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エルフの村が焼かれず奪われる時代にて  作者: ムルモーマ
1. ジョコーとニンファエア、それから首狩りウサギ
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ギルド - 首狩りウサギの調査依頼

 この世には汚泥と神秘しかないんじゃないかと思うほどに、汚らしく美しい。


 数に任せて押し寄せるばかりだったゴブリンは代を経て淀みのない魔法を放つようになり、簒奪した武具ばかりを使っていたはずのオークはミスリルの鎧に身を包むこの昨今。

 過去に倣うだけのエルフの森は焼かれる事なく秘匿の全てを奪われ、伝統に固執するリザードマンの水源は毒を使うまでもなくただ血に染まる。

 世界の全てに変化を強要する、蒼い月。

 それは一定の周期で妖しく輝く。そして、如何に敬虔だろうと愚鈍だろうと、勇猛だろうと平凡だろうとも、我関せずという様に気紛れに不可逆的な変化を与える。

 時に暴れるしか能がなく、悪趣味な娯楽で扱われているばかりだったミノタウロスに、製鉄を可能にするまでの知能を与えた。

 時に他種族を孕ませる事でしか繁殖出来なかった、元来雄しか居なかったリザードマンに雌を与えた。

 そしてまた太古から文明を持つ人間やエルフ、ドワーフなどももしかしたら、その蒼い月によって変質した種族かもしれない。

 誰の事情も露知らず、時代にうねる波を促し続けるその神秘は、未だ微塵もその原理を解明されないまま、空に在り続けている。



 とある街。

 知的種族が増え続ける昨今において、なし崩し的に発展した共助組織——ギルドが存在する、ここら一帯においては指折りの賑わいと発展を見せる街。

 やや離れた場所に澄んだ水源があり、そこに根差していた排他的なリザードマンの集落が最近ギルドと和平を結んだ事が話題になっている。

 その、ギルドの建物の中。

 一人の男が、酒場にもなっている受付のバーカウンターを挟んで、受付嬢から依頼を手渡されていた。

「今回、ジョコー様方に依頼したい調査は、とあるウサギの群れの調査です」

 ジョコーと呼ばれた男はそれを聞いた途端、嫌そうな顔を隠さずに聞き返した。

「……どっちのウサギだ?」

「それはもちろん、草食ながらも肉食獣顔負けの鋭い爪と牙を隠し持ち、闇より冒険者の首を抉り狩ってくるウサギです」

 通称、首狩りウサギ。ギルドの一員たる協定者——特に荒事の対処にも慣れてきたような、新鋭気鋭な希望に満ち溢れた若者達に、所詮命なんてものは儚いものだと身を以て教えてくる、とびきり恐ろしいウサギだ。

「その中でも、今回調査したい群れはやけに知能が高いらしく、魔法を使ってきたとの証言もあります」

「それは、要するに……」

「はい。蒼月の影響を受けた首狩りウサギが存在する可能性があります。その為、可能ならば同行、難しければ捕獲、もしくは討伐を依頼したいのです」

 ジョコーは難しい顔をして黙った。

 時に広く名の知れた協定者ですらもその歯牙に掛かったという話を聞く、その首狩りウサギ。首を撥ねられたとしても、損傷少なく遺体を持ち帰る事が出来たならば寺院での蘇生は可能なのだが、それにはまず多額の金銭が必要となり、その上で蘇るかどうかは神のみぞ知る。

 要するにそのウサギの名を冠する首狩りを喰らってしまったならば、この世とのお別れしなかったとしても、大赤字になる事は確定だ。

「……報酬は?」

「こちらになります」

「……!?」

 目を見張る。

 提示された額は、蘇生に必要な金額に桁を足されていた。

 以前、ジョコーが水源に住むリザードマンと和平を結ぶ為に一役買った時とは比べ物にならない。

 正直、今のジョコーを含む協定者パーティの評価——等級からは不釣り合いとしか言いようがない額だ。

 難しい顔をそのままにして、ジョコーは再び口を開いた。

「何故、俺達にその依頼を?」

「ジョコー様が最近噂になっているのは貴方自身では聞きませんか?」

「……いや?」

「最近、リザードマンの女族長、ニンファエア様率いるパーティがジョコー様のパーティの評価に追いつきつつありますよね。

 和平からまだ半年程しか経っていないというのに、今や名声としてはジョコー様をとうに追い越している」

「そりゃあなあ」

 和平を結ぶ為に、決闘を行った。水源に籠っているだけの自分達は最早時代遅れなのだと、示してくれという願いの元に。

 それにしても彼女らは強かった。勝てたのは実戦慣れしているかどうか、ただそれだけだったと思う。だから、俺達なんぞ軽く追い越していくのに違和感はない。

 受付嬢は一呼吸吐いてから言った。

「言わばこれは、ジョコー様方が能を隠していないかという確認でもあり、そして等級試験でもあります」

 等級試験。受かれば同じ依頼であろうとも、ギルドからの報酬は何倍にも跳ね上がる。同時により危険度の高い任務にも有無を言わさず駆り出される事になる訳だが。

 だから……等級なんぞ上げたくないと言う人も少なくないし、ジョコーもどちらかと言えばそうなのだが。

「拒否しない方が良さそうか?」

 これだけ高額だとしても気は一向に進まないが。

「それともう一つ。これは二つのパーティで合同で調査に赴いて貰おうと思っています。貴方達が拒否した場合でも、被害は既に無視出来ない程度にはなっているので、もう片方、既に依頼を受注しているパーティのみで依頼を受けて頂く事になるでしょう。その場合、報酬は倍になりますが……危険度も倍になります」

 嫌な予感がした。

「そのパーティのリーダーの名前は?」

 受付嬢はジョコーと目をしっかり合わせたままに、言った。

「ニンファエア様です」

 リザードマンの女族長。以前、命を奪い合った間柄。

 しかしそれは男にとって報酬よりも、名声よりも、そして弊害を押し除けてでも受けるに値する事柄だった。



 それから数日後。しっかりと準備を整えた二つのパーティが目的地となる村の近くで合流した。

 共に六人ずつ。人族を中心に構成された、前衛と後衛の役割をそれぞれがきっちりと果たす典型的なジョコーのパーティと、全てが同じ集落のリザードマンであり、その集落の若い女族長自らが率いるニンファエアのパーティ。

 リザードマンそれぞれの体格差は人よりも激しいが、水辺で暮らす種族らしく滑らかな鱗に全身を覆われた上で、水中を効率的に移動する為のヒレを肘や背中から生やしている事は変わらない。

「よお、ニンファエア。久し振り」

「久し振り、ジョコー」

 ジョコーは平均的な背丈の人族であり、装備としては片手剣と盾、それから要所を守る軽鎧。使い込まれ、くたびれている各種持ち物。どこをどう見ても、大した特徴がない。

 しかしニンファエア、リザードマンの女族長は、他種族の誰が見てもある種の美的感覚を抱くような風貌をしていた。

 男のように威勢のある肉体をしている訳ではないが、水そのもののように流麗に動けるようなしなやかさを備えているその肉体。各所に散りばめられた部族としての装飾を除けば、要所要所を端的に守る程度の防具しか身に付けていない事がそれを裏付けている。

 また武具としては槍と杖を併せ持っており、それは武芸と同時に魔法も扱える事を意味している。更に言えば、ニンファエアはリザードマンのパーティの中では一番小柄であるが、それでもジョコーが若干見上げるくらいの体格差があり、そして幾多の実戦をこなしてきたからか、過去に戦った時よりも地に足が付いた等身大の自信が伺えた。

 ……多分、今やったら勝てねえだろうな。

 そんな事を思いながら、周りに聞こえないような小さな声で切り出した。

「……変わりないか?」

 同じ声量でニンファエアは返す。

「残念ながらね」

「そっか」

 他のそれぞれも、似た役割同士で会話を弾ませているが、興味無さげにしていてもこちらに耳を澄ませている事は丸わかりだった。

「……そっちはあれからどうだったんだ? こっちは、まあ、直接は言って来なかった」

「今回で相応しいか見定めるつもりだと思う。頑張ってね」

「あー……はい。ガンバリマス」

 要するに、そういう事である。


 村へ向かって、畑の中を歩いていく……が、余り手入れをされているとは思えない。雑草がぼうぼうと生え、作物も害獣に食い荒らされているものばかりだ。そもそも、真昼間だというのに畑仕事をしている人など誰一人も見当たらなかった。

 お陰で見晴らしも良いとは言えず、ウサギ程度なら簡単に身を隠せるだろう。

 その首狩りウサギの怖いところは、大きさはそのままに、身体能力はただのウサギとは比べ物にならないというところだ。気配を消すのにも優れ、警戒を怠っていなくとも一瞬の隙に首にまで跳んで取り付き、ウサギとしては不釣り合いな牙と爪で頭と胴体と切り離してくる事も珍しくない。

 それぞれは、既に顔はもう真面目になっていた。武器を手に取り、奇襲を警戒する姿勢を維持したまま、じっくりとした速度で歩いていく。

「迷宮ではない、という事が幸いだな」

「そうなると上にも注意しなきゃいけないからね」

 緊張を解すように時折会話は混じるが、その間にも隙は見られない。

「兎の糞だ」

 ジョコーのパーティの盗賊がぽつりと言った。

「近くに居ても全くおかしくない」

 逆に首狩りウサギの弱点は、それでもウサギには変わりないという事だ。身体能力がただのウサギより遥かに高いとは言え、剣の一薙ぎでも当たればそれは致命傷になる。魔法による範囲攻撃などは耐える事も避ける事も難しい。知性もそう高くはない為、罠にも良く引っかかる。

 だが……村に着くまでの間、ウサギが襲いかかってくる事はなかった。

 まるで、こうも警戒されたら無駄死にするだけだと理解しているかのように。はたまた、パーティの実力を見定められているような。

 それは下手に襲いかかってくるより遥かに不気味で、恐ろしく。

 新しい墓が幾多に並ぶ村にて、生気を失った村人達が二つのパーティを出迎えた。

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