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アネモネの屋敷 - 5階 1

 5階へと登って行ったのを見届けた後。

 未だに全く落ち着かない様子を見せるブライリーに、ササンクァは話しかけた。

「ねえ。一つだけ良い?」

「な、なに?」

「もしね、私とリコリスがあの異形に取り込まれそうになったら。

 私とリコリスの首を刎ねて、それを持って逃げて欲しいの。

 そうすれば、首から下が全て無くなっても、蘇生出来る可能性だけは残るから」

「えっ、あっ、えっ……」

 いきなり渡された重い使命に、ブライリーは断る事も出来ず、かと言って頷く事も出来なかった。

 身長こそはブライリーの方が上だ。ただ、盗賊として素早い動きを重視するブライリーの肉体にはそこまで厚みはない。

 それに対し、常に重い鎧を身に着けて幾度と戦闘をこなしてきた肉体を持つササンクァは人間の男と比較しても早々ない程の身長を誇り、そして男顔負けの分厚い肉体を持っていた。

 鎧を脱いだ事で露わになった肉体。それに自然と気圧されるブライリーに対し、ササンクァは自分の手斧を有無を言わさず握らせた。

「これなら切り落とせるだろうからね」

「…………頑張る」

 ブライリーは、心許ないにも程があるような小さな声を絞り出した。

「じゃあ、私は今の内にリコリスを背負って動くのに慣れておくから。監視頼むね」

「えっ、あっ」

 そう言って、ササンクァはリコリスを背負ってそこらを何度も歩き始めた。

 ブライリーは階下を監視しながら、そんな様子もちらちらと見ていて。

 程なくして気付いた。

 ……動いていないと、落ち着かないんだ。

 手渡された手斧を見つめた。使い慣れていない、ずっしりとした重み。けれども、リザードマンとしての恵まれた体躯なら振り回される事もない。

 また、分厚い刃はそう技量を必要とする事もなく、骨をも断ち切るだろう。刃毀れを気にする必要もそう無さそうだった。

「…………」

 柄を強く握り締める。

 そして二人の方を向いて、聞いた。

「ね、ねえ。僕に、他に出来る事って、無いかな?」


*


 5階。

 より蒼月の気配が濃くなった以外は相変わらず、ただの屋敷の光景が広がっている。

 けれども、ここには残った全てが存在するはずだった。

 囚われて、きっと異形化しているアネモネも。蒼月との適性が最も高いと判断されたクリスやマロウ、他の協定者達と、ウィローとウィローを抱き抱えていたアキャも。

 そして、迷宮の王となったアネモネの次男も、きっと。

 けれど、何も起こる事はなく、少し歩いた後。

 天井を見つめている首狩りウサギが居た。ウィローよりも更に一回りも二回りも大きい首狩りウサギが。

 その口や手は血で汚れていた。

「……ウィロー、か?」

 ジョコーが聞く。ウィローはこちらを見ると少しほっとしたような顔をした。

 顔も大きくなったからか、表情が少し分かるようになっていた。

 ウィローは口を開いた。

「時間が、ない。

 私は、アキャと部屋に閉じ込められた。私は、蒼月の影響を受ける事で、それと……アキャの片腕を食べる事で、どうにか外に出るまでの力を得た。

 アキャが、異形になるまで、もう時間がない。迷宮の王は6階に居る」

「……6階?」

 アネモネの屋敷は5階建てのはずだった。

 ウィローが眺めていた天井をジョコー達も見つめた。いや、その周りの空間全体を。

 妙にねじれていた。上に新しく作る部屋の為に、少しずつ物質を奪っていったかのように。

「ウィローは、この壁を破る事まで出来るようになったのか?」

「今の私じゃ、まだ外に出るまでは無理だけれど、食べ物があるなら、もっと強くなれるから、きっと」

「なら食っとけ…………?」

「……ジョコー?」

 ジョコーは唐突に背後を向いていた。他の皆が構えると同時に。

「……全員、逃げろ」

「な、なにが来るの?」

「早く!! そっちだ!!」

 全員、ジョコーが指差した方向へと走った。ニンファエアを除いて。

「私は役に立てる?」

「……7割方死ぬぞ」

「昇天するよりは、よっぽど賭ける価値があるわ」

 かちゃり。

 来た方にあった扉の一つが開いた。両手剣がまず出てきた。

 そして足が。身体を屈めて大きな上体が。

「アネモネさん……」

 本人に、特異な能力はない。

 両手剣を片手で振るう膂力を備える事や、常人では持ち上げる事も難しいような重い盾を丁寧に動かせる事は、蒼月の影響を少なからず受けて得たものであるだろうが、アネモネの身にはそれ以上もそれ以下も宿っていない。

 しかしそれは、迷宮の王によって更に強くさせられたようで、元々巨大だった体躯は更に大きくなっていた。

 更に、のそりと出てきたその腰の後ろからは歪でありながらも、馬の如き下半身が付いてきていた。

 3階の肉塊と同じく、人であったものを幾つも繋ぎ合わせたようなその下半身は、ケンタウロスと呼ぶには醜悪過ぎる。だが機能としては——ケンタウロスという種族の長所は取り入れる事は出来ているように見えていた。

「…………私がぁ? 終わら、せなけ……私、がぁ。

 私、私……ああ、モナ……何故、二人?」

 次男の名前まで、ジョコーは知らなかった。ただ、モナという名前は、きっと次男のそれなのだろう。

 ジョコーは期待せずに話しかけた。

「俺達はモナじゃない。この上に居る」

「嘘言う、な……モナ……すまない……今、楽にしてやる」

 アネモネが襲い掛かってきた。


 ケンタウロスの体躯で、瞬時に距離を詰めてきたアネモネは二人を両断する勢いで両手剣を振るってくる。

 例えヤローやササンクァの分厚い鎧ですらも両断してしまいそうな勢いのそれを、ジョコーとニンファエアは躱した。

 そして2人とも、異形としての幾度でも再生しそうな巨体を見た瞬間に勝つ事そのものは諦めていた。

 出来る事は時間を稼ぐ事、ただそれだけ。

 ウィローが6階への道を拓けるまで。一太刀目を躱したジョコーはそのまま正面に立ち続ける。ニンファエアは滑って背面を取るも、その歪な肉塊の下半身を間近にして、そして3階で肉塊に呑み込まれたというトリリーとヤローの事を思い出して、反撃をするより更に背後へと逃れた。

 振り返れば、目の前ではジョコーが連撃を避け続けている。

 廊下という決して広くはない場所において、突きを主体として振るわれる攻撃を、どれにも掠りもしないように。

 一つ一つに技術の伴った的確な殺意が篭っている。この攻撃と比較してしまえば、力尽くでしかなく、投擲以外は射程もそう大した事のないクリスの攻撃などどれもお遊びのようだった。

 それでもジョコーは避け続けている。その巨体に対し、廊下という場所で全力を出し切れていないのもあるだろう。また片手で両手剣を振り回しているとは言え、その重み故にジョコーの異能を封殺する程の飽和攻撃にまでは達していないのもあるだろう。

 だが、それがいつまで続くのかと問われたら、そう長くは続かない予感がした。

 ニンファエアは後ろ脚に槍を突き刺し、同時に片手杖を手にして風の刃を放つ。

[切り裂けっ!!]

 関節を突いて、深くはないものの筋肉をすっぱりと切り裂いた感覚。もう片方の後ろ脚が反撃に蹴ってくるが、それは届かない……はずが、届いて来る!

「ぎぃっ!?」

 鼻先を掠める爪先。後ろ脚が伸びている。まるで内側に骨など入っていないかのような振る舞い。

 更に突き刺した穴も、飛び出した血も瞬く間に元通りになっている。

「本当にっ……!?」

 蒼月というものは馬鹿げている!!

 殺すどころか、効いているのかすら分からない。

 それでも、嫌がられているのは確かだ。

 だから、ニンファエアは攻撃を続けた。


 やるべき事は決まっていた。ウィローに飯を食わせて成長させる。その上であの場所の天井をぶち破り、6階に居る迷宮の王を殺す。

 アネモネが、迷宮の王にとっての切り札である事は察せられた。ウィローが6階への道を拓けると分かった途端に出てきたのだから、それが迷宮の王にとって避けるべき事である事も断定して良いだろう。

 フェンネルとマロウが見張りをしながら、ダイアンが持ってきていた食料をとにかくウィローの口へと運ぶ。

 傍から見れば馬鹿げているような光景だったが、そこには焦りしかない。

 この屋敷は、3階から先はどれも構造としては単純だった。行き止まりもないが、枝分かれした通路も少ない。今はジョコーとニンファエアがアネモネを一箇所に留めているからこそ、こうして立ち止まってウィローに食べ物を渡せているが、逃げながらでは早々出来ないだろう。そして……特に小柄なドワーフであるダイアンの脚力では、逃げる事すら難しいのを、ダイアン自身も察していた。

 せめて……ここのどこかに閉じ込められているクリスとソニアが脱出してくれれば、どうにかなる可能性ももう少し増えるだろうに。

[切り刻めっ!!]

 ニンファエアの魔法の声が聞こえてくる。

 同時にガンガンと壁へと幾度と叩きつけられている大剣の音が聞こえてきているも、それに鎧や肉を貫いたような音はいつまで経っても含まれる事はない。

 だが。

「逃げろっ!!」

 ジョコーの叫び声が聞こえた。

 ウィローが耳を立てて食べるのを止める。

「ニンファエアが狙われた! ニンフェエアが逃げ続けたら、こっちに後ろから回り込まれる!」

 曲がり角から様子を見ていたマロウが叫んだ。ダイアンがすぐにウィローを担ぐ。

 ここから更に成長したら、きっとダイアンと同等の大きさになるウィローは、体躯とは裏腹にとても軽かった。

「お前は食ってろ!!」

 ウィローは言われた通りに携帯食料を腹に詰め込み続ける。

 フェンネルが走りながら聞いてきた。

「一旦4階に逃げるとか、アキャの居た部屋に隠れるとかは?」

 マロウが返す。

「ウィローの成長が遅くなるのと、入りこまれたら逃げ場がなくなるのでどっちも無し!」

「……了解!」

 曲がり角を曲がる。そこから様子を覗く。

 ガァンッ!!

 ニンファエアは一度壁にまで追い詰められたものの、壁に突きが刺さって一瞬攻撃が止まったタイミングで切り返し、再び後ろへと潜ったのが見えた。


「モナ、抵抗、する、な。すれば、楽に」

 どれだけ大剣を振るおうとも当たる気配のないジョコーよりも、嫌がらせばかりをしてくるニンファエアを先に仕留める事にしたらしきアネモネは、どれだけジョコーが矢面に立とうともニンファエアを執拗に狙い始めた。

 どちらもモナとやらに見えているらしいのに、どっちがどっちなのかは区別がつくらしい。

「都合が良い……!!」

 ニンファエアは、それでもアネモネの一撃一撃を的確に避け続けていた。異能などとは関係なく、自らの才覚のみを頼りにして。

 しかし、瞬きすら許されない。息を継ぐタイミングすら分からない。ジョコーとは違ってすぐに限界が来るのはニンファエアにとっても分かりきった事だった。

 そして、いかにジョコーが自分に意識を戻させようとしても、ジョコーにはその手段が無かった。出来るのは避けるだけ。ただそれだけ。

 そのままの限り、自分以外の全てが殺されてしまうのを黙って見つめているしか出来ない。

 けれども、そこから脱却したいと誰よりも願い続けてきたのは、努力してきたのはジョコーだった。それでも、ジョコーの身には新しく何かが宿る事はなかった。

『ジョコーさんは……やはり、自分の本質というものを見つけなければいけないのでしょうね、きっと』

 ……俺の本質って、何なんだよ!?!?

 再び、壁にまで追い詰められたニンファエアが、突きを壁へと当てさせて隙を狙う。

 カンッ!

 しかし、先程よりも軽い音が響いた時、ニンファエアは既に次の行動に移っていた。突きが本命ではなく、再び回り込もうとしたそのタイミングを狙われたと察しながらも、身体の制動が効かないタイミングに、次の一撃が間に合いそうな。

 死を悟る。

「う、お、ああああ!!!!」

 ジョコーの身体は動いていた。どちらかが死ぬ未来が見えていた。

 ジョコーは最初から決めていた。死を回避出来ない時が来たならば、それを己の死で他の死を回避出来るのならば、それを躊躇わないと。

 ジョコーは大剣を振るおうとする腕に、全力で剣を突き立てた。

 ニンファエアが切り裂かれるのは避けられたものの。

「……すま、ない、な」

 アネモネの、謝罪の声。ただけじめをつけようとしているだけの、けれど狂ってしまった事には変わりない声と共に、ジョコーはもう片方の腕で掴まれた。

「うっ、ぐっ!!」

 巨体のケンタウロスと化したその手は、ジョコーの胴を掴んで離さない。

「ジョコー!!」

 ニンファエアが叫ぶ。ジョコーがその腕に剣を何度も突き立てるが、拘束が外れる事はない。

 ジョコーの目には、今までにない確定した死が映っていた。

[切り裂け! 切り刻め! 微塵にしろ!]

 ニンファエアが起き上がって、槍を突き立てても、魔法を放とうとも。異形と化したアネモネにはどれも有効打にならない。

 そして。

「モナ。私も、すぐに、後を追う」

 その言葉と共に、ジョコーの腹に大剣が突き刺さった。

「ジョコーーーー!!!!」




 …………だが、死は、終わりではなかった。




 ——理解した。

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