街 - 武具屋
一発でも当たれば致命傷になるクリスと戦っても、別に大した経験を得られた感覚がない事に首を捻りながら、そのクリスと修練場を後にすると。
ウィローと蒼月の研究者が出迎えてきた。
「見てたのか?」
「うん」
ウィローはどこか落ち着かないようにジョコーを見ていた。
「ウィローも俺と戦ってみるか? まあ、万一でも殺しちゃいけないんだろうから、一方的に殺しに来るでも良いんだが」
「……やめておく。私の……心のどこかが壊れてしまいそう」
「そこから成長というのは始まるのですがね」
クリスが残念そうに付け加えると。
「別に、私は戦いたくもない。
……強くなりたくないかと言われたら、少し違う気もするけれど、まだ、分からない」
ヒポグリフ級を示すバッジを触りながらウィローはそう答えた。
そんな会話の中、ジョコーは研究者に聞いてみた。
「なあ、アキャ。俺みたいな奴がどうやったらより先に行けるか、何か推測出来る事でもないか?」
アキャと呼ばれた研究者はジョコーをじっと見つめながら答えた。
「そうですねえ……。
クリスさんは、普通に経験を積むだけでまだまだ伸びしろがあると思いますけど、ジョコーさんは……やはり、自分の本質というものを見つけなければいけないのでしょうね、きっと」
「本質……」
「言い換えると、ジョコーさんは何に愛されているのか、という事です。
クリスさんはいわば、戦神というべきものか、それかもう少し薄暗いものに愛されていますね。
伝聞で端的な事しか私は聞いておりませんが、きっとクリスさんにとってはとても辛い事だったのでしょう」
「否定は、しませんね」
遠い目をしながらクリスは返した。
「では、ジョコーさんは何に愛されているのか。ジョコーさんが見ているものは、何なのか?
それは本当に死の気配なのでしょうか?」
「…………」
アキャは調子が乗ったようにまくしたて始める。
「私は、前々から思っている事があるのです。死とは、毒や麻痺、洗脳、混乱、技封じや魔法封じと同じ、一つの状態異常に過ぎないのではないか、と。
人は、いや、生き物は、時に頭蓋でもない、いつ死んだのかすら分からないような古い骨の一つからでも、蘇生によってその肉体の全身を取り戻す事がある。
しかし、灰になり、そこから更に蘇生に失敗してしまうと、もうそれは二度と生き返る事がない。
私達はそれを、死とは分別して昇天と呼んでいますが。ジョコーさんが見ているのは、その昇天の方なのではないのでしょうか? と」
ジョコーは気難しい顔をして返す。
「……一応、考えた事はあるが。それをどう活かせって言うんだ?
俺が見ているのが昇天の気配だったら、やっぱり俺は皆が薄々思ってるように、一回でも死んだらもう蘇生出来ないって事じゃないのか?」
「かもしれませんね。でも、そうでもないかもしれない」
「……?」
「私が言えるのはこの位ですよ。後はまあ……やれる事はやっておくべきでしょうね」
そこまで言うとウィローもその場に置いて、アキャは去っていった。
ジョコーはやはり首を傾げて、そしてクリスが変な目で自分を見ている事に気付いた。
「何か思うところでもあったのか?」
「……いや。私も口に出すのはやめておきます」
「何だよ??」
*
がしゃんがしゃんと音を立てながら。
数多に破壊したメイスを詰めた袋を担ぐクリスと、それからウィローも一緒に武具を扱う店へと足を運ぶ。
すると、そこにはダイアンとフェンネルが居た。
どうにも、ダイアンがフェンネルの新しい装備を選んでいるようだったが、それより。
「あれ、一旦里帰りするんじゃなかったのか?」
「顔を出せば良いのは、ニンファエアとソニアだけなんでな。一応マロウも付いて行ってるけど、男共はこっちで好きに過ごしてる」
「そうなのか」
「それよりこっちも色々聞きたい事があるんだが、何より……」
そう言って、フェンネルがジョコーに顔を近付けて来て、小さく聞いた。
「昨日はどうだったんだ?」
ジョコーはそれとなく、クリスとウィローの耳がピンと立っているのを確認した。
……趣味が悪いぞって言いたいが、まあ俺だって第三者だったらそうするだろうからなあ……。
そう思いながら、小さく返す。
「リザードマンの……何か古い時代の屈服させる方法を使ってきたな」
そういうとフェンネルは分かりやすく驚くように目を見開いて、ジョコーの顔をじろじろと見た。
「……アレを? 良く見たらその痕跡があるな」
頬に残っている、牙が食い込んだ跡。
「それで、その割には平然としてるが」
「風呂でやったから、ニンファエアが先にのぼせてな」
「へえ? ……短時間でもああされて最後まで平然としていたような他種族は早々居ないみたいだが。
体力があれば耐えられるのか疑問だが……それよりも何よりも、もしかしたら男であれをされたのはお前が初めてかもな」
「ふぅん?」
「……まんざらでもねえ顔しやがって」
呆れたような顔をされた。
「それで? フェンネルは、新しい武具でも試しているところか?」
「そんなところだ。ダイアンは何でも使えるって言うから、参考にしながらな」
金属製の攻撃的な篭手を嵌めて、巻藁を何度か殴りつけてから、体を捻って尻尾で叩く。
大柄なだけあって威力も中々に高い。尻尾の攻撃は回避と同時に痛撃を与えられそうでもあるが。
「尻尾にも何か付けられれば良いんだが。鉄球とかそういうのさ。出来れば、いざとなれば投げつけられるようなもの」
そう思う位の威力でもある。
ダイアンが返す。
「古いものならあるんじゃないか? リザードマンは前々からこの街に少ないとは言え居るしな。
あんたの集落からもさ、広い世界を見たいと言って抜け出してきた奴はちょいちょい見かけた」
そうしてダイアンが鍛冶師に聞けば、いそいそと裏の方に入って、何かを持って戻ってきた。
それは尻尾に取り付ける金具。先端には色々なものを取り付ける事が出来そうなもの。
色褪せて、少し錆びついているが普通に使える。
フェンネルは聞いた。
「これ、前に使っていた奴が居るんじゃないか?」
「名前までは聞いていないが、これを新調した直後に昇天してしまってな。それで戻ってきた」
「……いつの話か分かるか?」
「そんな昔じゃない。少なくとも10年も前ではないはずだ」
「…………。
ひとまず、実際に使うかどうかまでは置いておいて、暫く借りて良いか?」
「おう。金はそいつから貰ってるからな。倉庫の肥やしになるだけよりはよっぽど良い」
そう言って快く渡されると、フェンネルはそれに目を落として。
「……アイツなのかな」
心当たりがあるようにしながらも、覚束ない様子でそれを取り付け始めた。
そして、先端に鉄球を取り付けて軽く動く。先程と同じように巻藁を殴りつけ、尻尾で鉄球をぶつけた。
先程よりも余程派手な音がした。下手な鎧なら砕けそうな音だ。
「取り敢えず、暫く慣らして、だな」
フェンネルが続けて聞いた。
「それとその、クリスの担いできた袋の中身は前に言ってたメイスか?
誰と戦ってたんだ?」
ダイアンが先に返す。
「戦ってたのジョコーだろ? つまらんよ、別に」
「え……仲間同士で殺し合ってたのか?」
驚くフェンネルに、二人は慣れているように答える。
「前々から時々な。俺はそういうところでしか自分と向き合えないしさ」
「私も不器用なもので、模擬戦など同じミノタウロス相手でも出来ないのですよ。
その点、ジョコーは助かります。私の一撃など今まで一度もまともに当たった事がないので、安心して殺せます」
「…………」
引いた目で見るフェンネルと、それからウィローを傍目に、ジョコーが補足する。
「クリスもさ、結局実践経験なんてあんまり無い訳だ。凄まじいパワーを持つけれど、一度切り替わったら、相手をミンチにするか、メイスを全部壊すか、疲弊しきるまで止まらないし。
そして攻撃方法も最初はメイスすら使えなくて、真っ直ぐ相手に突進して殴るしか出来なかった位だから。
最近やーっと自分に補助魔法を掛けられるようになったくらいで」
それに対し、フェンネルが恐る恐るというように。
「……あのさ、聞いていいか?」
「何だ?」
「ニンファエアが帰る前にさ、ジョコーが何か俺達の欠点を補うような特訓を用意してくれるらしいって言ってたんだけど」
「そうだな」
「その……クリスと戦えって事か?」
「そのつもりだな。
クリスは、実践経験を積める。あんた達は、今まで抱いた事のないような、より死に近い恐怖と対面出来る。
まあ、最悪、俺と代われば良いからさ」
「私も初耳ですが……私は別に良いですよ?
流石にニンファエアさんに勝てる気はしませんし、私も死ぬ事もあるでしょうが、それも込みで承知します。
このままグリフォン級になる事に危機感を抱いているのは、私も同じですから」
「…………」
「それに誰が死のうと、少なくとも俺よりは蘇生される可能性は高いだろうよ。クリスもほぼほぼ生き返るだろうし。加えて、ソニアは何か水神様由来の特殊な力を持ってるんだろ? ニンファエアから聞いてる」
「いや、まあ、それはそうなんだけど。え、いや……と、取り敢えず、明日、ジョコーとクリスが戦っているところを見せてくれ」
「分かった」
「あ、その前に。私のメイス代は誰が持つのでしょうか? 毎回結構馬鹿にならない金が飛んでいくのですが……」
「え、あ、ああ、どうする?」
何だかんだで、それぞれが出し合うという事に決まる。
そんな場面を、ウィローは理解出来ないものを見るような目で見ていた。
このままでは将来確実に直面してしまうであろう、避けられようのない終わりを回避する為に、今の死すら許容して前進するその姿勢。
「そういや……ウィローも何か防具か武器か欲しいのか?」
「……私には、要らないという事が分かった」
「?」
「とにかく、私には要らない」
「まあ、はい」
*
*
一戦目。
「MooooOOOOOOOO!!!!」
「うわああああああああ」
普段の様子と真逆になったクリスによって盾が正面から破壊されて、怖気づくどころか恐慌状態にまで陥ったヤローは、次にメイスで鎧ごと胸を打ち砕かれ、口から血を吐きながら倒れた。
「この牛野郎がああああ!!!!」
慌てて助けに入ろうとしたフェンネルの、腰の入っていない斬撃は防御するまでもなく、肉体に浅く刺さるだけで受け止められた。
「Neigh?」
「う、あ、」
そのフェンネルも素手で殴り飛ばされて動かなくなった。
その後はニンファエアのみが矢面に立って、ギリギリ戦線が崩壊しないところで、クリスの喉が突かれて終わった。
二戦目。
金を叩いて防具を新調したヤローが、再び盾を破壊された。
「う、うおあああああああ!!」
「BrooOOOO!?!?」
ただ、今度はそれでも歯向かおうと片腕だけでも抑えたタイミングで、連携が決まってクリスを討伐した。
三戦目。
ニンファエアが抜けての再戦。投擲されたメイスを避けきれずにマロウの片腕が弾け飛んだが、それ以外は特に何事もなくクリスを討伐した。
……七戦目。
四戦目より、ニンファエアが居らずとも、殺される事もなく無力化されるばかりだったクリスが一矢報いて、ヤローとフェンネルのそれぞれの四肢の幾つかを打ち砕いて無力化する事に成功した。だが、ソニアが水神の力を発揮して挽回した。
クリスもまた、成長していた。
破壊されたメイスの数はいつの間にか100を超えていた。
そんな日々の中、ジョコーもまた、他の色々な人やらと戦っていた。クリスとも、ニンファエアとも毎日のように。
他にも同じパーティの複数人とだったり、またニンファエアのパーティの複数人とも。
勿論、全戦全勝という訳ではない。どうしようとも避けきれないような攻撃が来ると分かってしまえば、その時点でジョコーは先んじて降参する。
またグリフォン級に座して長いような、今のニンファエアをも軽く凌ぐような達人と手合わせをしようとすれば、武器を構えるより前に降参する事も珍しくなかった。
晴れてグリフォン級に成るまでの、準備期間とも言えるような日々の中。
蘇生や治療の代金だったり、装備の新調で、瞬く間に報酬金は消費されていくものの、それに見合う何かしらの成長を皆は実感していた。
……しかしジョコーだけは死ぬ事もなく、そしてまた、自分の中の何かが変わった感覚を覚えられる事もないままだった。
それが変わらない内に、ギルドから呼び出される日がやってきた。
何事もなければ今日、グリフォン級に自分達は昇格するのだろう。
二つのパーティがギルドの建物の前で集合し、そして中に入ってその時を待つ。
少しばかりの緊張が漂う雰囲気。ただ、研鑽を積めている皆はそこまで不安を抱いてはいない。
自分の力を制御出来る幅が増えたクリスや図体がでかいだけの臆病者ではなくなったヤローなどは、まるで見違えるよう。
同じ騎士のササンクァも負けじと何故か体が更に成長しているように見えたし、同じ僧侶であり、水神に最も近い存在であるソニアも、水神をより深くまで身に宿した事で、何かしら掴んだらしい。
トリリーもブライリーも。リコリスもマロウも。そしてニンファエアも。死なずとも、どこかしら成長していた。
……ジョコーを除いて。
複雑な、鬱屈としてすらいるようなジョコーに対し、ニンファエアが気を紛らわすように聞いてきた。
「ねえ。グリフォン級になったら具体的に何が変わるの?」
「……ん? ああ。まあ、前も言った通り、同じ依頼でも引き受けるとより多くの金が貰える。
他にも緊急時にはワイバーンに乗って現場に急行するような権利も与えられたりな。だからグリフォン級に成ったらまず、ワイバーンに乗ったりする訓練も受けさせられるはずだな」
椅子が動くような音がして見てみれば、そんな空高くに行かなければいけない事に明らかに恐怖しているのが数人。
「因みに、恐れている奴には積極的に曲芸飛行をやってくれるとの噂だ」
更に椅子が動いた。
「……そして、同時に強制される責任も増える。
危険度の高い、誰も引き受けたがらないような依頼とか、確実に少なくない数の殺人を含むような依頼とかは、最終的にグリフォン級に回される事が多い。
その中でも一番厄介なのが……」
そのタイミングで。どたどたと外から走ってくる音が聞こえた。
扉をバン! と開けて、中に入ってきたその人間は息も絶え絶えになりながら言った。
「月が落ちてきた」
しん、とするギルドの中、ニンファエアは聞いた。
「……これの事?」
ジョコーは先程の誰よりも落ち着かない表情になりながら、ゆっくりと頷いた。




