ギルド - 依頼完了
目を覚ますと、ニンファエアが抱きついてきた。
「本当に……良かった…………」
冷たくて、瑞々しい肌。滑らかな鱗。安堵の感情をそのまま示しているかのようにゆっくりと揺れている太く長い尾。からからと音を立てる、各所に付けている水神のお守り。
「……ああ、生き返れたのか」
窓からの光は赤く、日が暮れ始めた時間帯な事が分かる。多分同じ日なのだろう。あれから半日も経っていない。
周りを眺めると、トリリーとヤロー以外は全員居た。ダイアンとマロウも。ウィローとアキャも。
……ウィローが凄く大きくなってるな。
そう思っていると。
「すみません、ちょっと良いですか?」
抱きついて離れないニンファエアに、クリスが話し掛けてきた。
「何だ?」
「ちょっと試して頂きたい事がありまして。
もしかして、ジョコーはもう一度蘇生出来るのではありませんか?」
「……要するに、俺は灰から動く死体になっただけって事か?」
隣に居た神官が変な顔をしたのに、クリスが説明した。
「彼、腹に穴が空いても暫く動いていたんですよ。多分、あれは背骨が真っ二つになってました。
勿論、お金は払いますので」
「それなら、やってみましょう」
そう言って、神官は早速祝詞を唱え始めた。
[囁き……祈り……詠唱……念じろ!]
その途端。
「おっ?」
何か、体の底から持ち上がるような感覚がした。それは正に生き返ると言って良いような…………。
「……何か、変わりましたか?」
聞いてくるが、そんな明確に変わったような感覚まではせず。
「…………多分?」
「殺せば分かりますかねえ」
さらっと流れた言葉に、ジョコーは思わず返した。
「お前……異形になってねえよな?」
*
翌日。
トリリーとヤローの等級証が肉塊の中から見つかった事より、その日の内にトリリーとリコリスの弔いする事にした。
トリリーの親族がどこで何をしているのかを知っているのは誰一人として居ない。ギルドも知らず、また酒が混じっても伺える情報としては、生まれた場所を好んではいない程度だった。パーティの中でも付き合いは薄く、そして個人的な付き合いもほぼない。ただ、この街に来てから得たものは全て独学だったという訳ではないようで、数人だけ集まってきていた。
リコリスに関しても、身元に関しては遠いところからやってきた、くらいしか分かる事はなく。ただ、彼女の独特な魔法に関しては興味を持つ人が多いようで、どこかからか噂を聞きつけてきた人達がぞろぞろと集まってきていた。
自らが忍者としての基礎を教えた彼が何故昇天するまでの失態を犯したのか。
大半が役に立たないような魔術でも、あれだけの数の魔術を開発出来た人がどうして死んだのか。
あのミノタウロスに一矢報いるまで成長した気弱なデカブツが、なんで帰って来れなかったのか。
そもそも、アネモネの屋敷はどのような状況だったのか。
根掘り葉掘りを関係のあった人達から、何度も何度も辟易してからも聞かれた後にやっと、それぞれの墓の前に立った。
「…………」
仲間を喪うのは初めてだった。結成してから何年も、誰も欠けずにやってきた事自体が稀有な事だったのは分かっているが、それでも時が経つに連れて、すぐには受け止めきれない感情が湧いて出てくる。
ブライリーはあの時、事実を受け止められなくて暫く使い物にならなくなった。
けれど、受け止められなかった事は俺達だって同じだった。平静で居る事が出来た要因を考えると、余りにも現実だとは思えなかったから、だけかもしれない。
……潮時かな。
そんな事を、ふと思った。けれど、協定者としての生き方を今更ながら変える事など出来そうにもない事もジョコーは承知していた。
走り始めてしまった以上、これからもそうして生きるしかないのだろう。
依頼された先で予想だにしなかった事に巻き込まれて、必死に足掻いて、どうにか依頼を成し遂げる。これからも何度もそうするのだろう。
限界が来るまで。
「……早いか遅いか、それだけだよな」
ジョコーはそう呟いて、最後にそれぞれの等級証に触れた。
カランと小気味良い音を共に立てた。
*
ヤローは共に見つかった装備を含めて、集落にまで持ち帰って弔うとの事で、翌日、5人は一度集落への帰路へと就いた。
「多分……色々責められるし、引き止められるだろうけれど、私は止めるつもりはないから」
確固とした口調。
「ニンファエアも危なかっただろう? 俺が立ち上がれなかったら、ニンファエアも死んでいただろうに」
そう返すと、ニンファエアは目を細めた。
「私ね……とても腹が立っているの。あの時、槍も杖も手放して怯えた私自身に。
壁を壊す事も出来ず、生み出された異形と馬鹿正直に戦うしかなかった私自身に。
あんな奴の手のひらで踊るしか出来なかった私自身に。
そんな、今の私を超えるには、あの場所ではどうしても無理だから」
「その先にまた犠牲が出るとしても?」
「また出すの?」
「そういうつもりじゃないが……」
「そういう事よ」
帰っていくニンファエアを見て、ササンクァが言った。
「眩しいわね」
「目が眩む程にな……」
そしてニンファエア達は全員、そう日が経たない内に帰ってきた。ブライリーも含め、誰も欠けずに。
「ブライリーも帰ってくるとは少し驚いたな」
「色々考えたけど。このまま里で引きこもって生きるなんてしたら、ヤローにも申し訳なくて、トリリーにも軽蔑されそうで……うん、もう少し頑張ってみたい。
月が落ちた場所に行くのは暫く御免だけど」
「まあ、そんな頻発する事ではないからな」
フェンネルとダイアンも、マロウとササンクァも同じような事を話していた。
*
*
時が経つに連れて、今回の件における死者の数が鮮明に分かってきた。
今回の件における死者の数はほぼほぼ昇天した数と等しく、その数は100を超えたらしい。
それ故に、このような時ばかりは寛大な慈悲を見せる寺院も、今回出来た事としては生還した2パーティの3人の蘇生と、巻き込まれた1人の治療だけで、歯痒い思いをしていた。
落月の規模としては早々にない被害の大きさ。
必ず生還するというような特異な能力を持つ協定者であれど、グリフォン級に上がりたてという程度には任せられる依頼ではなかった。
そんなギルドの率直な見解と共に受け取った報酬金も、詫びも兼ねたものとなってグリフォン級としてはかなり高額なものとなったのだが、素直に喜べる事はなかった。
報酬を受け取ると同時に、後から来たアネモネの長男と三男から、次男が犯した事に対する謝罪を受けた。
依頼を受けたギルドの2階の小部屋で、粛々と、深々と。その体で表現出来るあらん限りの誠意を込めて。
明らかにやつれ果てたその2人。
少しでも何か言わないと気が済まないと感情を露わにしていたニンファエアなども結局何かを言う事はなく、アネモネの大剣をちゃっかり自分の物にしていたクリスに対しても何かを言われる事はなかった。
自分達が出ていくまでずっと頭を下げていた2人の事をギルドの人に聞くと、これからも彼等は犠牲になった人の親族達への謝罪回りをするらしく。
流石にギルドもサポートするとの事だった。
「俺でも同情する」
蘇生するにあたって一度灰になったダイアンも、そう呟いた。
そんな稀有な被害を出した事件であったものの、街においての日常は別にいつも通りだった。
街に直接の被害があった訳でもなければ、落月によって発生した迷宮の王も2日足らずで討伐された。
ジョコーとニンファエアの2パーティがそれを成し遂げたという事は瞬く間に広まったが、同時に何人か昇天してしまった事も広まって、積極的に内実を聞きに来る人も多くはなく。
ギルドから外に出れば、いつも通りの人通りが出迎える。
*
「これから……どうすべきかな」
「そうねぇ……」
ジョコーとニンファエアは、早速依頼を受けて歩いて去っていく5人……ダイアン、ササンクァ、フェンネル、ブライリー、マロウを見ていた。
事が終わった日より考えていたらしく、尖った強さや特異な能力も持たない自分達は、人並みの努力ではこの先付いていく事も難しいだろうと結論付け、その特異な能力を持つ4人抜きで暫く依頼をこなす事にした、と唐突に宣言された。
『僧侶が居ないが、それはどうするんだ?』
『適当に雇うさ。ちょうど1枠空いてるしな』
との事で。
残りの4人。実際それだけで活動しても問題ないと言えばそうなのだが、流石に出来る事は少なくなりそうだった。
「そう言えば、ジョコー。背、伸びた?」
「え? そうか?」
ニンファエアが、改めてジョコーをじろじろと見つめた。
「うん、やっぱり伸びてる。なんか成長期の子供みたい」
「……やっぱり俺、今まで死んでいたんだろうな?
体は仮初にしか動いていなかった。生き返ってから……二度目の蘇生を受けてから、かなり調子良いんだ」
「でもそれって」
「ああ。
もしかしたら、俺の死を見る力は失われているかもしれない。
また生きる屍になったら発現するのかもしれないが、そう成れるのか。成るとしたら、まず一度灰にならなければいけないのか。
正直、どれも試したくないんだよな……」
「それは……当たり前でしょう」
「でも、試しておかない訳にもいかないよな」
「それも……そうね。付き合うわよ?」
ジョコーは溜息を吐きながら答えようとした時。
「ねえ」
後ろから、歩く音も何もなく、唐突に声を掛けられた。
思わずばっと振り返った先には、ウィローが居た。
「何? そんなに驚いて」
「……足音を消して歩くの、こういう場所だとやめた方がいいぞ」
「あ、うん? それで……」
元々首狩りウサギとしては大きい方だったが、今となってはジョコーの胸元くらいの大きさまでずんぐりむっくりと成長しているウィロー。
落月で、最も成長したのはこのウィローだ。
「やっぱり私も、協定者として、活動した方が良いと思って。
どっちかに入りたい」
「……一応、理由を聞いておこうか」
ジョコーが向き合った。
「私は、アネモネの屋敷に入る事なんてもちろん、近くに行く事もしたくなかった。
けれど、能力があるからと行って連れて行かされて。そしてあんな事になった。
上の人に聞いたら、同じような事はこれから何度もあるだろうって。能力のある者を放っておける程、人手が足りている訳でもないからって。
それなら、毎回嫌々駆り出されるより、もうきちんと動いた方が良いと思った」
ニンファエアがそれに返す。
「正直……私からはお勧めしないわ。
私達リザードマンも、まだまだここ辺りじゃ珍しい方でしょ? 最初の頃に協定者として依頼を受けた時とか、正直殺意を覚える事ばっかりだったわ。
口にも出したくないくらいの事が何度も何度も……。噂が広まるに連れて、そんな最初は畜生を見るような目で見てきた奴等が手のひら返しをしてきたのも、本当に串刺しにしたくて堪らなくなった事も」
ジョコーは少し驚いた。そんな事など、ジョコーには何も言ってこなかったから。
俺の前では格好付けたかったのだろうか?
ニンファエアは一度息を整えて、続けた。
「首狩りウサギ。
今も幾多の協定者を、そして協定者でもない人達の首を好きで刎ねている獣の事を、好意的に見られる人は、……残念ながら、まず居ないと思う。
私達のように名声を高めたとしても、きっと、良い目で見られる事は少ない。だから、いつまでも物凄いストレスに苛まれる事になると思う」
「…………」
ウィローは返す言葉を持っていなかった。
「ただ、でも、私達やジョコー達ならそんな偏見も持ってないし、ウィローに向けて強い事を言われたらきちんと反論するわ。
それに、特にジョコーのパーティには、必要でしょう?」
「んまあ、そうだな」
ウィローにどれだけの適性があるか。少なくとも魔術師と盗賊にはあるだろう。言ってしまえば……トリリーとリコリスの役目を両方とも担えるだけの可能性まで持っている。
「それじゃあ……よろしくお願いしても?」
ウィローが手を伸ばしてきた。
「よろしくお願いします」
ジョコーはその手を握り返した。
想像以上にもふもふしていた。




