2.久しぶりの実家へ
「おお…!」
青い空!白い雲!高いビルなんて無いもんだから空が広い!見渡す限り空!少し目を下げても広がるのは落ち着いた町並みと目に優しい緑の自然たち!すごい!
…失礼、数年ぶりだったもんだからついテンションが上がってしまった。
久しぶりに帰省した実家付近はそこそこの田舎だ。
そもそも大学を卒業して通信業界に就職した時点で俺は都会に出ていた。一度二度帰ったことはあるものの、ライバーになってからは正月すらもめっきりだったもんだからもちろんこの豊かな自然の多い景色も久しぶりである。
深呼吸をしてみると、なんだか空気がおいしい気がした。
「数年ぶりだってのに全然変わってないな」
良いことなんだか悪いことなんだか分からないが、数年前に見た景色となんら変わらない風景に俺は少し安堵する。…お、自販機も値上がりする前の値段のままだ!
現在時刻は11時半。予定していた時間よりも一本早いバスでついてしまったのだが、母が迎えに行くと言ってくれていたその予定時刻はまだまだあとの40分後。実家からはゆっくり歩いたとしても15分もあればつく。
「…よし、歩くか!」
待っていても意味は無いし、この時間なら出発する母と入れ違うこともないだろう。そもそも使う道も真っ直ぐの一本道だ。ゆっくり景色を眺めながら歩けば良いか。
都会よりも良心的な自販機で甘い炭酸飲料を買って、その甘さを堪能しながら俺は歩き始めた。
田舎とは言っても全く家がない!というほどの田舎ではない。確かに建物自体が少なくて密集もしてないんだが、不便しない程度には色んな店がある。都会に比べれば数も少ないし一つ一つの店も小さければチェーン店ですらない。それでも駅周辺だからだろうか、意外と賑わってたりするもんだ。昼時のこの時間だから余計だろう。
数分歩けば小学生の頃よく買っていたコロッケ屋が目に入った。ほぼコロッケ専門で営業してたんだよなそういえば。あの頃の店のおばちゃんは元気だろうか。今日の曜日は元より休業日なんだが、明日にでも見に来てみよう。流石に値上がりはしてるだろう、バカかと思うくらい安かったんだから。
そんなことを色々考えながら歩いていれば、一直線の道の先にぼんやり実家らしきものが見えた。数年振りなのだ、謎の緊張で少し歩みが遅くなる。なんて声を掛けようか…最初に何を言うべきなのか…なんせ今日は俺のライバー活動の話もしに来たわけだ。実際のところそんなに緊張なんていらないんだろう、と言うのは分かってるんだがそうもいかない。
「はぁ、まぁ仕事の話は飯の時間にでも…ん?」
うんうんと頭を捻らせていると視線の先、実家の辺りから人が出てくるのが見えた。
思わず無意識に立ち止まる。
視線の先の人物は俺を真っ先に見つけたようで、意気揚々と手を振ってきたのだった。
「あ、おにいちゃーん!」
「…美亜!?」
身長も容姿も髪型もこの町とは違い大いに変わっている。そりゃあ成長期の数年間姿を見ていなかったのだから当たり前だろう。それでも当たり前なのかもしれないが、分かりやすい程面影がある。変わってない。
「早かったね!お母さんからはもうちょっと後って聞いてたんだけど」
「あぁ、ちょっと早くついたし迎えに来させるのもあれだから勝手に向かおうと思って!」
「もー、これで美亜とかお母さんも早く出て入れ違ってたらどうするの!」
「大丈夫だと思ったんだよ!ごめんって!」
小さいことに口うるさいところも変わってないらしい。
ご丁寧に歩みの遅い俺のところまで迎えに来てくれた妹は俺に合わせて文句を零しながら歩幅を合わせるものだから、僅かながらに鬱陶しくて段々と俺の歩みも早くなる。
この鬱陶しいところも含めて、変わってないのだ。
(久しぶりに会うと良いな、こういうやり取りも…)
「そう言えばおにいちゃん、彼女は…あっごめん!出来てないよね!そうだよね…」
前言撤回だ。憎たらしくてしょうがない。
こんなくだらないやり取りを繰り返していれば気付けば実家は目前だった。
うわぁ…なんも変わってねぇ…。
田舎の割には綺麗な外装をしているがちょっと古い雰囲気も、家の前のちょっとデカめの木も、何にも変わってない。
「…懐かしいな」
「そりゃそうだよ、おにいちゃん全然帰ってこないんだもん!」
この懐かしさを味わえるのも割と良いもんだが、今後は定期的に帰って来るか…。一年に一回くらいは帰ることも考えてみよう。
とは言っても、妹もそもそも高校を卒業するわけだ。卒業してからどうするのかだとかそういう話を俺は一切知らない。どこの大学に行くんだ…?それとも就職か?もしかしたら俺みたいに都会に出る可能性もあるわけで。
まぁどんな進路だろうと応援することには変わりないが…。
「そういえば美亜、お前進路は…」
「あーらぁ!もうついたの!?早かったねぇ!」
俺の言葉を遮って響くでっかい声。相変わらずの声量を持ち合わせるこの元気な女性、そう…俺たちの母さんだ。
「相変わらず元気だな…」
「あんたは相変わらず辛気臭いったらありゃしないねぇ!あははは!」
「そういうわけじゃ…まぁいいか」
母さんの声量にげんなりしただけだ、なんてみなまで言うと更にでかい声を張り上げられるに違いない。やめておこう。
予想以上の歓迎を横目に、ふと遮られた話題を思い出す。…が、まぁこんな積もる話は玄関先でするもんでもないだろう。威勢よく俺を招き入れる母さんに、その様子を眺めて笑う妹。父さんは仕事らしいから、それならまた父さんが帰ってからでも良いかもしれないな。俺のライバー活動の話も全員が揃ってから一度にまとめて話したい、し…。
この時のこの判断が正解だったのか間違いだったのかは後になっても結局分からずじまいなんだが、数年ぶりの実家が待ち受けてるものをこの時の俺はまだ能天気にも知らずにいたのだった…。