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14/23

夏の朝

 『何かのトラブルかもしれないから、待たずに食べてて』と模擬店の行列から離れた寛ちゃんは、結局、私が塩ダレ味の焼きうどんを食べ終わっても戻ってこなかった。

 まあ、昼休みだとはいえ、仕事中だし。のんびり文化祭を楽しむってわけにはいかないよね。

 自分で自分を宥めつつ、千円の金券を使い切ろうと模擬店巡りをして。

 もう一度だけ写真部の展示を見に行ってから、学校を後にした。


 宥めたつもりではいたものの、まっすぐに帰宅するのも癪に障って、駅を通り過ぎた私は、ネコの喫茶店へと向かった。

 入り口の引き戸を開けるのと同時に迎えてくれる、マスターの声に会釈で応えて。一番奧のカウンター席へと腰を下ろす。


「お一人ですか?」 

 お水のグラスを運んできたマスターに訊かれて、一人で来たのは初めてだと気づく。自分では勝手にこの席が定位置みたいに思っているけど、実はまだそんなに回数は訪ねていない。

「寛ちゃん……いや、彼の学校が文化祭で」

「ああ、なるほど」

 頷いたマスターからメニューを受け取ったけど、模擬店で色々と買い食いしたし。今日は、アイスのレモンティーだけにしよう。


 注文をした後、とりあえず連絡待ちの態勢を整えようと、バッグからスケジュール帳と携帯電話を取り出したところで、メールの着信に気づく。

 うわぁ。トラブルって、さっきの藤島さんの件かぁ。寛ちゃんが職員室に連れていった行きがかり上、後処理に巻き込まれたらしい。

 二十分ほど前に届いていたメールに『気にしないで』と返事をしておいて。

 携帯電話のカレンダーを開く。


 来月には学期末。また塾生との面談が続くし、夏期講習も始まるから、その下準備をそろそろ始めて。それが終われば、お盆休み。

 あー、お盆休みってことは。寛ちゃんと出会って一年だ。早いなぁ。 

 今年のお盆休みは、何をしようかな?

 さっき見せてもらった白井くんの“星空”を実際に見てみたいし、鈴森川の花火大会も撮りに行きたいし。

 もしも……休みを合わせられたら、寛ちゃんと一緒にちょっと遠出して、古い建物を見学しに行くのも良いかもしれない。

 絵美莉から新しく預かっている生地のいくつかも、作品に仕上げておきたいから……。


 考え事をしているうちに、レモンティーがやってきて。

 考え事をしながら、ストローを咥える。


 思いついた『この夏にやりたいことリスト』を、スケジュール帳にメモしたけど。さて、このうちいくつの“予定”が、無駄になることやら。

 優先順位も考えたほうがいいのかな? と考えながら吸い込んだストローからは、限りなく水に近い紅茶が流れてきた。


 いつの間にか、グラスの中はすっかり氷だけになっていて。なんとなく、残念な今日という日を象徴している気分。

 文化祭は懐かしくも楽しかったけど、せっかく誘ってくれた寛ちゃんと、もう少し話もしたかったのになぁ。


 母くらいの年恰好の二人組が店から出て行くのと入れ替わりに、体操服姿の小学生が店を覗いた。

 カウンター端のレジ前に居たマスターが、何かを飲むようなジェスチャーをすると、小学生は肩から下げた水筒を顔の横に掲げて見せた。そして店には入らずに、引き戸を閉める。

 マスターの息子さんだな。たぶん。


 初めて寛ちゃんに連れてきてもらった時、そっと店を覗いていった少年が、さっきみたいにマスターとジェスチャーを交わすところを見かけたのは、今日が初めてではない。

 前回は確か、ゴールデンウィークの最中。戸口の所でVサインと一緒に満面の笑みを浮かべて。マスターもガッツポーズで応えていたっけ。

 その時は、物静かなイメージのマスターが……って、驚いたけど。

 さっきのやりとりを見ていると、子供の頃に父が観ていた野球中継を思い出す。ベンチで監督が帽子を触ったり、肩やお腹の辺りを順番に触ることで指令を送る……ブロックサインだったっけ?

 あの真似、ではないだろうけど。互いの意志を静かに通わせているんだろうな、って。


 ふと、目を落としたスケジュール帳。前のページ、その前……と、遡る。 

 ああ、そうか。

 私と寛ちゃんがここに来るのは、寛ちゃんの休日。つまり学校が休みの日なわけで。

 もしかしたら息子さん、休みの日にも仕事しているマスターに少しでも甘えたくて、店を覗きに来ているんじゃないかな? 少しでも話をしたくて……ブロックサインが生まれたのかもしれない。


 文化祭の最中、職員室に行ってしまった寛ちゃんのことを思い浮かべる。

 もう少しだけ話せないかな? とか、せめて『そろそろ帰るね』って、手を振るくらいのことはできるかな? とか考えて、無駄に職員室前の廊下を行ったり来たりしていた、小一時間ほど前の自分の行動が、マスター親子の姿に重なる。


 なんか……分かる気がする。息子さんの気持ち。

 寂しい、よね。


 思いもよらない感情に辿りついてしまって、慌ててアイスティーだったものを飲み干す。会計に立ち上がる。

 寂しいって、何? 寂しいって。



 そんな昼間のできごとのせいで、夕方になって彼から電話がかかってきた時には、へんに上擦った声が出てしまう。

[声、おかしいけど?]

[うん。大丈夫]

 携帯を肩に挟んで、グラスに水道水を汲む。半分くらい飲んで、軽く咳払い。

 あー、あー、あー。

 うん、もう大丈夫。


[今日は、せっかく来てくれたのに……ごめん]

 と謝られると、藤島さんの件が、再び胃の底でモヤモヤしてくる。

[無断で入ってくるなんて、あの人、教育者としてどうなんだろうね?]

[それなんだよなぁ]

 弱った声で寛ちゃんが言うには、二人しか居なかったとはいえ、生徒の前で彼女のルール違反を咎めたことで、教頭先生に注意を受けたらしい。

[えー? それ、寛ちゃんが悪いの?]

[まあ、ホタルが絶対的に悪い事をしているんだけどさ。そういうことをやる人間が存在することを、知らしめたのがダメだって]

[うーん。理解が……]

 追いつかない、ともいえないか。寝た子を起こすな的な、指導ともいえる。卒業生が彼女の真似をしだしたら、収拾がつかない。

 ご苦労様です。教頭先生も寛ちゃんも。


 そして、今日の出来事を『大変だったね』と労う言葉の裏側で、藤島さんとはこれ以上、関わり合いになりたくないって思いが強くなる。

[あのー、寛ちゃん?]

[うん?]

[今日、ゆっくり話しができたら、言うつもりだったんだけど]

 今日ではなくても、いずれは決めなきゃ……と、思っていた事。

[写真のサークル、誘ってもらってたじゃない?]

[やっと、入る気になった?]

 せっかく、カメラも買ったんだし……って、期待をさせて申し訳ないけれど。

[ごめん、やっぱり入らない]

[えー? なんで?]

[まず、どう考えても出席率が悪いと思うのよね。この前、寛ちゃんと写真を見せ合ったのって、私の出勤前にちょこっと……だったりしたじゃない?]

[あー、まあ]

 先月はゴールデンウィーク以外の休みが全く合わなくて、遅番の日曜日に『ネコの喫茶店』で一時間ほど時間を取るのがやっとだった。


[それに、撮った写真を見せ合って……とか、一緒に撮りに行くとかが活動内容なら、私としては……]

[入っても無駄?]

[無駄とまでは、言わないけどね。それは寛ちゃんと二人で、できたらそれでいいかな]

 電話の向こうで、息を飲んだ気配を感じて。自分で言った内容に慌てる。

 藤島さんを視界に入れたくないって気持ちが、あからさますぎた。

[俺は……香奈さんの作品が見たくて誘った部分もあるから……個人的に見せてもらえるなら、それはそれで嬉しいんだけど……]

 それでもポツポツと返される言葉は、優しくて。

[夏休みにでも……一緒に撮りに行く?]

 嬉しくなるような提案まで添えられた。



 互いの仕事柄、七月は成績評定だったり個別懇談だったり、と忙しくしているうちに日が過ぎる。

 このままでは、気づいたときにはお盆休みが終わってしまう……と、半ば無理やりに予定を合わせたのが、八月最初の金曜日。

 私の指定休に合わせて、午後から出張の寛ちゃんは午前中に有休消化の休みを取る。そして、なるべく涼しいうちが良いから、寛ちゃんの職場の最寄り駅で待ち合わせて、ネコの喫茶店で朝食を摂ることにした。

 


「こんなに朝早く、この駅に来たのは初めてかも」

 もう少しで朝の七時半って時刻は、ラッシュには少し早い感じの混雑具合で。これが八時を過ぎれば、乗ろうとする会社員と降りてくる高校生とで雑然としてくるのだけど。

「朝早くって……香奈さん、無理した?」

「え? あ、いや。まあ、言葉の綾? 当時でも、八時過ぎには改札を通っていたから」

「ふーん?」

 あ、ニヤって笑われた。毎朝、駆け込みだったのがバレたかも。

「寛ちゃんは、授業のある日はもう少し早め? このくらい?」

「もう一本か二本、あとの電車かな? だから、俺もあの店のモーニングは、初めて」

 週に三日、月・水・金の朝にだけ営業していることは、知っていたらしい。彼に教えられて私も、ショップカードに書かれた営業時間を初めて読んだ。裏面の地図に添えられた足先の白い黒猫のイラストも含めて、昔は無かった気がするんだけど。



 喫茶店から数えて三軒手前に差し掛かった辺りで、紺色の暖簾を潜って人が出てきたのが見えた。その後から半身を覗かせたマスターが声をかけたらしく、足を止めたスーツ姿の女性が振り返って。 

 少し言葉を交わす様子を見せた二人は、軽く手を振りあうと互いに背を向けた。

 マスターが店内に戻って、女性は薬屋の前で私たちとすれ違う。腕時計を確認しながらも颯爽と歩く姿に、目を引かれる。 

 軽く目で追ってしまって。

「香奈さん?」 

 寛ちゃんの声で我に返る。


「どうかした?」

「え? あ、いや」

 って、答えながら紺色の暖簾の下、引き戸に手をかける彼を見ていて。脳の表面を、一枚の写真が横切る。

 もう一度、振り返るようにして、さっきの女性の後ろ姿へと目をやる。 

 あの女性(ひと)、たぶん。年明けの作品展で見た藤島さんの写真に写っていた人だ。この店の前で、マスターと二人で。

 もしかしたら……マスターの奥さん、なのかもしれない。



「おはようございます」

 暖簾を潜ると、いつもとは違う言葉を掛けられて、目礼で返す。

「珍しいですね。この時間に来られるのは」

 と言いつつ、マスターの左手がカウンター席の一番奥へと 私たちを招く。

 この時間帯のメニューは、モーニングプレートと飲み物のセットか、単品で飲み物だけか……の二種類らしい。先客のコーヒーを注ぎ入れながら、そんな説明をするマスターに目で注文を促されて。

「セットを二人前。コーヒーと紅茶で」

 寛ちゃんが、二人分をまとめて注文する。

「ホットのみですが、よろしいですか?」

「良いよね? 香奈さん」

「うん。それでお願いします」

 真夏とはいえ、朝早く。アイスティーでなきゃ、というほど喉は渇いていない。 

 そもそも『準備できない』ってマスターが言っているんだから、無駄な注文をするつもりもない。



 絞り込まれたメニューに、飲み物と一緒に運ばれてきたフォークの入った籠。

 いつもとは違った朝の顔を見せる店に戸惑いを覚えて。

「効率重視なんですね。朝って」

 待つほどもなく、茶色い角皿を使ったモーニングプレートを私たちの前に並べるマスターに話しかけると、いつもと同じく物静かなマスターは、

「そうですね。通勤電車の時刻に間に合うように、急がれる方も居られるでしょうから」

 と言って、小さく微笑んだ。

 確かに、私たちが注文した直後に入ってきて、空いている席へと向かいながら『セット、一つ。コーヒーはブラックで』とカウンター内へと注文を放った常連らしき中年の男性にとっては、『いつもの食事』なのだろう。

 忙しい朝に、何を食べるかで悩むなんて時間の無駄でしかない

 店にとっても客にとっても、無駄を省いたベストな朝食だと納得。


「この後、どこから撮りに行く?」

 トーストに添えられたマーガリンを塗りながら、寛ちゃんに訊いてみる。

 私は高校を卒業してから、この辺りにはほとんど来てない。

 逆に寛ちゃんは、撮影ポイントを探して休日出勤の帰り道とかに散歩をしているらしい。その延長上で、絵美莉の店が入っている新町ビルを見つけたわけで。 

 この店を見つけたのも、隣の薬屋さんを撮らせてもらう交渉をしたことがきっかけで、ご隠居さんに連れて来られたとか。 

 ここはやっぱり、詳しい人のお勧めポイントを教えてもらおう。


「うーん。この辺りで、香奈さんが撮るのにお勧めだとすると……」

 ゆで卵を剥いていた彼は、思案顔で首を傾げる。

 意外と寛ちゃんて、不器用だ。あああ、白身がボロボロになっている。

 なんか……かわいいかも? と考えながら、トーストを一口。

 さっくりとしたトーストの歯応えに、実家の朝食を思い出す。 

 そういえば、一人暮らしを始める時に予算の関係で、トースターを後回しにしたまま買っていない。無くてもまあ、なんとかなってしまっている。

 カビが生えそうで、食パンなんてわざわざ買わないし。


 サラダのトマトにフォークを刺した反動、だろうか。

「あ、そうだ。この店の裏? だったかな? お寺があったはず」

 寛ちゃんの好きそうな場所が、記憶の底から顔を出す。

「この裏?」

 あれ? 記憶違いだったかな? 古そうなお寺だから、寛ちゃんも見つけていると思ったのだけど、怪訝な顔をされてしまった。


「二筋東の通り沿いですね。ここからでしたら、駅前通りとは逆方向へと進んでもらって、次の路地を……」

 手が空いたらしいマスターが答えてくれた。あ、店の裏だったら西側になるはずだから、逆方向か。

「ああ、秋にフリーマーケットをしている……?」

 寛ちゃんにも、分かったらしい。

「そうです。うちの店も、スミレベーカリーさんと一緒にイートインで出店していることが多いので、良ければまた」

 さりげなく宣伝をしつつ、マスターがドリップペーパーを折って、コーヒー豆をセットしている。

 へぇ。ある程度の量を、前もって落として準備をしているんだ。いつもなら、豆も注文を受けてから挽いているのに……。

 これも効率化だ、と思いながら、トーストを一口。

「そのトースト、スミレベーカリーさんのパンなんですよ」

 おお。これ、そうなんだ。

「どこにあるんですか? スミレベーカリーって」

 話の流れに乗って、訊ねてみる。

「この通り沿い、北通りとの角です。ああ、そこから西……お寺とは逆方角に”ふれあい水路”があるので、写真を撮るのにいいかもしれませんね」

 えーっと。お寺に行ってから水路に行って。寛ちゃんが仕事に行ったあとは絵美莉の店を訪ねる予定なので、スミレベーカリーで二人分の昼食を買ってから、駅へと向かう。 

 うん、いい感じに予定が立った。



 いつもとは雰囲気の違う、朝の顔をした喫茶店では長居が憚られて、食べ終えたら速やかに店を出る。マスターに教えてもらった道順通り、路地を東へと入る。

 記憶から引っ張り出したお寺は、降り注ぐ蝉時雨の中、真夏の顔で私達を迎えてくれた。

「これは、フリマ余裕で開けそう……」

 仁王門から続く石畳の参道は、本堂の前でゆったりとひらけていて。気候の良い秋晴れの日に行われるフリーマーケットでは、さぞかし賑わうのだろうと思わせる。

「香奈さん、フリマに行ったりする?」 

「フリマっていうか……絵美莉が出店するハンドクラフト系のイベントには行ったことがあるから、そのイメージなんだけど」

 フリマって多分、あんな雰囲気なんだろう。 


 手水舎で手と口を清めて、お参りもする。 

 去年の寛ちゃんみたいに、『無断撮影』をやらかすわけにはいかない。相手は仏様なんだから、礼儀は大切。


 その後は寺務所の方へ回って、カウンターのような筆記台の上。『御用の方は、押してください』と書かれた呼び出しボタンを寛ちゃんが押すと、チャイムに応えて牡丹色の作務 衣を着た女性が現れた。

 高校生の保護者くらいの年齢に見えた彼女は、住職の家族かな?

 『写真を撮らせて欲しい』とお願いする私達に、いくつかの注意事項と一緒に撮影許可をくれた。

 これで、安心。

 無駄なトラブルは、避けておかないとね。


 撮りたいモチーフが違うだろうから……ってことで、一時間後に落ち合う約束で別行動。

 ひとまず私は、寺務所から枝折戸へと続く生垣と、その足元に置かれたアサガオの植木鉢を撮るべく、しゃがみ込む。

 あ、しまった。斜め掛けにしたショルダーバッグが邪魔。リュックにしておけば良かった。

 足元は動きやすいようにジーンズとスニーカーって、考えたのになぁ。


 お寺の建物を私が撮ったのは、ほんの数枚だったと思う。なんとなく、あっちは寛ちゃんのテリトリーのような気がするし、私自身が生き物を撮るのが好きだし。

 なので自然と本堂脇のクスノキ越しに見える鬼瓦、なんてものを撮ったりしていて。

 何気なく目をやった鐘撞き堂。鐘を釣ってあるらしき梁をを見上げている彼の真剣な顔に思わずカメラを構える。

 息を殺して、一枚だけ。シャッターを切る。

 我に返って、苦しいほどの鼓動に気づく。


 撮ってしまった。  

 今、手の中にある小さなSDカードには、切り取った彼の一瞬が閉じ込められている。


 この一枚は寛ちゃんにも見せたくない。と思いながら、背を向けて。

 蝉時雨の中、本堂の正面を横切る虎ネコの後をついてい く。

 あと十五分で、一区切り。約束の時刻までに、もう少し撮っておきたい。



 携帯電話のアラームを止めながら向かった本堂の脇では、さっき私が撮った楠の陰で寛ちゃんがフイルムを巻き上げていた。

「使い切ったんだ?」

「あと三枚残っては、いたんだけど。ここ、ちょうど良い感じで日陰だし」

 撮っている間にかなり上ってきた太陽が、本堂前の石畳を白く灼いている。フイルム交換には気を使う明るさだと、手庇を作って、山門の方を眺める。

 こういう天気の時にはたぶん、逃げ水とかが見られるのだろうけど。知識として知っているだけで、現実には見たことがない。



 途中の自販機で買ったスポーツドリンクを片手に、マスターお勧めの”ふれあい水路”ヘとそぞろ歩く。日焼け止めは塗ってきたし、メイクもしているけど、帽子が欲しい!

 今日の帰り道で買うこと、と、脳内にメモをしつつ、なるべく建物の影を辿るように歩く。


 “ふれあい水路”では、名前のわからない小魚が泳いでいて。それを狙っているのか、可愛らしい瓢箪池の傍では足の長い鳥がじっと水面を睨んでいる。

 脅かさないように、静かに二枚ほどシャッターを切ったところで、自転車に乗った中学生くらいの男子が二人、通り過ぎて。鳥は何も獲らずに飛び立ってしまった。

「あー、もう少し撮りたかった……」

 瓢箪池の向こう側、橋をかけるように渡してある歩道からの構図も、良さそうだったのに……。

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