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アネモネの屋敷 - 5階 2

 ジョコーは一つ、自分を過小評価している点があった。

 自分が生きているという事が、どれだけパーティに影響を及ぼしているか。

 パーティを結成してから、ジョコーだけは一度も死んだ事がない。

 そこから来る安心感はジョコーのパーティ全員に段々と強い影響を及ぼすようになっている事を、ジョコー本人だけが気付いていなかった。

 そしてそれは、たった一度首狩りウサギの依頼に同行したニンファエアのパーティにも同等だった。

 ジョコー自身は、自分が前衛の癖して大した火力になれない事をどうしようもない程の弱みとして考えていたが、そんなものはジョコー以外の全員にとっては、ジョコーが生き続けている事に比較してしまえば些事に過ぎなかった。

 それを、ジョコーだけが理解していなかった。


「あ、あ、あ……」

 足が震えている。杖と槍を持つ手が覚束ない。砂漠に置き捨てられたかのような強い絶望が身体を包む。ニンファエアには自分の見ている光景がどこか他人事のように思えていた。

 肉体を交わらせた関係だった。死なないと心の底から信じていた。そしてそれ以上に、自分のせいで犠牲になったという事実をニンファエアは認められなかった。

 足が勝手に後ろへと下がっていく。剣を抜かれ、地面へと捨てられたジョコーはすぐに血の海を作った。

 ……その身体が僅かに、そして確実に意志を持とうとするかのように未だ動いているのに、ニンファエアは気付く事がない。

 からり、がらりと音がした。杖と槍が手から零れ落ちていた。

 アネモネが四本の足を動かしてニンファエアの方を向き直した。

「モナ……楽に、する」

 とうとうニンファエアは背を向けて逃げ出そうとしたその時。

[DILTO! MORLIS! BATILGREF! SOPIC!]

 躍り出たマロウがアネモネに妨害魔法を放った。加えて駆け出しているダイアンに補助魔法を。そのダイアンはフェンネルの斧槍を手に持って串刺しにしようと駆けていた。

「……モナ、何人、居るんだ?」

 しかし、ただ疑問を浮かべる程度の声。

 四つ足の巨体は、視界を塞ぐ、精神を乱す、動きを鈍くするどの魔術も全く効いていないかのように振る舞う。そして同時に見えづらくなったダイアンの渾身の一撃も、大盾によって受けるどころか、弾かれた。

「おあっ」

 ……間抜けな声が出たな。最期に思うことがそれか。

 体勢を大きく崩されたダイアンには、物を僅かに思う暇しか与えられず。大剣の一振りが放たれる。

 がづぅ!!

 手ずから鍛えた分厚い鎧ごと、深く刃は胴体へとめり込んだ。

「…………」

 口から血が吹き出して来て、視界が黒く閉じていく。

「っ……」

 マロウは、それでも続けざまに魔術を放つ。

[LA・FELUUUUU!?]

 しかし、アネモネがダイアンの手から斧槍を取った途端、距離が離れているのにも関わらず激しい悪寒がした。

 激しい風の刃がアネモネに向かって飛んでいく。まともに当たれば、大木さえ粉微塵にしてみせる威力のそれを、アネモネはやはり防御もせずに、斧槍を投げる構えをした。

 通路の角の先へ逃げるか、それとも魔術を最後まできちんと放つか。

 その逡巡。

 そして同時に。

 マロウは腹を貫かれたはずのジョコーが、まるで亡霊のように立ち上がるのを見た。

「……え? あ」

 次の瞬間には、投擲された斧槍がマロウの胴体を貫き、壁にまで磔にした。

 顔と胸だけを大盾で守ったアネモネは、全身を強く切り裂かれてもまるで何事もないかのように立ち続け、そして傷も次第に癒えていく。

 でも、けれど。

 ここで終わらない希望があった。


*


『何か思うところでもあったのか?』

『……いや。私も口に出すのはやめておきます』

『何だよ??』

 ……クリスは、あの時、その可能性に気付いていたんだな。

 俺自身も、思わなかった事が無かった訳じゃない。ただ、信じられなかった。

 俺が既に死んでいるとは。

 胸も動いている。物も食べてきちんと排泄される。興奮して精も出せる。それなのに死んでいるだなんて思える事はなかった。

 ……端的に言ってしまえば、俺はスケルトンのような、魂の力とでも言うべきようなもので動いているのだろう。

 だから、肉体はあってもそれは仮初に過ぎない。魂の力が前に来ていて、肉体が持つ本来の役割を、少なくとも十全にまでは果たせていない。

 だったら、俺は何に愛されている? 俺は、何を見ている?

 より、それに近付いて俺は理解出来た。

 アキャが、俺が見ているものは昇天への可能性なのではと言っていたが、実際それは正しい。

 ただ、昇天というより、もっと包括的な……無に至る可能性と言った方が、より正しい感覚がした。

「————」

 立ち上がれた。

 声は出ない。視界も覚束ない。でも、体が血と水で濡れているのが分かる。

 アネモネがどこに居るか、どのような姿勢で居るのかもはっきり分かる。

「…………ジョコー?」

 ニンファエアの声が、感情が、耳からではなく魂に直接響いてくる。

「……モナ、じゃない。なん、だ、お前、は?」

 剣を握り直す。

 得体の知れない物を前に、アネモネが一歩引いたのが分かった。


*


 何かが、起こったらしい。

 ジョコーが殺され、僅かでも時間稼ぎをしようと走った二人も、呆気なく死んだ。

 曲がり角の先に身を潜めるフェンネルは、その曲がり角にて串刺しになって事切れたマロウを見ながら、たった一人でウィローを背に担いでいた。

 食べるだけ食べて、ただじっと目を閉じているウィローの体は、更に大きくなっているのが分かる。蒼月の力の流れというものを、よりこの身で感じられているようだった。

「…………」

 それでも、動く事も出来なかった。顔を覗かせた瞬間、あのアネモネに殺されてしまうような恐怖があった。

 それに対して、ウィローはただじっとしている。じっと出来ている。

 自分のように怯えている様子はない。周りの様子に気を遣う余裕がないだけなのか、それとも気にかけた上で集中出来ているのか分からない。

 ……出来る事は、結局限られているんだよな。

 ウィローが成長しきるまで逃げ続けて、そして6階への道を拓いて貰う。

 ……出来るのか? 遠くで何が起きているにせよ、単純な構造をしているこの階でアネモネを中央から離すという事を?

 その気になったら俺も命を賭ける必要が出てくるだろう。ほんの僅かな時間を稼ぐだけに。

 …………出来るのか? 俺に?

 ダイアンは俺よりも強い。そのダイアンが妨害と補助を重ねがけされた上で簡単に死んだのに?

 勝手に呼吸が荒くなっていく。

 悪意のある蒼月の力に、瞬く間に染まっていきそうな精神状態のその時。

 バギィ!!

 すぐ近くの扉から、激しい音と共に拳が突き出してきた。

 思わずフェンネルは飛び跳ねる。更にその拳を見て、思わず一歩退がる。ウィローも目を開いた。

 身長こそはそう変わらないものの、体格に優れたリザードマンのフェンネルよりも遥かに頑強な拳。

 見覚えのある、ミノタウロスのもの。

「……どっちだ?」

 異形と化して自我もなくなってしまった末に自分達を傷付けようとしているのか、それとも自らの意志を保ったまま脱出しようとしているのか。

 一度引っ込んだ拳はもう一度同じ音を立てて、見えない障壁を再び打ち砕いた。

 ウィローが答えた。

「…………大丈夫」

「分かるのか」

「うん」

 出来た穴から、見えない障壁を掴んでべぎべぎと破壊して。

「……ああ、やっと出る事が出来ました」

 クリスが外へと出てきた。見た目も、側頭から生える角が見るからに大きくなっている以外はそう変わらないまま。

 ただ安堵した表情は、呆然としているフェンネルと背負っているウィローの大きさと、そして串刺しになっているマロウを見て消え失せる。

「何が起きているのです?」

 フェンネルは頭を必死に回して、端的に返した。

「異形になったアネモネをジョコーとニンファエアが食い止めている。

 更に上の階があって、そこに迷宮の王が居る。ウィローが成長すればそこへの道が拓ける」

 クリスも、大体を察して深く聞くのは止めた。

「……今、食い止めているのはその二方だけなのですね?」

「ああ、……頼む。俺はそのアネモネの姿もほぼ見てないから、後は何も言えないが」

「分かりました。では」

 そうして駆けていくクリスの背後の姿を見ていて、恐怖が少しだけ薄れているのを感じていた。


*


 大剣が振るわれる。より最低限の動作で避ける事が出来る。

 すると次に押し潰そうとしてくるのに、ニンファエアが腕を引っ張って逃れた。

 得体の知れないそれに距離を取られ、警戒するアネモネ。

「な、何が起きているの? どうやって動いて……」

 思わず疑問を投げるニンファエアに、ジョコーは返した。

(補助魔法を掛けてくれ)

「え? 声……じゃない、どうやって?」

(早く、ありったけ! 長くは保たない!!)

「わ、分かった!」

【PORTO! SOLOTU! CALDIA! 水神よ、彼に……?】

「……え、あれ」

 水神の気配がない。

(十分だ)

 ジョコーは前へと踏み出した。


 前よりも、全てが鮮明に見えていた。より死に……いや、昇天に近付いているからだろう。

 体は今、魂の力だけで動いている。それも長くは保たないのが感じられた。

 魂の力が尽きたら、その時は灰になるのだろう。

 警戒して自ら攻める事を躊躇っているアネモネは、ジョコーを背にする事まで……他の誰かを優先する事が出来なくなっていた。

 そのケンタウロス型の異形となったアネモネには、三つの核というべき部分があるのが透けて見えた。

 アネモネの頭。ケンタウロス部分の腰。そして、アネモネの腰。

 アネモネの核と、異形の核と、その二つを繋げる核。

 ただ、弱点が見えたからと言って、避けられるからと言って、ジョコーはこのアネモネを致死まで持っていける気はしなかった。それでも、自分が動けなくなるまではアネモネを足止め出来る。

 それまでに6階への道が拓ける事を祈りながら、ジョコーはアネモネに向けて走った。

 再び大剣が振るわれる。それに合わせて完璧なタイミングで避けて、脚の関節に剣を突き刺しながら走り抜ける。

「う」

 より正確になった攻撃は弱くともアネモネの足を鈍らせた。

 そこにどすどすと音を立てながら駆けて来たクリスは、異形のアネモネにも、腹を貫かれているジョコーにもそう驚く事はないまま、ジョコーの隣に並び、端的に聞いた。

「出来る事はありますか?」

 すぐに血が止まり、振り返ってくるアネモネ。

 ジョコーは思わぬ援軍に方針を伝えた。

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