みんなでまたゲームしようぜ!(A大学病院・血液内科 無雑医師の回想)
今から十数年前のA大学病院血液内科。
急性白血病の治療は、最初の導入療法から地固め療法、そして必要に応じて移植まで、半年以上かかることも珍しくない。今でも基本は同じですが…。
入退院を繰り返す患者も多く、その期間中に同じ病棟で顔を合わせる患者同士は、自然と打ち解け、仲間のような関係になる。
当時はまだスマートフォンが普及し始めたばかりで、SNSでつながるよりも、病棟内での直接の交流が主流だった。
テレビ、読書、そして携帯ゲーム機が、入院患者にとっての貴重な娯楽だった。
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その頃、同時期に血液内科に入院していた4人の患者さんがいた。
仮にAさん、Bさん、Cさん、Dさんとしよう。
年齢も性格も異なるが、共通の趣味はある“狩り”をする人気ゲームだった。
ポータブル機を4台つなぎ、モンスターを協力して倒すあのシリーズだ。
抗がん剤の副作用で体調が落ち着かない日もあったが、比較的元気な日には病室やデイルームに集まり、昼から夕方まで「狩り」に出かけた。
時には、看護師が点滴の交換に入っても、「ちょっと待って、今ボスの体力があと少しだから!」と必死に操作していた。
そんな様子に、病棟スタッフも思わず笑顔になったものだ。
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治療が一区切りつくと、4人はそれぞれ退院していった。
血液内科の退院は、必ずしも「完治」ではない。
再発のリスクは残り、外来での経過観察が続く。
それでも、退院は大きな節目であり、束の間の日常生活が戻ってくる瞬間でもあった。
病院の外来や定期検査の日に顔を合わせると、
「またみんなでやりたいね」と笑い合う。
あの頃は、それがまた叶うことなど誰も疑っていなかった。
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ある日、その4人の一人、Dさんが再発して病棟に戻ってきた。強力な再治療が必要な状態であり、入院期間は再び長くなり、厳しい副作用と闘わねばならない。
この知らせを聞いたAさん、Bさん、Cさんの3人は、お見舞いにやってきた。
病室に4人が揃ったのは久しぶりだった。
最初は懐かしい話や外の出来事で盛り上がっていたが、やがて会話の流れが変わる。
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Bさんが、ふと笑いながら言った。
「なあ、みんなでまた再発して、もう一回ゲームしようぜ!」
冗談のつもりだったのだろう。
その場にいた全員が一瞬、笑った。
だが、冗談にしてはあまりにも不吉な響きがあった。
無雑医師も心の中で「おいおい…」と思った。
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それから数ヶ月後――Bさんが再発。
さらに数ヶ月でAさんも、そしてCさんも相次いで再発した。
同時期にいた他の患者は誰も再発せず、あのゲーム仲間の4人だけが再び病棟に戻ってきた。
医療的には偶然と説明できるかもしれない。
しかし、あの時のBさんの言葉を思い出すと、どうしても背筋が冷たくなった。
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再治療中の合間、デイルームに再び4台のゲーム機が並んだ。
抗がん剤で脱毛し、マスクをして、点滴スタンドを傍らに置きながらも、モンスターを追いかける指先は軽やかだ。
「余計なこと言わなければ良かったな…」
Bさんが苦笑すると、Dさんが肩をすくめて言った。
「まあ、こうやってまた会えたんだからいいじゃないか」
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その光景を少し離れた場所から見ていた無雑医師は、なんとも言えない気持ちになった。
仲間との再会を喜ぶ笑顔、その裏にある病気との厳しい現実。
そして、言葉が持つ不思議な力。
患者の間に生まれる絆は、医療者が作ろうとしても作れない。
しかし――あの一言は、できれば冗談でも二度と聞きたくないと心から思った。
言霊ってあるんでしょうね