首狩りウサギの天国 - 村外れ
『あいつらは協調を覚えた。今まではどいつもこいつも愚直に首を狙ってきたが故に、狩猟も慣れてしまえばただのカモと大して変わらなかったが、ここ最近はもう全く違う。
魔法までを扱えるのはまだ極一部だが、そうでなくとも草むらに紛れて手足の腱を食い千切ろうとしてくるのは最早当然、泥や糞を投げて視界を奪ってくる事も珍しくない。
……更に言うならば、以前までは好戦的で血を見るのが大好きなウサギ程度だったのが、明らかに感情を持つようになってきている。
村の入り口の門を見てきただろう? あそこに拘らず、畑の中にも案山子代わりにウサギの死体を吊り下げていた。そうすれば、襲ってくる事も皆無とまでなった訳でもないが、かなり減らせていたからな。
だが、あいつらはその死体を回収する事に躍起になり始めた。最初こそは新しい死体を吊り下げていたが、そうしようとする度に明らかに攻撃性が増した』
首狩りウサギなんぞに協調性や仲間を悼む心が生まれた事を許容出来ないように、首狩りウサギの変遷を話す村長が手にしていた煙草には自ずと力が入って捻じ折れていた。
*
「……チリチリする」
ジョコーがその言葉を発した瞬間、ジョコーのパーティ全員は臨戦体勢に入った。
そして遅れてヤローがジョコーから草むらに目を移した時には、首狩りウサギが牙を剥き出しにしながら、ヤローの首に目掛けて跳んできていた。
まるで、弓を使って自らを飛ばしたような速度。いや、人の武器などを奪って模倣しているとか、魔法まで使うとか事前に聞いていたな。多分、そうなのだろう。道具を自作して、自身を吹っ飛ばした。
腕が迎え打とうと動いているが、間に合わない事も自覚する。自分に二重に掛けられている防御魔法と、首の防具はこの首狩りウサギの一撃を防いでくれるだろうか?
走馬灯のようにはっきりとしながらも、まるで他人事のようにヤローは思っていた。
しかしそうなる前に、槍が的確にその首狩りウサギを捉え、串刺しにした。
「ギッ」
小さく鳴いて息絶えた首狩りウサギ。
ジョコーに敗北した事のあるニンファエアだけが、自身のパーティにおいて、そのジョコーの一言から来る悪寒に瞬時に反応していた。
「ぼけっとしてんじゃない!!」
串刺しにした首狩りウサギを投げ捨てながら、ニンファエアは全員を奮い立たせた。
「あ、ああ、すまん」
ジョコーのパーティは動揺した様子もなく、淡々としているのが背を向けていても分かった。
パーティの内で近接戦闘を主とする面子が矢面に立ち、魔法や遠距離武器を主とする面子は後方より支援する。
基本の戦い方に則り、二つのパーティで円を組み、襲いかかってきた首狩りウサギの群れに応戦する。
[焼き払え]
[MA・FELUUU!]
まず、それぞれのパーティの魔術師が草むらを焼き払い、風の刃で刈り取り、足元からの奇襲を防いだ。
燃えてのたうち回るウサギを、腹を切り裂かれて這いずるばかりのウサギを、盗賊達が投擲武器で止めを刺した。
ニンファエアが聞く。
「一匹くらい生け取りにした方が良い?」
ジョコーは僅かに悩んでから返す。
「……いや、今はまだ良い」
僅かな静寂。炎も立ち消え、肉を断ち切る風の刃も収まれば、自然な風がさらさらと音を立てる。
その中で、ウサギが草むらの中を走り回っている微かな雑音があった。
「適当に炎撒き散らしてみてくれ」
「ウサギどもを水浸しにしてみて?」
ジョコーとニンファエアが同時に頼む。
その直後。きぃ、と音が立った。弓をしなるような音が、同時に幾つも。
「っ、早く!!」
[数多に弾け飛べ!]
小さい火の玉が目の前を幾多に飛んでいく。後ろでは派手な水飛沫の音。
そして、火の玉とすれ違うように弾き飛ばされたウサギが、様々な角度で飛んできた。
「GROOOOOOWL!!」
騎士であるヤローとササンクァが前に躍り出てウサギ達を数多く惹きつける。
ヤローだけは自らの怯えをかき消すように、斧と盾をかちあわせ、咆哮していた。
盾で弾き飛ばし、分厚い鎧で守られている胸で受け止め、首を掴んでへし折った。地を這って足の腱を食いちぎろうとしたウサギも居たが、補助魔法と鎧の硬度が上回る。踏み潰した。
そして、それぞれの盗賊達は高くに弾き飛ばされ、ワンテンポ遅れて空から急襲しようとするウサギ達をしっかりと目で追っていた。それを理解してか牙を剥き出しにしてせめて威嚇するその虚勢に、投擲武器が吸い込まれていった。
*
合わせて20以上の首狩りウサギを特に苦もなく屠れば、後は逃げて行ったようで気配は消え失せた。
使った投擲武器を拾い集めながら、ジョコーのパーティの盗賊、森人……エルフのトリリーは呟く。
「まだ、弱いな」
知恵を絞って、人から奪った武器を使い、それなりに活かしてくる。ただ、それだけだ。首狩りウサギの範囲で強くなった、蒼月の影響を受けて劇的に変わった印象はない。
「なあ、ウサギ博士。首狩りウサギの繁殖力って普通のウサギと変わんないのか?」
剣の血を拭っていたジョコーが返した。
「ウサギ博士って俺か? ……まあ、外敵が普通のウサギよりよっぽど少ないから、普通のウサギよりはかなり低いみたいだけどな。ただ、低いって言っても一年で10匹以上は増やせるらしい」
「やっぱりウサギ博士だな。
……今回のはただの首狩りウサギだと思うが、どうだ?」
「俺もそう思う。まだ蒼月の影響を受けたウサギは少ないんだろうな」
だからこいつらは生け取りにしても価値が少ないと判断した。
「そうだろう。森の奥に潜んでいる。言えば、そいつらに出来る限りはただの首狩りウサギどもは啓蒙されている」
それにニンファエアのパーティの盗賊、ブライリーは怪訝そうに聞いた。
「それは……捨て石にされているとも言えるのか?」
トリリーが更に返した。
「あんたらにはそういう話は伝わってないのか? 私は知らんが」
リザードマンは蒼月の影響を受けて大幅に変わった事が認知されている種族の一つだ。
他の種族の雌を孕ませてリザードマンの子を産ませられるその性質までは変わらずとも、泥水の中で生きるようなケダモノ扱いまではされていない。
逆に返されたブライリーは、黙ったままだった。
トリリーはそんな静まった空気に呆れたように溜息を吐いて口を開く。
「……何にせよ、どの種族だろうと、基本そうだろうよ。
人間も私達森人も、土人も。自分から見たら頭も体も弱い仲間達をどうするか。
自分の血を引き継いだ子供達はどれも自分と同じように強くて、賢くて。
どうするか? 都合の良い理由を付けて間引くなんてしてもおかしくないだろう。
肯定するとかどうとかじゃなく、自然と起きてしまう事だ。
……。
それで、ジョコー。ここからどうするんだ? 先に進むのか?」
「そのつもりだが。別に誰も疲弊してないだろ? それにこんなんで撤退してたら舐められるからな。
そっちはどうだ?」
ジョコーがニンファエアに聞くと。
「ヤロー、行ける?」
怯えを見抜かれているのにばつが悪そうにしながら、ヤローは返した。
「……ん、まあ。頑張る」
「なら行こう」
*
背丈の高い木々が徐々に増えてくる。天気は変わらないというのに湿り気が強くなってくる。
森がそのまま在り続けられるだけの水源が近くにあるのだろうが、それに関しては村の人達も深くは知らない。ここから先は、首狩りウサギの天国という名称から皮肉的な意味が抜けるからだ。
「特に何も感じない?」
ニンファエアがジョコーに聞けば、ジョコーは頭を掻きながら言った。
「……まあ、今の所は」
先頭を歩くその二人の会話を聞きながら、ブライリーはトリリーをちらちらと見ていた。
投擲武器を手の内で弄んでばかりで、感覚の鋭い盗賊がすべき、索敵や周囲の警戒など微塵もしていない様子。
そんな視線にトリリーは気付いているが、何も返す事はなく。
とうとうブライリーは我慢出来なくなって聞いた。
「ああいうリーダーが居るなら、あんたの役割って多少喰われてるんじゃないか?」
トリリーは呆れたような目をして返す。
「まさか。
確かに、こんなだだっ広い場所ではジョコーの感覚に任せておけばもう私にすべき事はないが、迷宮などではやるべき事だらけだ。
ジョコーには開錠の技術もない。そして特に、ジョコーは命の危険がないものには素人に毛が生えた程度しか反応しない。
嫌がらせ程度の罠、殺す気まではない強盗、こちらを傷付けられるが、殺す事までは出来ない程度の敵。一々付き合ってたらどんどん摩耗させられる奴等にジョコーはなーんにも反応しない」
ジョコーにすら呆れているような声に、続けて聞いた。
「……あんたって、ジョコーの事をどう思ってるんだ?」
すると。
「こっちばかり答えているのも癪だから、偶にはそっちから言ってくれ」
「……ニンファエアをどう思ってるか?」
「そうだ」
ブライリーは、ニンファエアの背中を見た。
リザードマンの男達より一回り以上小さく、力強さより美しさ、流麗さを表に出したような肉体。
けれど、自分達が着いていくのに何の不満も抱かない程の強さを秘めている。
「彼女は……傑物だよ。
出来ない事が無いんじゃないかって思うくらいに、何でも出来る。僕が盗賊としてちょっと適性を見出されて頑張った半分以下の期間で、武芸と魔法の両方を修めたし、水源の水神様の加護もたっぷりと受けている。
そう遠くない内に、僕なんかじゃ想像出来ない世界まで行ってしまうんだろうなって思えて仕方がないし、きっとそうなるんじゃないかとも強く思う。
……少し寂しいけど」
「ふぅん……」
トリリーは少し真面目になるように、投擲武器を弄るのを止めてから返した。
「じゃあ、私も答えようか。
私達は対等だよ。上も下もない。絆だとかそんな甘ったるい言葉を使うつもりはないが、それぞれがそれぞれの出来る事に関しては確固として信頼している」
「…………」
ブライリーは黙らされてばっかりだった。
それから少し後。
ブライリーが唐突に声を上げた。
「……歩き続けて。
木の上に首狩りウサギがいる。明らかに一回りくらい大きい」
トリリーが加えて返す。
「こっちが気付いている事には気付いていないようだな。
ジョコー? あんたの感覚は変わらないか?」
「そう……だな。少なくとも、まだ進んでも大丈夫そうだ。ただ、補助魔法は掛け直しておいてくれ」
「はいはい」
それぞれの魔術師と僧侶が歩きながらひっそりと魔法を掛け直す。
すれば、木の上の首狩りウサギは戻って行った。
「魔力を感じるだけの感覚もある、と」
更にもう少しばかり。
そしてジョコーは立ち止まり、呟いた。
「……嫌だなあ」
その言葉の重みを、最早疑う者は居なかった。




