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ギルド - 月が落ちた場所の調査依頼

 追々の調査も特に問題なかったようで、グリフォンを象られた等級証が渡される。

 手の平に軽く収まるくらいの大きさの、頑丈な金属のそれ。

「それでは、こちらがグリフォン級の等級証となります。

 皆様の等級証と交換になりますので、集めて下さい」

 そう言われて、焦って体をまさぐった人が数名居たものの、無事に集まる。

「変わらず、紛失した場合は等級を一つ落とす事となりますので、入念に、留意して下さい」

「だってよ」

 すぐに出せなかった人達が、より大事そうに仕舞った。


 それぞれの等級証が受け取られたのを受付嬢が確認すると、一拍開けたようなタイミングの後に、口を開いた。

「本来は色々と説明すべき事があるのですが」

 ジョコーの顔が曇り、ニンファエアの顔が好奇心に湧いた。

「それよりも先に、月が落ちた場所の調査に赴いて貰います」


*


 ……蒼月は生命の留まらず、場所そのものに影響を及ぼす事がある。

 ギルドでは『月が落ちる』と表現する事が主だが、蒼月を否定する地方や国では端的に『穢れた』だの、『悪魔の痰壺』などとそんな蔑称で呼ばれた上で、発生次第徹底的に更地に変えられる。時に、その落ちた場所に人が多く住んでいようとも。

 そしてその、否定する国の対応から察せられる通り、影響としても生命に及ぶ時よりも遥かに強く、何より不安定だ。

 その場所に生命が長く居座っていれば、一つの生命が影響を受ける蒼月と似たような、しかし確実に異なる影響を受ける。

 知性が失われて凶暴になったり、体の一部が妙に変形したりする事から始まり、尻尾や角、翼が生えるならまだ良い。

 時には体が血や精液しか受け付けなくなるような特殊体質になったり、変に腕や足が増えたりだとか、更に他の生命と一体化してしまう事も珍しくない。

 そしてその影響を色濃く受けてしまったのならば、その月が落ちた場所でしか生きていけなくなる事もあれば、一度死んで蘇生されたとて、生まれてからその姿だったかのように再生されるようになる事もある。

 しかしそれ自体は、月が落ちる事に対する災厄ではない。

 月が落ちた場所そのものと親和性のある生命が居た場合、その生命は場所そのものと強く結びついた末に『迷宮』と化してしまう事こそが災厄となり得る。

 迷宮と化したその内側では、その生命……迷宮の王と言って等しいそれの意志に則って変貌し始める。

 洞窟はいつの間にか誰の手も関わる事もなく掘り進められ、建物でさえもが意志を持ったかのように勝手に増築される。

 何が起こるかなど予測不可能。最早人の手になど到底管理出来ず、破壊はおろか、立ち塞ぐ事も難しい。

 それ故の恩恵もあるにはあるのだが、そんな中に入る危険と比較してしまえばとても割に合わない。

 そして……王に悪意があったのならば、入らずとも中からは無尽蔵の如く災厄が吐き出される事となる。

 この世界には、そんな割に合わない恩恵を求めてそんな『迷宮』と向き合い続けているような場所もあるにはあるものの、蒼月を否定する国のように息苦しい程の秩序に縛られている訳でもなく、そこはギルドが力を持つ場所よりも余程混沌としており、命すらもが塵のように軽く扱われているのだという。


*


 流石に内密にしたい事も含まれているのか、場所を移しての話となる。

 何故かウィローも付いて来るのを傍目で見ながら、一つの大きめの部屋に集まり。

 扉が締まれば、早速大きな机に地図が広げられる。

「今回、月が落ちた場所はこちらです」

 歳を取り、引退した協定者……グリフォン級の更に一つ上のフェンリル級であった、ここらでは名高いアネモネ家の、その巨大な屋敷がある場所だった。

「うわ……」

「アネモネ様は屋敷に月が落ちた時に外に出て、弟子達の鍛錬に取り組んでいましたが、その家族を含む多くの人達が中に取り残されました。

 そしてそのアネモネ様も追って屋敷に入った後、行方不明となっています」

 ここらの協定者の、特に近接武器を扱う職を選んだ人達の大半は、アネモネの下で訓練を受けた事がある。ジョコー、ダイアン、ササンクァの三人もそうだった。

 三人はそれぞれ思うところがあるようで、口を噤む。

「それから、そうですね。既に幾つものパーティが中に入って行ったまま、音沙汰がないようです。

 特にアネモネさんの師事下にあった方々が多く」

 それには余り関心を寄せない三人。

 目敏くそんな感情を嗅ぎつけたブライリーに対して、トリリーは小さく返した。

「俺達、余り物で結成されたパーティだったんだよ。

 目立つところのない三人。それに僧侶としては微妙で、一度戦意を見せれば手がつけられなくなる中途半端なミノタウロスに、性格の悪い俺と、研究ばっかりで良く分からない魔術師」

「性格の悪いって自分で言っちゃうんだ」

「自覚出来ない程俺は愚かじゃない。

 とにかく、あの三人はアネモネに恩はあれど、同じく師事した奴等には余り縁が無い。

 それどころか、妬まれているところもあるか。

 ジョコーの異能は、アネモネの下では全く分からなかったようだからな」

「ああ……」

 話に戻れば。

「月が落ちてどの程度の影響が発生しているのか、まだ、ほぼほぼ分かっていません。

 生還者が出ていれば多少なりとも分かるでしょうが、それが居ない前提での依頼となります。

 内部を少しでも明らかにし、可能であればアネモネ様を含む生存者の救助を。そして……もし、万一『迷宮の王』が発生していたならば、生きて帰ってくる事だけを念頭に入れて下さい。

 その上でグリフォン級の上位、もしくはフェンリル級以上の協定者に引き継げるようにします」

「…………最初にしては随分と荷が重いな。

 でも、強制なんだろ?」

「一応、拒否は出来ます。

 その等級証を私共に渡した上で、最低でも事が収まるまでの間は、この街から出て行って貰う事になりますが」

 ジョコーは溜息を吐いてからもう一つ。

「それで? 一番必要とされているのは、俺達なんだろ? 俺自身でも良く分かってない、死を感じ取る異能を持っている俺と、連携を一番組めるパーティの皆のはずだ」

「はい、ニンファエア様方は必須ではありません。

 しかしながら。

 クリス様を技量のみで上回るニンファエア様と、同じ水神を信仰するリザードマンであるのならば、どこでも蘇生を可能とするソニア様。

 とりわけお二方の才能に関しては、グリフォン級でも早々に稀有でありまして。

 何かあった時の為の戦力として、赴いて貰います」

「何かあった時?」

「中に入った協定者達が、意志もなくなった異形と化して戻ってきた時などですね。

 何せアネモネ様の屋敷は中々に広いものでして、人手は欲しいのです」

「そう……」

 ニンファエアは気乗りしなさそうだった。

「あ、あの……私は、どうして呼ばれたのですか?」

 ウィローがおずおずと聞いた。

「ウィロー様にも赴いて貰います。蒼月の影響を直に受けた者として、分かる事がある可能性がありますので」

「……分かった」

 ウィローも気乗りしなさそうだった。


*


 その日の内に、馬車を用いて出発する事になった。可能であれば、ワイバーンに乗ってより迅速に向かいたいところだったが、どうしても無理そうな人達がそれぞれのパーティの中に居たので、取り止めとなった。

 装備は大体整えてあったので、昼飯だけ酔わない程度に良いものを用意して貰い、そのまま街の外に用意されていた幾つかの馬車にそれぞれ乗って向かう。


 ジョコーの乗った馬車には、トリリー、ニンファエアとブライリー、それからウィローと蒼月の研究者であるアキャも乗ってきていた。

 色々と見極めてから更地にするかどうか決めるのだろうが、こんな一日足らずの場所に月が落ちた場所が来たとなれば、アキャとしてはそうはして欲しくはないだろう。

 静かな雰囲気。

 ジョコーが馬車の揺れとは別に、落ち着かないように小刻みに体を動かしていた。

 対面に座っていたトリリーが口を開く。

「やっぱり、不安は拭えないか」

「トリリーも流石にそうだろう?」

「そうだな。ただ、どうにかなるだろうと思えている節はある。

 ……俺にとっては最上級の褒め言葉だぞ?」

「そりゃ、どーも」


 ——全滅しかけた時の事。

 ワイバーン級になって時間が経たない頃。調子に乗って、ギルドの許可も得ずに、勝手に月が落ちた場所の探索に入った。

 度重なる異形と化した生命の襲撃に、いつの間にか仕掛けられていた罠の数々。そうして疲弊していたところに、ドラゴンと出遭った。

 四つ足での背丈もクリスの倍以上にあり、それだけの巨体を誇りながらも、背中に生えた翼を広げれば雄大に空を飛んで見せる。この世界の頂点に位置する種族。

 人も、エルフも、ドワーフも、ミノタウロスも、単純なスペックとしては敵う場所など一つたりともない。

 ……本来なら。ワイバーン級の協定者達という歯牙にもかけない存在に対し、攻撃を仕掛けて来る事などなかっただろう。

 だが、そのドラゴンは異形となりかけていた。

 敵意を隠さない眼差し。

「Grrrrr……」

 獣そのもののような唸り声。

 ……その傲慢さ故か、好奇心故か、長く月が落ちた場所に留まっていたのかもしれない。

 けれども、蒼月の前では何であれど一つの生命である事には変わらず、そのドラゴンは知性を失い、意志を失い、そして蟻ですらも踏み潰さなければ気が済まない矮小な存在に成り果てていた。

 無造作に振るわれた前足の一撃。

 前に躍り出て受け止めようとしたササンクァが、その爪に盾も鎧も等しく切り裂かれた。

「……??」

 一言も発さないまま崩れ落ちる。

「う、うおらあああああ!!」

 それでも全力の一撃を叩き込んだダイアンは、その頑強過ぎる鱗の前に罅を入れる事も適わなかった。

「は……」

 そして次の瞬間、尻尾で叩かれて壁にまで叩きつけられ、動かなくなった。

 トリリーが全員を見捨てて逃げようとした時。ジョコーが叫んだ。

「俺が時間を稼ぐ! 二人を担いで後は逃げてくれ!!」

 正気か? とトリリーは思っている間にも、ジョコーはドラゴンの前に迷う事なく立ちはだかった。

 そして、まるで示し合わせた演劇でも見ているかのように、ドラゴンの致命的な攻撃の数々を避け始める。

 無造作に二人の命を奪った存在の前で。目の前に立たれるだけで全身が凍りついても仕方ない存在の前で。

 掠るだけでも体が引きちぎれてしまいそうな数々の攻撃を、全て予知出来ているかのように。

 ……妙な奴だとは思っていたが。ここまでだとは思わなかった。

 リコリスとクリスが二人の死体を運んでくる間も、トリリーはただ突っ立って呆然とそれを眺め続けていた。

 リコリスがそんなトリリーの肩を掴んで叫ぶ。

「行くよ! あんたが先頭だ!!」

「あ、ああ。ジョコーは……」

 その時ドラゴンが大きく息を吸い込む音が聞こえた。全く攻撃の当たらない事に苛ついたドラゴンがとうとうブレスを吐こうとしている、思わずこちらは息をするのも忘れて死を覚悟してしまいそうな動作。

 しかし幸いにも、ドラゴン自身が暴れまわった為にブレスを凌げるような遮蔽物は数多に出来ていた。だが、ジョコーはそこへと身を隠す前に、肝心なところで転んだ。

「あんの馬鹿!!」

 気付いたらトリリーは走り出して、ジョコーを遮蔽物に押し込んでいた。

 そして…………目を覚ました時。

 トリリーは、協会で蘇生されていた。

「あそこから、俺も助け出したのか?」

 第一声はそれだった。


*


 街から出れば延々と続く田園風景を通り過ぎ、時に林の中を通り過ぎ。

 日が暮れ始める頃になって、何事もなくアネモネの巨大な屋敷が見えてきた。

 一度馬車を降りて、集まる。

 屋敷は記憶の中のそれと変わらない姿をしていた。

「今のところ、王が顕在した、という訳ではなさそうだな」

 ササンクァが返す。

「今のところ、はね」

 見たところ、その周囲も何も変わらない。

 だが、月が落ちてから入る者は許しても、出る者は一人も許していないその屋敷。

 そして極めつけに。

「み、みんな……あれを見て何も感じないの?」

 ウィローが恐る恐る聞いてきた。

 誰も答えずにいると、ウィローは続けた。

「……力が、あの建物の中から、湧き上がっている。

 私の受けた力とは比べ物にならない、激しく流れる力が」

 そんな事を言うウィローの事を、アキャだけが嬉しげに聞いていた。

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