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星のない町

作者: 貴宏

その町は星のない町でした。月もありませんから、夜はいつだって真っ暗でした。

その町は星のない町でした。でも、星を知らない住人はそれを不思議には思わなかったのです。


その町に、ある少年がいました。少年は身体が弱く、いつもベッドで横になっていました。少年はベッドでいつも、本を読んでいました。本の中には、ギリシアの神話もありました。少年はそれが大好きだったのです。


とてもとても寒い晩でした。少年はロウソクの火で本を読んでいました。おおぐま座とこぐま座のお話でした。とても悲しいお話でした。

とても寒い晩でしたから、お母さんが温かなミルクをいれて持ってきてくれました。少年はお母さんに言いました。

「ねぇ、おかあさん。おかあさんは熊にならないよね?」

「どうしたの?」

「お話を読んでいたら、怖くなっちゃった」

「どんなお話か聞かせてごらん」

少年はお母さんにおおぐま座とこぐま座の話をしました。熊に変えられてしまったお母さんを、そうとは気がつかずに殺してしまった男の子の話でした。可哀そうに思った神様が、二人をお星さまにしたという話でした。それで、おおぐま座とこぐま座は寄り添うようにずっと大空を回っているということでした。

お母さんは静かに聞いていました。

「ねぇ、おかあさん。ぼく、お星さまを見てみたい」

少年は外に出たことがありませんでした。だから、この町には星がないことも知りませんでした。

お母さんはもちろん、外に出たことはありましたが、星というものを知りませんでした。

お母さんは少年に聞きました。

「お星さまってなあに?」

「お星さまってね、夜にきらきら輝いているんだよ」

「でも、お星さまなんて見たことないわ。夜の空はとても暗いのよ」

それを聞いた少年は少しだけびっくりした後、急に泣き出してしまいました。

少年は小さいころからよく泣く子でした。お母さんはびっくりしながら少年を抱きしめました。

「どうしたの?」

「だってだって、おおぐまとこぐまが可哀そうだもの」

「どうして?」

「だって二人はお星さまになってずっと一緒にいるって書いてあるんだよ?」

「そうだね」

お母さんは少年が泣き止むまで、しばらく背中を撫でていました。それから、少年が落ち着いてミルクを飲み始めたのを見て、ちょっとまっててね、と部屋をでました。

少年がなんだろうと不思議に思っているうちに、お母さんは大きな袋をもって帰ってきました。袋の中にはきらきらといろんな色の石が入っていました。

「おかあさん、これなあに?」

「これはね、絵の具っていうんだよ」

お母さんは、ちょんちょん、と指先で絵の具に触ると、空中に絵をかきました。それはおおぐまとこぐまの絵でした。

「こうやって、二人の絵を書いてあげれば、二人とも一緒にいられるでしょ?」

少年は目をまんまるくしてから、元気よく返事をしました。

「うん!」


その町は星のない町でした。月もありませんから、夜はいつだって真っ暗でした。


その町に、ある青年がいました。その青年は本を読むのが好きでした。まだ小さいころ、身体が弱く、本をいつも読んでいたからです。今はもうすっかり元気になりましたが、それでも本を読むのが大好きでした。

青年にはもう一つ、大好きなことがありました。それは絵の具で絵を描くことでした。青年はいろんな絵をかきました。サソリの絵、ペガサスの絵、よくわからない機械の絵。なかでも、青年が一番よく描いたのは、おおぐまとこぐまの絵でした。


青年には、この町の住人と違うところがひとつだけありました。それは星のことを知っていることでした。青年は星を見たことがありませんでした。写真なんてものもありませんから、青年は星空がどんな見た目をしているのか、実のところ本当はよく知りません。それでも、夜空には星空があるということを知っていました。きらきらと輝く星々が、ずっと見守ってくれることを知っていました。


青年は旅に出る事にしました。それは星を探しに行く旅でした。

青年のお母さんはうんと心配しましたが、青年がどうしても行きたいというので、止めることは出来ませんでした。

お母さんはたくさんの食べ物とミルクを持たせて、泣きながら青年を見送りました。

青年も、泣きながら旅に出ました。青年は小さいころはよく泣く子でした。これは、久しぶりに流した涙でした。


その町は星のない町でした。月もありませんから、夜はいつだって真っ暗でした。


青年はずんずんと道を進みました。昼間は明るくても、夜になるとすっかり暗くなりました。

何日歩いたことでしょうか。青年の荷物は少し軽くなっていて、ミルクもあと半分しかありません。

「これは……なに?」

青年はとまどいました。とまどうのも当然でした。青年の目の前にあるのは、大きな大きな壁だったのです。青年はとても悲しくなりました。しかし、悲しんでいられませんでした。青年は壁の切れ目を探すことにしました。


何日歩いたことでしょうか。青年の荷物はすっかり軽くなっていて、ミルクもあとわずかしかありませんでした。壁の切れ目はまだ見つかりませんでした。青年は少しだけお腹がすいたなと思いながら、寝床を探しました。ようやく川のそばでちょうどよい寝床をみつけて、青年は眠りにつきました。

夢の中で、きらきらと、川のせせらぐ音がしました。しかし、それは果たして夢だったのでしょうか。青年は目を覚ましました。するとやはり、きらきらと、川のせせらぐ音がするのです。青年は身体を起こして川を見つめます。青年はこの時はじめて気が付きました。川はきらきらと輝くミルクの川だったのです。青年は、川のミルクを少しだけすくって飲みました。そして、もう一口。お腹いっぱいになった青年はそれから、ぐっすりと眠りにつきました。


翌朝、青年は水筒いっぱいにミルクを汲むと、町へ帰ることにしました。


その町は星のない町でした。月もありませんから、夜はいつだって真っ暗でした。


町へ帰った青年をお母さんは大喜びで迎えました。青年も大好きなお母さんを抱きしめて言いました。

「お母さん、お星さま、みつかったよ」

それから青年はミルクをちょんちょん、と指先に付けると、空に向かって、星々を描き始めました。


その町は星空がきれいなことで有名でした。星を知らない住人はいませんでした。

その町に、ある少年がいました。その少年は星空のことをよく知っていました。


最近、その少年が不安そうにしているのを、お母さんは心配していました。

「どうしたの?」

と聞いても、少年は

「ううん」

といって答えてくれないので、お母さんはますます心配になりました。


お祭りの晩のことでした。少年が大喜びしています。不思議に思ったお母さんは尋ねました。

「どうしたの?」

「あのね、あのね。お星さまが帰ったの!」

「どういうこと?」

「あのね、お星さまが迷子になっていたの。だけど今日帰ってきたんだ!」

「どのお星さま?」

「あれ!」

少年が指さしたのは北極星でした。こぐま座で輝く立派な星です。

「それはね」とお母さんは優しく言いました。「きっとお星さまは旅に出ていたのよ」

「そうなの?」


その町は星のない町でした。だけど、もうそんなことはありません。


不思議そうに首をかしげる少年の向こうで、星座の形に並べられたロウソクが明るく輝きます。

星空のとてもきれいな晩でした。

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