幽霊とモッパン動画
「ご飯はいいかも……食欲ない」
ぱたり、と、へたれた枕に倒れ込んだ私の周りを、霊体のみゆきちゃんがオロオロぐるぐる回っている。
「遥ちゃん遥ちゃん! なにか食べないとダメだよ! 疲れてる時こそご飯食べよ!」
「うう……やだあ」
自分のシャンプーの香りが染み込んだ枕に顔をぐりぐり擦り付ける私に、みゆきちゃんがぷんぷんと腰に手を当てて怒り出した。かわゆい。
「やだじゃないよ! 私が食欲なくて食べなかった時、癖になって三ヶ月間くらい、食べたり食べなかったりしてたら、メンタルぶっ壊れて、この世からさよならしちゃったもん」
「説得力がすごい」
「ね? 食べよ」
「……ん」
優しい笑顔のみゆきちゃんに、元気をもらう。
この笑顔に、何度助けてもらったか分からない。
成仏して欲しいけど、そばにずっといて欲しい。
友達のいない、私の唯一の友達。
それが、地縛霊のみゆきちゃんだ。
「でも、ごはん買ってない」
「大丈夫だよ。レトルトのカレーと袋ラーメンがあるから、カレーラーメンにしよう」
「天才か?」
みゆきちゃんは、私の部屋のことをなんでも知っている。
在庫チェックやストック、なくしたものの在処まで分かってしまうできる幽霊だ。
どのご家庭も、一家に一台みゆきちゃんが欲しいと思う。
「あはは! カレーってカロリー高いからダイエットの敵だけど、案外栄養取れるんだよ」
「よく知ってるね」
「うん。生前はダイエット、死ぬほど頑張ってたから」
「ほほう」
「だからって文字通り本気で死ぬことないっていうね」
あはははははと笑うみゆきちゃんの幽霊ギャグは、いつも笑いたくても笑えない。
私はダイエットなんて意識高いことなんかできないので、1000カロリー近くになるだろう、カレーラーメンを作り(?)始めた。
衛生観念も気にしてないので、鍋の中に水と麺とレトルトカレーの袋を放り込む。
食えりゃいい、食えりゃ。
女子として終わっているが、気にしたら負けなのだ。
「遥ちゃん、雑菌とか怖いからそれやめなって前に言ったよね」
みゆきちゃんに指摘される。
「煮沸消毒だから平気」
「熱でも死なない雑菌やウィルスもいるんだよ?」
博識のみゆきちゃんが着ている制服は、都内でも有数の進学校だった。
みゆきちゃんは私と違って、頭がいいのだ。
可愛くて頭がいいのに、どうして死んじゃったんだろう。
どうして、私みたいに価値のない人間が生きちゃってんだろう。
私は、世界から消えたいだけで、死ぬのは、怖い。
「ラーメンできたー」
「ふふ。お腹鳴ってるね」
「あ。ほんとだ。ぐーぐー言ってる」
「うんうん。遥ちゃんの体は、ご飯食べたかったんだよ。たくさん食べてね」
「いただきます」
スマホで大好きなVtuberのチャンネルを見ながら、私はラーメンを貪った。
「モッパン見ようよー」
「分かるー。ご飯食べながらYouTube見ると、モッパン動画見たくなるよね」
みゆきちゃんと一緒に大食いasmr動画を選び、シマチョウをバリバリ食べる女の子を見ながら、再びご飯にする。
みゆきちゃんとモッパン動画を見ていると、なかったはずの食欲が回復したし、一人で食べるより数倍ご飯が美味しくなるんだ。