2話「地味な衣服だとしても嬉しくて」
領主の息子であるトレット・ローフミール、彼が我が家へやって来る。
今はそれを待っているところだ。
今日だけは朝から身支度があったので雑用はさせられていない。
「素敵な殿方はわたくしのもの! ですわ!」
「甘いな、マガレット。あたしがいる。あたしには大人の魅力があるから、きっと惚れられるのはあたし……」
姉ルリーナと妹マガレットはそれぞれ美しいドレスをまとっている。
しかもよく似合っている。
だがそれも当然だ、二人はとても美しい容姿を持っているから。
もっとも、顔なら私も二人と同じようなものなのだが。
しかし、あれだけの性格の悪さを美しい顔でごまかせるのだから、この世とはおかしな構造だ。
「お姉さまみたいな年増は受けが悪いですわよ」
「ったく! あんたなぁ! 何てこと言いやがる! しばくっ!」
ちなみに私はベージュで装飾がほとんどないドレスを着ている。
でも!
ドレスなんていつ以来だろう!
いつもと違う衣服、それだけでときめく。
もっと派手なのが良かった、なんて言わない。
「緊張しているようね、メリア」
「は、はい、少し」
「へましないでちょうだいよ」
「気をつけます」
その時、トレットの到着を告げる鐘が乾いた音を立てた。
「いらっしゃいましたわね!」
「そうね! ……マガレット、良い勝負にしましょ」
「ええ!」
「今日だけは特別。手加減はなしよ」
「ええ、お姉さま! そうですわね! どちらかがきっと射止めましょう」
私は入ってないんだなぁ……って、当たり前、か。
私が選ばれるはずがない。
だって奴隷だもの。
こんな地味な女が見初められるはずがない。
でも私なりに今日を楽しもうと思う。
◆
「こちらが長女のルリーナです」
「初めまして、トレット様。ルリーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
トレットの前で挨拶をする会が始まった。
「そしてこちらは末っ子、三女マガレット」
「トレット様! 初めまして! マガレットといいますわ! とても緊張していますわ、申し訳ありません……けれど! 頑張りますわ。トレット様、どうぞよろしくお願いいたします」
私は最後だった。
生まれた順ではない。
「こちらは……我が家に伝わる緑髪を持たないのですが、次女で、メリアといいます」
「メリアです、どうぞよろしくお願いいたします」
名乗り挨拶するだけなのに、くらくらした。
彼は私をじっと見つめていて。
青い瞳がとても綺麗だった。
「メリア? 何をしているの?」
「あ……」
「見つめるなんて無礼よ」
「も、申し訳ありませんお母様……」
危うく叱られるところだったが。
「あの、夫人。先に僕が見てしまったのです。ですから、そちらの方は悪くありません」
トレットは助け船を出してくれて。
「どうか、お気にならさず」
「そ、そうですか……お気遣いありがとうございます、ほらあんたもお礼言いなさいっ」
少し不機嫌そうな母。
「ありがとうございます、トレットさん」
「いえいえ」
でも今は怖くない。
味方してくれる人がいるから。
こんな感情、初めてだ。
驚くくらい心強い。
そして――。
「よければ、話をさせていただきたい方がいます」
トレットはそう言った。
室内の温度が一気に高まる。
ルリーナとマガレットはお互いをちらちら見合っている。
「メリアさんです」
稲妻に貫かれたような顔をするルリーナとマガレットと母。
「め、メリアぁ!? 何だそれ!!」
「落ち着いてお姉さま」
「そ、そうよ、静かにしなさいよ貴女たちっ」