街 - 修練場
翌日、ジョコーは一度集落へと帰るニンファエアと一旦別れた。
それからどうするか少し考えて、修練場に行く事にした。
愚直に鍛えたところで俺自身が強くなる伸びしろはたかが知れているとは言え、それは努力しない理由にはならない。
今回の依頼で実際に戦闘をこなしたのはたった一回だったしな。
そんな事を思いながら歩いていると、どうにも修練場の方がざわついているのが見えてきた。
模擬戦をする方ではなく、人死も厭わない、より実戦形式の為の場所がある方だ。
腕の立つ誰かが居たりするのか? そう思いながら足を早めて修練場に辿り着けば、その中央に居たのはウィローだった。
与えられた、ギルドのワイバーン級の証を落ち着かないように触っている。
「これから何が始まるんだ?」
近くの人に聞くと。
「あ、ジョコーか。あのウサギを連れてきた張本人なのに知らんのか」
「いや、俺達は昨日帰ってきたばかりだから」
「ああ。なるほど。要するに、あのウサギの実力調査だよ。
ギルドの一員になる代わりに、ある程度の研究対象になる事も了承したって噂でな。
あのウサギ、ウィローって名前だっけ? そのウィローとあんたらは戦ったのか?」
「いや……ただ、魔法も使える事は分かってる」
「そりゃあ……嫌らしいな」
程なくして対戦相手が目の前に押し出される形でやってきた。
じゃらり、じゃらりと金属が掠れる音を出しながら。体の動きを邪魔しない長さの鎖の足枷、手枷を付けられたその罪人は、ジョコーも戦った事のある人間だった。
元からそのつもりだったのか、それとも自身が想像していた以上に受け入れられなかったのか。人間のみを至上とする教えを持つ他国からやってきて、こちらの道理を受け入れた振りをしながら幾多の民を闇討ちしたその男。
ギルドとしては昇天するまで、多様な練習台とする、死よりも重い罰に下す事となった一人なのだが、少なくとも30を超える回数は、蘇生が成功され続けている。
顔にも厳重な拘束具を付けられ、罵倒を聞く事も、唾棄するような目を確と見る事もない。
そして手にしている武器は無骨な長剣の一振り。投げてもこちらに届かないよう、これもまた自身と鎖で繋げられていて、声や表情からは何一つとしてその男の狂信っぷりは分からない。
ただそれでも、身振り素振りだけでも自身を取り巻く環境の全てに、そして何よりも、目の前の相手として出てきたウィローに嫌悪感を抱いている事は自然と分かった。
ウィローもそんな嫌悪感溢れる目線を受けて、ギルド証を弄るのをやめて臨戦態勢に入った。
騒めきは収まりきらないものの、罪人と首狩りウサギ、ウィローの間にはただならぬ緊張が漂っている事が分かる。
ジョコーはそんな様子を少しばかり不安な目で見ていた。
ウィローは、首狩りウサギとは思えない程に温厚だ。そしてまた、首狩りウサギは過激な生態とは別に草食でもある。故に、殺すという行為にすら慣れていないのでは? と。
ただ、助言など出来ず、悩んでいる時もそう経たない内に罪人は剣を構えて一直線に駆け出した。
それに対し、ウィローは。
[Poo, PooPow, Bow! PoPoBoPowBow!]
前に聞いた自身の子供のより、とても長い詠唱をした。
直後、ウィロー自身も含めて、辺り一帯が濃厚な煙に包まれる。
「何だあれ!?」
煙や霧を発生させるような魔法、魔術は幾らでもある。ただ、中が全く見えなくなるまでの、こんな煙を出せるのは相当な魔力……技量が必要なはずだった。
至る所から驚愕の声があちこちから立ち上る中、近くの魔術師もまた、震えるような声で言った。
「錯乱、睡眠、毒、幻覚、技封じ……多分それ以上の色んな効果が詰められてる……」
「なん、だ、それ」
そんな中、ウィローは何もなかったように、片腕の爪を僅かに血に濡らすばかりで煙の外から出てきた。それは同時に、ウィロー自身は何らかの手段でその煙の効果から無効化している事を意味している。
余りにも暴力的でありながら、更に首狩りウサギとしての能力を活かすのに適し過ぎている魔法。
そして程なくして煙が晴れると、罪人は倒れ伏していた。
生きてはいるものの、両足の腱をすっぱりと切り裂かれて、這いずるしか出来なくされている。口からは血を吐いているようにも見えた。
興味よりも、恐れの混じった騒めきが辺りを包んでいく中、ウィローは罪人に止めを刺すこともせず、人目から逃げるようにそくささと修練場から去っていった。
その罪人も武器を取られ、係の人に引きずられていき、自然とその場は解散していく。
「おい、ジョコー。あいつの事、もっと教えてくれないか? ジョコー?」
「ん、ああ……。あいつ、ちゃんと戦えるんだな」
「そりゃあ、首狩りウサギなんだったら、そうだろう」
「いや、まあ、な」
一抹の不安などいとも容易く吹っ飛ばすように、ウィローは罪人を無力化してみせた。
……流石に慣れているのか。殺すという事に。
そりゃそうか、とも思う。言っていた事が確かならば、ウィローは生まれながらにして蒼月の影響を受けていた訳ではなく、後天的に蒼月の影響を受けた。それより前はただの首狩りウサギで、その本能に従って首を落としていたのだろうから。
「あいつも協定者として各地を飛び回る事になるのかね?」
「いやー、流石にそれはないだろ」
強いて言うなら、暗殺者とかだろう。こういう罪人を夜な夜な狩るような。
*
その日も相変わらず見栄えもなければ、大して戦績も良くない模擬戦ばかりをこなす。
模擬戦ばかりでは、ぱっと見ワイバーン級の実力も怪しいジョコーは、協定者となってから死んだ事がないという事実を知っている人からも揶揄される。
殺す事も厭わない、より実戦に近しい形としての戦闘となれば、全てを見切ってしまうような動きを見せるのに、こうして死の危険がなくなってしまえば、何も取り柄がないような凡人に成り下がってしまうのだから。
色んな事を試してはみたのだ。
重たい武器を軽々と扱えるような筋力も、技巧を要求される武器を効果的に扱える技量もこの身に備わる事はなかった。
また魔法を扱う為のマナの流れを感じ取れるような感覚の鋭敏さもなければ、こんな良く分からない異能を持っているのに、クリスのように神を感じられる程の敬虔さも備わる事はなかった。
それはグリフォン級に昇格する事となる身になっても、変わらないままだ。
やはり……自分が強くなる為の手段としては、愚直に鍛える以外の何かが必要なのだろう。少なくとも、自分はニンファエアのようには成れない。
分かっていた事だけれども、その手段が今のところ、本当に灰すら残らないような死の淵に立つ事以外……本当にやりたくもないそれ以外見当もついていないのも事実だった。
併設されている寺院へと向かう。
そこには今日も、様々な傷を作って治して貰う為に沢山の協定者やらが集まっている。敬虔な僧侶となれば欠損した部位を戻す事も、蘇生させる事も可能とする。日々僧侶の見習い達はそうなろうと努力しており……毎日のように傷を作ってくる前衛職は、その練習台の役割も兼ねている。
そこに僧侶の格好をした、角の生えた大男……ミノタウロスにしては小柄なクリスが今日も居た。
「なあクリス」
その後に続く言葉を察しながらもクリスは聞いた。
「何でしょう?」
「久々にお前と戦いたいんだが」
「……そうですか。未亡人にさせない覚悟はおありで?」
周りが少し騒つき始めていた。クリスと戦うという事と、そしていつの間にジョコーが結婚していたのかというような事にも。
「なったらなったで、その程度だったって事で別に良い」
そう、あっけらかんに返すジョコーに、クリスは溜息を吐いた。
「私もあの方に恨まれるのは嫌なので、頑張って下さい。ご存知の通り、私は手加減など出来ないので。
治療は、要りますか?」
模擬戦を何度もしたその体はある程度疲弊していたし、各所に青痣は沢山出来てもいる。
「いや……今回はこのままで」
「分かりました」
*
罪人を無力化してからも、ウィローは色々と調査されていた。
魔術的な素養に関しては、他の種族より平均して素質の高いエルフよりも更に高いものを備えているが、実際にその身で扱える魔力量は、体躯の小ささもあってか流石に少ない事。
あの強烈過ぎる煙も、二回は放てない。
そして肉体的な素質に関してはまだ、実戦にてその真価を見る事は出来ていない。もっと強い相手と相対させれば分かるのだろうが、死ぬ可能性があるような事はさせられない。
ただ、その魔術的な素養と、音もなく駆けつつ首を刎ねる事も容易い牙や爪を持っているその事実は、ただの首狩りウサギとは比にならない強さを備えている事は確実だ。
知性に関しては、下手すると人以上にある。以前より色んな人間などを観察していたらしいがそれにしても、数日で読み書きを理解し始めるのは、読み書きを習わないまま大人になったような人でも難しいだろう。
そんな検査を受けていたウィローが漸くその日も解放されようとしていた時、その蒼月を研究している一人が話しかけてきた。
「これから修練場に行ってみないかい? 珍しいものが見られるよ」
長時間の検査で、精神的に疲弊していたウィローは断ろうとしていたが、続く言葉に思わず耳を立てた。
「クリスとジョコーが戦うよ。
ある意味、似た者同士の戦いだ」
「ジョコー……」
言ってしまえば、ウィローから見てもあの12人の中で一番ぱっとしない人だった。ニンファエアというウィローから見ても才能の塊のようなリザードマンと付き合っているようだったが、釣り合っているとは思えない。
「見に行く」
修練場にはまた人だかりが出来ていた。ウィローが戦っていた時よりは少ないが、それでも多い人数が集まっている。
研究者に連れられてウィローがやってくれば自然と道が開けて、その小さい身でも仕切りに身を乗り出して中を見る事が出来た。
今朝はウィローが立っていた場所に、ジョコーが立っている。
罪人が立っていた場所にはミノタウロスにしては小柄であるものの、ジョコーよりは一回り以上大きいクリスが立っている。
どちらも何か特別な格好をしている訳でもない。昨日帰ってきた時と変わらない、戦士と僧侶の格好。武器盾を構え、防具も身につけているジョコーに対し、クリスは武器も持っておらず、また法衣は防具としての役割を満たしているようにも思えず、どう見ても前線で戦う格好には思えない。
そのクリスは、深呼吸をしていた。一度、二度。精神統一をするように、段々と呼吸の一回一回が深く、長くなっていく。
「大きな音が鳴る。覚悟しておいた方が良い」
「大きい音?」
「狂戦士の雄叫びだ」
「狂戦士? その、キョウって?」
その直後。
「BMOOOOOOOO!!!!」
クリスが叫ぶ。肉食獣ですら尻尾を巻いて逃げそうな、辺り一帯の空気を震わせ、それだけで人によっては漏らしてしまいそうな程の雄叫び。
叫びながらクリスは法衣の下からメイスを取り出し、ジョコーに投げつけた。
当たればそれだけで肉体が骨ごと弾け飛びそうな速度、けれどそれをジョコーは軽く躱して前へと走る。
壁まで一直線に飛んだメイスは壁に凹みを作りながら四散した。
クリスも前へと走る。正に狂ったかのように涎と舌を口からはみ出させながら、獰猛さを隠さない勢いでそのままメイスを肉薄したジョコーの頭へと振り下ろす。ジョコーがそれも躱せば、そのまま地面へと叩きつけられたメイスは真っ二つに折れた。
「な、なに、あれ!?」
身を乗り出していたウィローが思わず顔だけになるまで身を潜めながら、叫ぶように聞いた。
一瞬にして砕けていく数多のメイス。それを法衣の下から補充しながらクリスはジョコーを殺す……いや、破壊しようとメイスを振り、叩きつけ、時に投げつける。
だがそれ以上に驚く事は、ジョコーにそのどれも当たらない事だ。盾で受けてもその腕ごと捥げてしまいそうな威力でぶおんぶおんと振り回されるそれをジョコーは躱して、躱して、躱し続ける。
「どちらも、蒼月の影響は受けていない。けれど確実に、それ以外の何かに愛されている存在だよ。
クリスの方は分かりやすいね。戦神というか何か、復讐の神みたいなものに愛されてそうだ。現に彼は小さい頃、その体の小ささで虐められていたようなのだけれど、ある時ああなって、いじめっ子を骨ごとひき肉になるまで殴り潰してしまったらしい。
ただ……ジョコーの方は、本当に何だろうね、あれは。死神というには地味過ぎるけど。彼自身含めて、何に愛されているのか良く分かっていないんだ」
地味なのはそうだった。ジョコーも時折剣で反撃するものの、躱しながら怒張した筋肉やその驚異的な膂力を支える骨を切り裂ける程の威力は出せない。
現に、クリスは法衣に軽く血が滲む程度しか傷を受けていなかった。
地面に転がるメイスが10本を軽く超えた頃、クリスが唐突に後ろへと強く跳び退いたのに、ジョコーはすかさず追撃した。呼吸を整えようとしたのか、それとも何か別の事をしようとしたのか分からないが、リズムを変えようとしたクリスの目論見は成功しなかったが、焦らず息を大きく吸い込み。
「MOOOOOOOO!!!!」
至近距離にいては耳を塞がざるを得ない咆哮に、ジョコーは肉薄までは許して貰えず。
[MOW! BOWBOOOW!!]
その僅かな猶予でクリスは自身に補助魔法を掛けた。
「へぇ。あの状態でも少しは魔法を使えるようになったんだ。効力は平常時より更に薄いみたいだけど」
研究者が呑気に言う。
「……」
それでもクリスが自身に掛けた追い風を吹かし、集中力を更に高める補助の魔法は、目に見えて動きを更に鋭敏にし、しかし……変わらずジョコーに攻撃が当たる事はなかった。
最終的に、全てのメイスを破壊してしまい、更にスタミナ切れを起こして膝をついたクリスが元に戻ると。
「……参りました。私も少しは……成長したつもりだったの……ですけどね」
そう、息も絶え絶えに言いながら実戦は終わった。
ジョコーも息を切らしていたが、納得とは程遠い顔をしていた。




