
実際に色として感じている訳ではないけれども」
ふぅん、というように頷いてから。
「私を太陽に例えられたのは初めてだな」
……また何とも言えないような顔をして。
「そうですか」
改めて後ろを振り返る。
「それじゃあ、改めて。正直、俺としても行きたくないが。協定者として依頼を引き受けたなら、責務は全うしないといけないしな。
それに、まあ……うん。行きたくない事に変わりはないが、尻尾を巻いて逃げ出す程でもない」
同意を聞いてから。縄張りに足を踏み入れた。
*
より一層慎重に、速度を緩めて。今まで警戒をしていなかったトリリーもきちんとその盗賊らしく鋭い五感を活かして周囲を警戒する。
ただ、首狩りウサギ達が襲ってくる気配はまだ、ない。
リザードマンの女魔術師マロウは、人間の魔術師である女魔術師のリコリスに小さく聞いた。
「尻尾を巻いて逃げ出すような事はこれまであったの?」
「あったよ。気になるなら今晩にでも話しても良いけど、そうね……あの一件以来、ジョコーもそして私達も、特別じゃないって事は自覚するようになったかな」
「特別に……英雄にでもなろうとしていた?」
「正にその通り。等級を上げようとかそんな事に躍起になる事もなくなったし。
それに……本当は、今回の依頼もジョコーは受ける気はなかったみたいよ」
「……そういう事」
「そういう事」
ニンファエアとジョコーがそういう事をしたのは、直接は言っていなくても、周知の事実だった。
「先に血の臭い。でも、首狩りウサギの臭いじゃない」
舌を頻繁に出し入れしているブライリーが呟いた。トリリーとでは同じ盗賊でも、五感はブライリーの方が強いようだ。
「確認する?」
「そうだな……十中八九罠だが、別に大したものでもなさそうだ」
ニンファエアにジョコーが返す。
「周りに真新しい、草を踏みつけた跡がある。ウサギどもが先回りして何か用意しているのは間違いない」
トリリーが付け加えた。
再び歩いていく。
「この臭い……水源の近くでも嗅いだ事がある」
ブライリーが再び呟く。
「肉を食ってる奴の血の臭い。でもそんな強くない。雑食だ」
「ゴブリンとかオークとか?」
高い知性を有しているが、ギルドに属さない者の方が多く、故に今でも蛮族、簒奪者としての面が強い種族達。
「そんな蛮族特有の臭いもしない。
猪とか熊とかそこ辺りの……あ。そうか、これ、ヤローの防具の。
いや、だとしたら、どうしてそんな? 熊の死体を見せて俺達はこいつも狩れるんだぞ? って見せつけるっていう事か? それとも、単に襲ってきたから殺しただけか?」
そんなとりとめのない思考を垂れ流すブライリーに、トリリーが返した。
「もっと悪どい事を予想出来るようになった方が良いな」
「……え?」
「ササンクァ、ヤロー。一番前に来てくれ」
ジョコーに言われた通りに二人が動く。
「リコリス、マロウ。一応危なさそうだったらサポート」
「ま、大丈夫でしょ」
「うん」
「え、え?」
ブライリーだけが、その可能性を想像すら出来ていない事を、トリリーは呆れたように見ていた。
そしてもう少し歩けば、何かが足掻いているような、引きずっているような、そんな音が聞こえてくる。
ブライリーはそれでも何が起きているのか分からないようで、注意が散漫になっている。盗賊としてあるべき姿をしていないそのブライリーにトリリーは首を軽く叩いて「お前死ぬぞ」と警戒を促す。
ただ、親熊が動かない子熊をひたすらに鼻で押している光景が見えてくると、ブライリーは再び声を出して固まってしまった。
「え……」
「ヴロロロロロロロロ!!!!」
また唖然としたブライリーをよそに、こちらを目視したその親熊が立ち上がって襲いかかってきた……のを、騎士であるササンクァとヤローが受け止める。
守りに長けた職である騎士は、時にドラゴンのブレスからも皆を守って見せる。そこまでとは到底言えないものの、ササンクァとヤローは熊の一撃を受け止める事は可能だった。
特に二人掛かりならば、そのまま返す手斧で致命傷を与えられる事も容易かった。
そして。
[痺れろ]
呆然としているブライリーを狙えるか迷っていたような、近くの物陰に潜んでいた大きな首狩りウサギに、リコリスの魔法が刺さっていた。
「…………!?」
首狩りウサギは一言も発せないまま体を崩れさせる。
更に続けて。
[KATINO!]
マロウがそのウサギの周囲に睡眠呪文……広域に眠気を誘う煙を放った。
どちらも大した事のない、特に睡眠呪文は魔術師であるのならば誰でも覚えているようなものだ。
効果としても、基本は微睡みさせる程度で、術者の負担も少ない。
ただしかしまともに受けてしまえば、言うまでもなく死に直結する恐ろしさを備えている。
その煙に首狩りウサギ達は助けに動く事は出来ず……その代わりに真逆の方向から音もなく牙を向けようと動く。
当然、トリリーとジョコーは気付いて注意を促すが。
「おおう…………」
*
*
早い内に帰ってきた協定者達は、ボロボロになりながらも全員が五体満足で帰ってきた。
そして引きずってきた、幾つものずた袋の中に数多の首狩りウサギの死体を詰めていた。
数えてみれば30以上。中にはその蒼月の影響を受けたであろう、一回り以上大きいウサギもきちんと入っている。
「……大半は売り物にはならないな」
そう言えば、協定者のリーダーはあからさまにムッとした顔をする。
「俺達はあんたらみたいな専門の狩人じゃねえんだ。そんくらい諦めろ」
疲れ果てた顔。余裕のない返答。
「申し訳ない」
「……蒼月の影響を受けたウサギ達も大分減らしたし、こっちも死人は出ていないし、武器や防具までが破壊された訳でもない。
ただ、まだ根絶には程遠い。装備を整え直したらまた行く」
そう言って、協定者は井戸場などを使って体についた血や泥の汚れを落とし始めた。
動けない村長に代わって、表立って協定者達と交渉しているその男は、村長の家へと向かう。
協定者達が全員無事に帰って来て、そしてウサギの死体も十分に届けた事を告げると、その村長は煙をふかしながら、少し考え事をするように黙ってから。
「……ギルドの信条を諳んじろ」
「『誰の魂も汚される事のない均衡を、最大限の努力を以て追い続ける』ですね」
「ギルドにおける、その魂の定義は?」
「ざっくばらんに言うと、多種族間と協調の意志を以て歩む事が出来る個、だったかと」
「その『多種族間と協調の意志を以て歩む事が出来る個』であるかの判断をしたと思えるか?」
「……そう判断したからこそ、蒼月の影響を受けたウサギを殺して持ってきて、更にこちらに寄越したのかと」
「……。監視は?」
「していますが、今のところ何の情報も得られていません。
彼等は私達の事も少なからず警戒しているようでして、家の外では、彼等自身がどのような行動指針を採っているのか、何も口に出しません」
「…………。一つ、頼まれて良いか?」
「……出来る事なら」
*
体や装備の汚れも洗い落として整え、一息していれば少しずつ日が暮れ始める。
ニンファエアを含むリザードマン達は元々水源近くに住んでいたのもあって、より長く水浴びをしていた。
この様子を見ていると、多分、乾燥地帯へ赴くような依頼は無理だろう。
それから、首狩りウサギ達を討伐した一時的な見返りとして貰った食材やらを含めて食事の支度をする。
いつもは元気な人が率先してそのような雑用を担う事にしているが、今回はとりわけ誰かが極端に疲弊した訳でもなく、くじ引きで負けた人が担当していた。
要するに、ジョコーを含む数人。
芋やらの皮を剥き、豆等と共に塩で茹でる。首狩りウサギの肉もあるので塩で焼く。そんな簡単なもの。それと香草も貰ったので適当に使っておく。
「エルフも肉を食うのか?」
「……肉を食わないようなのは変な神にでも魅入られて、傍から見たらトチ狂ってるような奴だけだ」
「リザードマンは魚ばっかり食ってる……って訳でもないか。その鎧、熊の骨から作ってるもんな?
後は生で食うかどうかくらいか?」
「別に生で食っても問題ないが、焼いたり燻したりしてある方が保存性も高まるし、俺達の集落でも良くそうしている。
ただ……街のものはどれも塩っ辛いのと、それ以上に時々香り付けならともかく、腐りかけてるのをとにかく香草やらで誤魔化そうとしてるのはとても勘弁願いたいね」
「じゃあ、チーズは?」
「チーズ? …………あの、店の近くに寄るだけで凄い臭いがする、棚に羅列されているでかくて白い塊の事か?」
「ああ……多分そう」
「近寄るのも避けていたが、あれも飯なのか……」
「そっちでは腐らせて保存するような手法はないようだな。いや、そもそも乳を飲まないのか」
「乳? ああ、あれは……俺達の中ではブライリーだけ好きだったな。あれも臭いが好きじゃない」
食事を終えて一服する頃には、ただの月もすっかり登る。
村の民も見張りを除いて寝静まったであろう頃。
昨日と同じように、二人ばかりを見張りに立たせて。残りを広い居間に集め。
数本の蝋燭を並べて明かりを灯している中。
大きなテーブルを囲うようにそれぞれが立っている。
しかし並べられている椅子には、誰も座っていない。
「わたしは、なにもできなかった」
そのテーブルの上にぽつんと一匹で立つ首狩りウサギ。
一回り大きい首狩りウサギよりも、更に一回り大きいそれは力なく、共通語でそんな言葉を発した。




