首狩りウサギの天国 - 村中
別名、首狩りウサギの天国。
村から北方に広がる森には、首狩りウサギが多数生息している事が以前より知られており、同時にそんな場所で生きてきた村人達がそれを狩る術を身につけてきた事により、そのような別名を名付けられるまでに至った。
巷においては高級な食材、服飾品としても扱われる事のある首狩りウサギの肉や毛皮から、時に首狩りウサギを狩る為のノウハウまでを売り出す事により、強い賑わいを見せていた村……のはずだった。
村の周りには罠がこれでもかと設置されており、また村の門には、何かを吊るしていたような紐——恐らく、見せしめ用の死体でも吊り下げていたのであろうそれが、虚しく風に揺られていた。
真昼間からも村の前には警戒を絶やさないように、村人が弓矢や山刀を持って数人で警戒をしている。こちらに気付けば恐る恐る近付いてきて、ジョコーに聞いてきた。
「ギルドの受けた方々ですか? それで、そちらはもしや……最近話題の」
「他にここらでリザードマンだけのパーティがあるなら俺が聞きたい」
「……まさかそんな方々にも来て頂けるとは! 早速村長の代理を呼んできます!
おーい! 助けが来たぞー!!」
「へぇ。こんなところまで既に話題になってるんだ」
ニンファエアが呟く。
「あんたら、話題性ではここらで今一番だからな。実力も伴ってるし」
「それはどうも」
まんざらでもなさそうだった。そういう時の仕草がどういうものなのかは、見てもまだ良く分からないが。
*
活気のなかった村は、総勢12人という協定者が現れて一気に賑わいを取り戻した。
半分がリザードマンという、色が濃いにも程がある協定者達にも警戒する人達は少なく、新しい墓の前で立ち尽くしていた村人がいきなり仇を討ってくれと抱き着いて泣き叫んできた事が、如何にもこの村の状況が逼迫したものである事を教えてくる。
そして大半は空き家へと案内された上で、ジョコーとニンファエア、そして頭の働く一人ずつが村長の家へと案内された。
こちらの街の中でも余り見ない程の立派な佇まい。庭にも既に罠を大量に仕掛けられている事を聞きながら中へと入れば、中も首狩りウサギ用に特化した猟具が至る所にも飾られている廊下を歩いていくが、それに目を奪われるよりも。
「強い薬草と……それから少しだけ、煙の臭い」
ニンファエアが呟いて、その嗅覚もある舌をしまった。刺すように甘ったるいそれは人にとっても良い臭いではない。
歩いていけば、その臭いは強くなっていく。そして奥の応接間の扉が開けば、より強い臭いが鼻を刺す。
その元凶——椅子に座って待っていた村長は、両方の指の数本と片足がなく、また各所に包帯を巻いていた。
そんな傷だらけでありながらも引き締まっている肉体は、村長自身も優れた狩人である事を伺わせる。
「すまない。寺院で治して貰える程度の金はあるのだがな、今、私がここを離れる訳にはいかないので、このような見苦しい姿を許してくれ」
「いえ……」
軽い挨拶と身分証明をして、早速本題に入ろうとすれば、その前に、と村長が目を合わせて先に言ってきた。
「条件がある。蒼月の影響を受けたウサギは生死を問わず、こちらに寄越してくれ」
ジョコーが聞く。
「晒し首にでもするつもりか?」
「それ以外に何の目的が? 金なら指定した報酬の倍出しても良い。必要なら応援を寄越しても良い。だが、そこだけは譲れない。私達が受けた仕打ちに対する感情は、とうに見せしめでも作らない限り収まる事はない」
ジョコーはそんな村長の顔をじっと見てから、答えた。
「分かった。それには応えよう」
ギルドの方針とは真逆の意志に頷いた事に驚くニンファエアと、そして一緒に着いてきたもう一人。
そんなリザードマン二人に釘を刺すように。
「念の為に言っておくが、誤魔化そうとはしてくれるなよ?」
「分かっている。それよりさっさと仕事の話をしよう。俺がここですべき事をする為に。あんたらが望む結果を叶える為に。
その為に俺達は来ている」
「……分かった。では、我等が如何に首狩りウサギを狩ってきたか、そして現状、どのように首狩ウサギに辛酸を舐めさせられているかを話そう」
葉巻……鎮痛作用と共に幻覚作用ももたらすそれを吸いながら、村長はこれまでの成り行きを話し始めた。
*
今までやっていた狩猟の様々な罠や武具の使い方。そしてそれがある時を境に通じなくなってきた事。受けた被害の総量と、蒼月の影響を受けたであろう首狩ウサギ達の特徴。
長い話を聞いて、夕飯までをも頂く、となりそうなところを丁重に断って外に出た。
薬や煙とは無縁な匂いの風が出迎える。そしてまた、日は沈み始めていた。
庭を出れば使用人が礼儀正しく頭を下げて別れを告げる。
少し離れたところでニンファエアが話しかけてこようとするのを止めて、小声で返した。
「話すのは、もう少し後だ」
ニンファエアは無言で頷いた。
用意されていた家は、元々大所帯の家族が住んでいたようで2つのパーティ、12人が過ごすのにもそう不便はなく(大柄なリザードマンにとっては何度も頭をぶつけたりもしたが)、また直近まで誰かが住んでいたような生活感もあった。
もしかすると稼ぎ頭が亡くなってそのまま一家離散、というような形にでもなったのかもしれない。
大体が居間に収まり、そして念の為それぞれの盗賊を見張りに立たせてから。
ジョコーはそこでやっと、外には漏れない程度の声で口を開いた。
「あの村長が一番重要に思っている事は何だったか分かるか?」
「蒼月の影響を受けた首狩りウサギに復讐を果たす事……じゃないのか?」
「もう少し深い。言ってしまえば……騒動が収まった後、首狩りウサギを再び以前と同じように狩猟出来る事。
もっと言えば、首狩りウサギが、自分達より下に居る事。俺達のような文明を持ち、協調しながら生きていく、対等な関係にならない事。
そんなところだな。抑えていたようだが、あの煙を吸ってからは隠せてはいなかった。夕飯も、そのまま受けていたら首狩りウサギのフルコースでも出てきていただろうよ」
「……」
「勿論、それは俺達ギルドの意志とは真っ向から対立する。過去において略奪と闘争の歴史が強いゴブリン、オーク、サハギンだろうが、同じく過去において血を繋ぐ為には他の種族から雌を奪い取るしかなかったリザードマンだろうが、そしてある時は国を滅ぼしたと言われているドラゴンですら、協調の意思を見せるのならば、俺達はそんな当人とは無縁な過去を不問にして、受け入れる事を信条としている。
そんなのに比べてしまえば、首狩りウサギのやってる事なんて可愛いもんさ。推測でしかないが、あいつらの意志は略奪とかそんな悪意に満ちたものではなく、ただの復讐だろうからな」
門に虚しくぶらさげられていた紐に関して聞いてみれば案の定、首狩りウサギを見せしめの為に吊り下げていたものだった。今までの狩猟が通じなくなってきた頃から、首狩りウサギ達は危険を犯してでもその死体を取り返すようになったのだとか。
「そしてそれは、逆に言ってしまえば。
俺達協定者の最善は、蒼月の影響を受けた首狩りウサギが従順の意を示したのならば。
この首狩りウサギの天国の村民の感情を上っ面だけ安堵させておいて、俺達の仲間入りをさせる事だ」
「それは要するに、ここの村民を騙す、って事?」
「そういう事になる」
難しそうな顔をするニンファエア、そしてその仲間達。
「ま、最善がそれってだけだ。相手の復讐心が強過ぎたらその時点で降伏なんぞしないだろうし、それにこっちに被害が出るくらいなら殺す程度に考えるよ、俺達は」
*
翌日。
北へと暫く歩くと、森が広がっている。首狩りウサギの根城であり、村で優れた狩人でもそこまでは入らない。
また燃やそうとしても、首狩りウサギ達はそれを許さない知恵と力を元から持っている。
畑を通り過ぎれば、そこからはもう村の領域ではない。特徴的な丸い糞もそこらに転がっていれば、外敵を刎ねて出来たであろう血生臭さも強い。
「あいつらって時折自分の糞を食うらしいんだよな」
「なんで?」
「首狩りウサギを調べている学者によると、体が小さいから、牛とかと違って一回じゃ草から栄養を吸い尽くせないんじゃないか、とか言ってたっけな」
「別に草があるならウンチを食べるより草を食べれば良くない?」
「……そこまでは知らん。ただ、草原とかに生きている首狩りウサギでも糞を食ってるらしいから、何かしらの必要性があるのは確実だとか」
「へー……」
時折そんな軽口を叩き合うが、それは緊張を適切に張り続ける為。
森へと慎重に歩みを進めていく。
少しずつ、少しずつ、森に対する自分達の矮小さが浮き彫りになっていく。
そんな中、リザードマンのパーティの騎士、ヤローは昨日話していた事を反芻していた。
『結局、まず最初にやる事は俺達があんた等にした事とそんな変わらない。
力を示す事。俺達には敵わないと理解させる事。……出来るだけ、相手の心をへし折る形でな』
その為に、森へと入る。
——首狩りウサギの恐ろしさは、水源に籠って暮らしていた頃から強く知っていた。
己をどれだけ鍛えようとも、どんな覚悟を背負っていようとも、無慈悲に、無邪気に首を刎ねてくる存在。
やってくる事が凶悪であろうとも、それがウサギである事には変わりない。戦士の一撃を喰らえば鞠のように弾んだ上で動かなくなる脆さは変わらず、目立つ白い毛玉は視界に入れてしまえば見逃す事もない。
だが、もし気付かずに肩に乗られてしまったら。その牙が首に当たってしまえば。何をする間もなく「こりゅっ」というような小気味良さすら感じる音と共に胴から首は離れているだろう。
そんなのが数多く跋扈する森の中へ入る? 視界に入れていれば見逃す事はないというのは距離を取って、数匹程度だから出来る事だ。視界の悪い森の中で、何十匹も蠢く中でそれが出来るとは思えない。
勿論、対策はしている。首周りまでを覆う防具で全員身を固めているし、それぞれの魔術師、僧侶による各種強化も重ねて掛けてある。だが……今回の相手はただの首狩りウサギではない。
恐れが、油虫のように体を這い回っている。生死を分ける刹那において致命的になるであろうそれ。
ヤローは、ジョコーの後ろ姿を見た。
ぱっとしない風貌。ヤローからしたら見下す程の体躯の差。剣と盾はどちらも軽いもので、自分の一撃など受け切る事すら出来なさそうな、平均的な人間の戦士にしか見えない。
だがその男は、あの夜、自分達を纏め上げるニンファエアを上回って見せた。
どこにそんな力があるのか、どれだけ反芻しても全く分からなかった。自分が何度戦っても勝てるようにしか思えない。
けれど。
昨晩、見張りをしている時にジョコーのパーティの女騎士、ササンクァと会話した時の事を思い出す。
弓矢を弾く程の獣の骨を基とした装備をするヤローに対し、鍛え上げられた金属を基とした装備するササンクァ。
『怖くなったら、ウチの大将を見ておけばいい。どこもぱっとしない、言ってしまえば雑用係と言っても良いウチの大将だけれども。唯一、等級が上の上の奴等ですら早々見ないような才能があるんだ』
『才能?』
『……死なないんだよ。私達はなんだかんだ長くやってきていてね、私は前衛なのもあってもう5回以上は死んでる。他の皆もね、何度かずつ死んでる。
でもウチの大将は、ジョコーは、一度も死んだ事がない。首狩りウサギを前にしても。運悪く私等じゃ逆立ちしても勝てないような相手に鉢合わせてしまった時でも。そして、槍と魔法の両方が一流と言って良い程に研鑽を積んだリザードマンと一対一で戦う事になっても。
私達は、それだけは絶対に信頼しているんだ。ジョコーだけは生き残ってくれる。ジョコーは、私達を絶対に寺院まで連れて蘇生を試みてくれる。
だから、私達はまだ誰も灰にならずにこうして協定者を続けられているんだと思う』
「…………」
そんな、頼もしい背中にはやはり見えないが。
その時だった。
「……チリチリする」
ジョコーが立ち止まって、呟いた。
ジョコーのパーティ全員に強い緊張が走り、それにニンファエアのパーティが一瞬遅れたその時。
草むらの中から、何かに撥ねられたかのような猛スピードで、首狩りウサギが宙を飛んできた。




