大売り出し
商魂たくましい街である。無数に配られる割引クーポンは路上を埋め尽くす勢いで配られ、そこら中を滑空し、それを踏み荒らし行き交う人々の大波に、不細工なニワトリの着ぐるみが鶏鳴はセールスにびた一文の意味も成さない。羽に掲げられた案内看板は、持ち手の周囲不注意のために落下し、歩道へと衝突した。
「スミマセン、スミマセン。」
ニワトリは立ち上がるなり、片言の謝罪を述べた。片言になったのは突き飛ばされた拍子に自己が蘇ったせいで、仕事の謝罪と普段の謝罪とが混ぜこぜになったのである。彼が顔を上げるころには、もうそこに相手はいなくなっていた。ニワトリは何事もなかったかのように看板を拾い上げると、またしても必死の鶏鳴を上げるのだった。
一方で白亜紀は夜を迎え、ティラノサウルス十七歳は中々寝付けずにいた。寝返りをうつと、彼の小さな脳みその中でカウントが一つ増えた。彼のコンプレックスは、自分の両手があまりにも短すぎることだった。
街もすべてが商魂ばかりではない。通りにはちょっとした休憩スペースがあり、そこには背の高すぎない植物と茶色のベンチ四台が用意されていた。ここには決まってクーポンを浴び飽きた人たちが集まるのだった。
「はぁ。」
その中の一人である青年は、ベンチで背中を丸め、目立たない程度のため息をついた。この青年というのは、目も鼻も耳も口もないのっぺらぼうである。しかし、まっさらであるはずの彼の顔にはでかでかと、あったとしたら鼻を中心にマグカップのグラフィティが描かれており、さらに側面には赤の習字で、
「 マグカップ大臣
任命式 」
と書かれていた。
「はぁ。」
オレは通りを歩くうちに休憩スペースを通りがかり、どうにものっぺらぼうの青年が気になってならなかった。あの顔の有様だから遠目からでも分かる。ため息の理由もすぐに察し、何気なさを演出して隣に腰を下ろした。
「なんだ、成人式帰りかい。すごいやられようじゃないか。」
返事はない。のっぺらぼうの青年はこちらを振り向くこともなく、ベンチからすっ立って背で走って行った。彼の片足が着地するたび、彼のブカブカロンティーは上下し、オレはただその後ろ姿を見つめるだけ、「やっぱNOPPERAかっこいいな。あれ買って帰ろ。」と、クーポンの散らかった財布の中身を漁りだした。
一方で白亜紀は終焉を迎え、ティラノサウルス十七歳は混乱する世界に歓喜していた。短い手で拍手をうつと、彼の小さな脳みその中で幸せホルモンが一つ増えた。彼の願いは、自分が願いなんて持ちだしてしまう前に全部が終わってしまえというものだった。そのとき、火山よりも高く上空にポータルが開いた。噴火の中、気づく者はほとんどいない。まして翼を持つプテラノドンの群れでさえも、ほとんど飛び惑うままポータルの中へ吸い込まれていくのだ。そしてポータルは徐々に縮まっていく。それをティラノサウルス十七歳は、自分が予感めいた眼差しで羨望していることにハッとすると、種・存続の夢に恥ずかしいと思った。
とうとう休憩スペースにまでクーポンが迫ろうというときのこと、時報もなって、街は買い物狂いだけが闊歩するところとなっていた。別に普通の人間が居たって誰も構わないだろうが、クーポンの花吹雪にクーポンのレッドカーペット、その上ではいくつものパンパンのレジ袋がひしめき合っているような場所に訪れて、果たして一般人は正気を保っていられるだろうか。
クーポン配りもニワトリの彼も、そろって買い物狂いを喜ばせるために働き、そろって早く帰りたいと願っていた。願っているが、ニワトリは願いが早とちったのか、突然頭の被り物を外しだした。いや、外したどころかニワトリの頭は猛スピードで飛んで行く。さらに胴体の首の穴からはプテラノドンが一匹また一匹と続き、群れとなって街の空を旋回している。そして旋回したのち明後日の方角へ飛んでいき、道中でカラスの群れを食い殺した。買い物狂いたちが買い物どころでなくなり跳んで帰ったのは言うまでもない。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。