第2話「カクレガノホコロビ」
─希望は絶望に─
─最悪は現実に変わりゆく。
しかし、目の前の光景は、
絶望や最悪という言葉ですら
言い表せない程の状況になっていた。
「紫音さん…良かった…」
担任の安堵する声が聞こえる。
「これで90名、生存者全員と思われます。」
そう教師たちが確認をとった時、
俺は違和感を覚えた。
90名、
─それがどれほど異様な数字か。
うちの学校は
1クラス40名、
6クラス3学年の計18クラス、
つまり、720人。
─1《ひと》クラスあたり"5人"しか
生き残っていない計算になる。
まだ皆が逃げきれていない。
理解した瞬間、俺はドアのロックを外そうとした。
しかし、
「開けちゃダメ!」
と担任の大声で直ぐに止められた。
「どうしてだよ!!
まだ皆避難できてねぇんだろ!?」
そう言うと、担任は、
「よく聞いてね…
こっちの階段から避難してきた皆は、
ほとんどが逃げ遅れて怪物に襲われたの…
今ここにいる子達は、
異変に気づいて一早く逃げてきた子や、
周りに避難指示をいち早く出して、
付近で誘導をしていた子達なの…」
と俺に諭すように言った。
俺は、納得がいかなかった。
何かが千切れたように、
「冗談じゃねぇ!!
海斗だってまだ避難できてねぇんだぞ!!
海斗は死んだ訳じゃねぇ!
朝はあいつは屋上に行ってただけだ!
死んでるはずがねぇ!!」
俺は必死に訴え、怒鳴った。
防音になっている部屋の中には、
無情に俺だけの声が響き渡り、
皆、下を向いて黙っている。
誰がどう見てもお葬式状態の現状で
頭に血を昇らせているのは俺だけだ。
しかし、意味が分からない、
どうして
まだ皆が生きている可能性を否定するのか。
血飛沫が上がっていようと、
倒れた人が大勢居ようと、
まだ助かるんじゃないのか、
と、どうしても俺には理解できない。
「なんにせよ、
あの怪物達がどういう挙動を取ってくるか分からない以上、
私たちはここにいるしかないのよ……」
茜ですらもそうやって俺を諭そうとする。
「お前ら…それでも人間かよ……」
そう膝から崩れ落ちる俺目の前に、
もう1人親しい声の主が現れた。
「人間であるからこそ、
未知のものが怖く感じるんだよ。
僕だったら、
この状況でシェルターの扉を開けたり、
外の様子を見に行くような
危ない真似は絶対にしないね。」
声をかけてきたのは、隣のクラスの将人。
こいつとは小学3年生からの仲で、
今年はクラスこそ別々であるものの、
よく休み時間に話している。
そして、こいつは定期テストでは学年1位の成績で、
情報処理もお手の物という程頭がいいのだが、
「お前はただ単に怖がりなだけだろうが…」
そう悪態をつくと、
「いつもの事じゃないか。」
と軽くあしらわれる。
そう、こいつは極度の怖がりという欠点がある。
周りが怖がるよりももっと極度。
誰かに脅かされれば悲鳴を上げ、
犬に吠えられれば即座に逃げ出すようなやつだ。
中学に入ってからも、
異様なまでの情報処理速度を買って
野球部に誘っては、
「ボールが怖い」「打球が怖い」
だのなんだのグダグダと言われ、
結局情報処理部に入ったんだ。
そんなやつでも、信頼できる親友ということに
変わりはないが。
「とりあえずほら。」
そうやって将人に温かい飲み物を渡され、
その場に座って飲み始める。
そんなこんなで、なだめられ、
落ち着いてきた俺は、状況を確認することにした。
「現在、教師10名、生徒90名、
計100名の生存が確認できてるよ。」
将人は淡々と、
データをただ読み上げるように言ってくる。
「そーかい、状況説明あんがとさん。」
そう言って将人の肩を軽くポンポンと叩くと、
担任に1番の疑問を聞いた。
「ずっとここにいる想定だろ?
食糧と水はどうすんだ?」
きっと、シェルターという程なのだから、
かなりの食糧は備蓄してあるんだろう、
と思っていた。
─しかし、担任から出た答えは、
「それが…1人あたり8食分、
水は2Lペットボトル800本しかないの…」
1人あたり8食、ということは、
800食。
どう考えても通常避難ですら足りるはずがない。
水に関しても、普通に考えて少なすぎる。
一時を乗り切る想定で作られた
シェルターだということが、
理解したくない現実が、
目の前に突きつけられた。
「どーすんだよ……!」
さっきまで忘れていた怒りを込め、
そこにあった机を力任せに叩く。
どうしようもないが、
どうにかしなければならないことを、
命に関わるようなことを、
この食糧が尽きる前に考えなければいけない。
しかし、解決策の選択肢という物は
恐怖や怒りを目の前にした皆の中の、
誰の頭にも浮かんでいなかったのだった………
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(3話に続く…)