使えるものは使う
菊花会
この街の任侠団体の名だ。
由来はなんだったか、任侠組織としては珍しくこの組自体は敵対組織の命を取らない高貴な態度をもつとかなんとか。
この名を知らない奴はそこそこにいる。
なにせ10年前TVで抗争し壊滅!なんてニュースが流れたんだ。
俺だって10歳の頃だ。人の記憶からはそろそろ忘れられてもいい年月が経っている。
だが、そんな組織に娘がいる、なんてことを誰が想像して、あまつさえ自分の人生に絡んでくるだなんて誰が思うのだろう。
思わずとも、向こうからやってくるなんてな....
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「では改めて、菊花会会長久喜聖十郎の娘、久喜遥香。なんでも知ってる不思議なJK、よろしくね♪」
ギャルピースの満面の笑み、あまりの自己紹介に私の思考は固まる。
逃げることを脳は強く俺の体に絶え間なく指示を送るが理性は好奇心に勝てず警戒しながら案内された座敷にゆっくり座ることしかできない。
ただし、それすらも見透かされている。
「んも〜なにもとって食おうってわけじゃないんだからそんなガチガチにならないでよ....」
「この状況で警戒しない方が無理だろう....」
狙いがわからない以上、下手に刺激はできない。
確実に本名は割れている、そして他の個人情報さえ掴んでいるだろう。俺に対抗できる選択肢はない。
「じゃあ信用を得るためにあなたが疑問に思ってそうなことに回答をあげるよ」
私は注文したコーヒーを一口飲み、深く息を吸う。
回答がもらえると言うのだから上々、飲み物に毒でも仕込まれているなら早くにでも意識を失いたい、そんな倒錯的な行動しかとれず我ながら緊急事態に弱いと悟る。
「まず一つ目、おじ....おにいさんのことは浅里くんから教えてもらったの」
「........はぁ?」
素っ頓狂な声を出せるんだなと我ながら驚いた。
こいつの口から知り合いの名前が出るなんて夢にも思ってなかった。
「松風奏多、高校卒業後アルバイトをしながら小説家を目指して上京。努力実らず旅館に就職し変わらぬ日常を過ごす22歳。趣味はスロットとpcゲーム、煙草は一日1箱、てアタシが調べた情報込みでこんな感じかな」
困った。完全に客観的に見た私だ。こんなやつ多分この世にもう5人くらいいるだろうけど間違いなく私だ。
「浅里くん、面白いよね〜。お父さんも気に入ってて、この前も助けてあげたって言ってたよ、君がカフェで話してた内容そのまま。彼が信頼できる友人と仕事したって言ってたから、裏をとってカフェまで来た甲斐があったよ〜」
知らず知らずのうちにいらんことに巻き込まれ続けている不安はもう振り払えない因果なんだろう、頭をふり問う。
「喋り方の件は」
「他人のアタシがあなたの集まりに潜むならナンパ待ちギャルが1番良かった、だからああいう喋りしてた」
どうしてそう極端なのだろう、それも生まれつきか?
「俺は今、全て巻き込まれてる被害者なんだが?」
「おっ、怖いね〜それが素? そっちのがいいよ〜ふひひ」
「俺の質問に答えろ、俺に何をする気だ。何をさせるつもりだ。」
もう、限界だった。不安と、アイツに巻き込まれ続けるストレスで頭に血が昇るまで、すぐだった。
「やめなさい」
「なんのことだ、俺は今説明を
「貴方じゃないわ、元の場所に戻りなさい」
彼女は真剣な顔で俺の目を見ている、まるで何かを訴えるかのように。
ハッと、その言葉は俺に向けたものではないことに気がつく。
座敷の扉の向こう側に、いる。2人か、いやもっと。
声はしないが確実にいる、そんな気がした。
「あくまでも反社な組織、手荒なまねをとる人もいる。でも、アタシは慕ってくれる人にそんなことさせたくないの。浅里さんの友達の貴方にも」
....何も言えずに改めて、腰掛ける。それを察してか、外にいる人間の足跡は奥に消えていった。
「....はぁーやめてよね!アタシこういうの柄じゃないの!」
「悪かったけど連れてき方が悪いだろそれは!!」
そんなこんなでやいやい言い争ったが、外から人が来る気配はなかった。
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ファミレスであることを忘れてはならない。
ファミレスの鉄則、頼んだものは残さず食べる。
が、俺の目の前のチョリソーは冷めていたが、冷えた肝が熱をようやく浴びてきた。
「んで、このデートにどんな意味があるんだよ、こんな男と飯食うだけなんて趣味がわりーぞ」
「それふぁもぐろもぐもぐ」
「食ってからでいいぞ」
半熟卵の乗った熱々のドリアを頬張りながら話させる大人ではない、時間も経ちすぐ食べれる熱さになってることも理解している。
が、全部食べるまで待たされた。手を合わせ、「美味でした」と小声で呟いたとこでこちらに視線を向けながら右手は爪楊枝に伸ばしながら俺に言う。
「母親探し手伝ってくんない?」
最近、現実では聞きなれない発言をよくきく為ネタ帳として胸ポケットにメモ帳を入れている。
それを取り出しボールペンで母親探しの単語を書き記し、要点を聞く。
「母親探しって....お前のカーチャンのことか?おギャル相手探しっつーなら....」
「これは真剣な話」
「・・・」
「アタシの母親は5歳の頃、消えた。お父さんは聞いても教えてくれないしアタシ一人で探すのも限界がある。だから今人手を募ってるの」
「なんで俺なんだよ」
「拒否権がないからよ、共犯者君♪」
痛いところを突かれる。浅里とこいつの親父が接点ある点だけで俺は今苦しめられてる。アイツ今に見てろよ。
「なにもすぐどうこうって訳じゃないの、手がかりを探しに行くのにアタシがいけない場合がある。その時代わりにお使いしてくれるだけでいいの、お願い!」
弱った、ヤクザの娘と接点ができた時点で俺の精神は既にやつれてるのに、女の頼みは断れない。
「....暴力沙汰だけは勘弁してくれよ」
「そこは安心して!こう見えても頼む事柄は大きくしすぎないようにしてるの!」
「母親探しの時点で大事だよ」
「あり???」
可愛い感じで変な風に戯けられた。JKじゃなかったら無視してた。照れたようにはみ噛みながら彼女はスマホを出す。
「これアタシの電話番号、何かあったらかけるから着拒しないでよ〜」
ひょんなことからギャルJKの電話番号を手に入れてしまった。彼女は人手が増えたことに喜び微笑みを浮かべていた。
そんな俺は今、わからない。
どうすればいいのか、このまま流れる出来事に身を任せていいのか。
考えれば考えるほど、思考の渦に飲まれてしまう自分の気持ちをリセットしようとスマホを閉じる。
その黒い画面に写った俺の顔は、なぜか笑っていた。