聞けば何でもちゃちゃっと答えてくれる魔法の鏡『ちゃちゃっとKGM』に聞いてみよう☆「婚約破棄をするにはどうしたらいい?」「婚約破棄をするには……」
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」
「世界で一番美しいのは……」
むかしむかしのそのまた昔。どこかの国の王妃が持っていたという魔法の鏡。それは聞けば何でも答えてくれるという代物だ。当時、この世にたった一つしか無かった貴重なそれは、当然ながらその王妃が独占していたのだった。
――まあ、それも大昔の話。
その頃に比べ、色々なものが発展した現代。『魔法の鏡』は大量生産されるようになり、少なくとも王侯貴族の間では誰しもが持っているような代物となった。いやむしろ、使ってないのは流行りに乗れてない残念なヤツというレッテルを張られるところだ。
その名も、「ちゃちゃっとKGM」。何でもちゃちゃっと答えてくれるKA・GA・MIという意味らしい。何とも酷いネーミングセンスである。
それはともかくとしてこの「ちゃちゃっと」、縦に長い楕円形の鏡なのは昔と変わらずだが、変わったところはその下に全ての文字が配置された板が付いた事である。その文字を触り、文章を打ち込む事で質問をする。すると答えが鏡に浮かび上がるという仕様になっているのだ。
え?それってなんか退化してないか、って??喋ったら喋り返してくる方がすごくない?って??
馬ッ鹿、昔は一問一答だったのが、複雑な質問をしたり長々と答えを返したり出来るようになって、性能としてはめちゃくちゃ進化したんだよ‼
――とにかくだ。
俺には今ぜひとも聞きたい事があるので、早速この「ちゃちゃっと」を使ってみようと思う。あ、ちなみに俺はネブロド王国の王太子ね。
「え~と、まずは……。手始めにこの辺りかな……」
俺はカタカタカタと文字盤を打った。
□『世界で一番美しいのは誰?』
思わず俺は「おおっ」と呟く。打ち込んでからものの数秒で鏡に文字が浮かび上がったのだ。すげえな。本物初めて見た。ええと、何なに……
■『美しさの基準は人により違いがあります。また、国や人種によっても大きく異なります。よって、世界で一番美しいのが誰かという事に答えはありません。』
…………。
「ハ〰〰〰ア〰〰〰!?ソコは“ネブロド王国の王太子の恋人、ネトリーナです”だろーーーーがーーー!!!!」
俺は怒りに任せてそれとほぼ同じ内容の文章を打ち込んだ。すると瞬く間に文字が浮かび上がった。
■『すみません。私の収集したデータには、そのような名前は確認出来ませんでした。今後の参考にさせていただきます。』
全く、これだから魔法の鏡というヤツは……。そんな事を考えながら、俺はふと思い出した。
……確か、聞き方というのが大事だとか言ってたな……
俺はもう一度文字盤に向かい、打ち込み直してみた。
□『ネブロド王国の平民ネトリーナと王太子の婚約者、侯爵令嬢トラレーヌではどちらが美しい?』
一瞬で答えが出た。
■『王太子の婚約者、侯爵令嬢トラレーヌです。』
……。
「ちがうだろーがーーー!!!ネトリーナだっつってんだろうがっ!!何でトラレーヌ!?」
と打ち込むと――
■『私のネットワーク上には、「トラレーヌ様が素敵すぎるのはなぜ?」「トラレーヌ様のように美しくなるには?」などの質問が多々寄せられています。一方、「ネトリーナ」と「美しい」に関する質問はありません。』
…。
「……何ッでだよおお!?!何で誰もネトリーナの素晴らしさが分からない⁉あんなクソ真面目な令嬢と違って、彼女の可憐さと時々見せる大胆さのギャップ感と言ったらもう……もう……!!」
■『すみません。私は鏡ですので、そのような感情は理解する事が出来ません。』
ああそうだろうね、という目で俺は「ちゃちゃっと」を見た。そしてハッとした。
違う。こんな事を聞きたかったんじゃない。俺にはもっと聞かねばならない重要な案件があったのだ。
気持ちを切り替え、俺は改めて文字盤に向かった。
□『婚約者との婚約を破棄するにはどうしたらいい?』
■『婚約者との婚約を破棄するには、まず婚約者に「婚約をやめる」と伝えましょう。』
いや、そうなんだけどさあ……
「親・が・決・め・た・婚・約・者・な・の・で・婚・約・者・に・言っ・て・も・破・棄・出・来・な・い。・ど・う・し・た・ら・い・い・?、と……」
■『親が決めた婚約者であれば、まずは親に「婚約をやめる」と伝えましょう。』
…………。
「だぁっから、それが出来ないからどうしようって聞いてんじゃん‼馬鹿なの⁉」
■『すみません。それでは、婚約破棄が出来る例をいくつか挙げたいと思います。』
「おっいいねえ。」
『1・婚約者が暴言暴力を振るう。』
「う~ん、それは無いな。あいつ、めちゃくちゃ厳しい侯爵家のご令嬢だし。」
『2・婚約者に浮気相手がいる。』
「あ、それ俺だわ。次。」
『3・婚約者が借金を抱えている。』
「だから、相手侯爵家だっつの。」
『4・婚約者が犯罪を犯している。』
「だから、ご令嬢なんだって……」
『5・婚約者が身分を偽っている。』
「侯爵令嬢だって言ってんのが分かんねぇかな!?」
『6・婚約者の生殖機能に問題がある。』
「……それは知らんけど……。コンプラ的にやばいぞ、その答え。」
『――以上が、相手の瑕疵による婚約破棄の理由となり得る事柄でしょう。他にも、婚約時の条件が満たされなくなった場合も同様だと考えられます。
ただし、親が決めた婚約の場合、多くは破棄出来ないものと考えた方が良いでしょう。また、婚約者とは別の相手がいる場合、破棄せずに駆け落ちという選択肢もあります。』
そこまで読んだ俺は悩んだ。
う~~ん……。駆け落ち……駆け落ちなぁ……。
ネトリーナ、王妃になるの楽しみにしてるんだよなあ……。彼女を悲しませる選択はなるべくしたくない。どうしたものか……
お?まだ続きがある。どれどれ…
『その他、婚約者との結婚をしないという意味では、相手を亡き者にするという手段もあります。』
「―――いやいやいや、怖い怖い怖い!!!無いよその手段‼おい“ちゃちゃっと”、何言ってんの!?!完全にアウトなやつだよソレ!!!どんな学習しちゃったんだよお前はッ⁉本格的にヤバいからな!?」
俺は恐れ慄いて「ちゃちゃっとKGM」から遠ざかった。そして遠目でこいつを窺った。
……いやまあ、相手はただの魔法の鏡なんですけど。…………。
「……あれだな、今のは俺の聞き方が悪かった!質問を変えよう!!」
俺は気持ちを新たに、再度「ちゃちゃっと」の文字盤に向かった。
□『婚約者ではない恋人がいます。恋人と結婚するにはどうしたらいい?』
秒で出て来る答え。
■『婚約者ではない恋人と結婚するには、まず婚約者との婚約を破棄しましょう。』
…………はじめの答えに戻ったのだが。
呆然としている俺の視界に、続きの文言が入って来た。……まだ何かあるのかよ……
『しかし、婚約者等、現在特定の相手がいる者に近付く人間の行動は一般的には支持されません。婚約者等の存在を知っていながら恋人になろうとする行為は道徳に反するからです。そのような人物は、あまり信用出来ない人物と言っても良いでしょう。結婚はお勧めしません。それを踏まえた上で恋人の方がいいと思うのであれば、あなたの思う通りにするのがいいでしょう。』
俺はそこで「ちゃちゃっと」を使うのを終えた。
答えが決まったからだ。
道徳がどうした、一般的な支持が何だ!!俺とネトリーナの愛は本物だ。俺は真実の愛を見付けた。これは純愛なのだ!!彼女の方が良いに決まってるだろ‼
「――ネトリーナ!!」
「殿下ぁ!」
俺は愛しのネトリーナのもとへ行った。甘えた声を発するネトリーナは、今日も上目遣いで可愛い。
「婚約破棄は無理だ。だから仕方ない、これから俺と駆け落ちをしよう!!」
俺はネトリーナを抱き締めてそう言った。
そうだ、これこそが一番いい方法だ。王太子の座なんて他の誰かにくれてやる。俺には彼女だけがいればそれでいいんだ……
「……え。駆け落ち?って……」
「俺は王太子を辞める!そして二人で静かに暮らそう。それでいいよな?ネトリーナ。あんなに王妃になりたがってたから申し訳ないんだが……」
……あれ?この辺でそろそろ、「ええもちろんよ、あなたがいればそれでいいの」という甘い声が聞こえて来てもいいはずなんだが……。
おかしいな、と思って彼女の顔を見てみると……。なに?なんで、そんなスンとした顔してんの……??
そしてネトリーナは、彼女の肩に置いていた俺の手を払い除けた。
「……ハアァ?王太子を辞めるぅ??何言ってんのマジで。辞めてどーすんだよ頭だいじょーぶ??……は――…あり得ないわ……。王太子じゃないオマエの価値?とか……マジ草だわ。」
俺は固まった。……え、なに……なんなの……?だれ、これ……。なにがおこってるの…??なんでくさ?おれがくさ⁇ねえ、だれかオシエテ……
「せっかく王妃になっていい暮らしが出来ると思ったのにさあ!とんだ誤算だわ。あー、もういいから。はいさよーなら。二度と顔見せんなよこの詐欺師ッ!」
…………
たぶん俺は、そこで小一時間ほど放心していたと思う。その後どうにか王宮へ帰り着くと、その中は騒然としていた。もちろん、俺が姿を消したという話でだ。
安堵する彼らに囲まれた俺は、泣いた。
それからしばらく経ち、俺は何事も無かったかのように婚約者のトラレーヌと結婚した。
あの日、詐欺師はどっちだよと言う間もなく、ネトリーナは暴言を吐きまくって去って行った。彼女の本性があんなだなんて思いもしなかった。「ちゃちゃっとKGM」の言う事は正しかったのだ。あんなのと結婚しなくて本当に良かった。あと、覚えてろよネトリーナ……。
これからは、王太子としてまともに生きて行こうと思う。いずれは国王になるわけだし。その時の王妃には民からの評判が良いトラレーヌがなるのだから、この先のネブロド王国は安泰だ。
めでたしめでたし。
「……ええと……。確か、こう使うのでしたわよね……」
暗い部屋の中、カタカタと音がしている。
□『浮気をしていた夫(王太子)が信用出来ません。どうしたらいいですか。』
■『浮気をしていた夫(王太子)が信用出来ないのならば…………』
――完――