7話
あのあと、本気で死ぬかと思った。
これは喩えでもなんでもない。ガチで死ぬかと思った。正確に言うのであれば、死ぬかもしれない体験をした、というべきかもしれないな。
簡単に言えば、食料調達。すなわち狩り。
我らが誇る日本でもね。猛獣での被害ってのは存在する訳で。狩りの最中に怪我をするのかしないのかは、一般人である僕には知りえない事だが、少なくとも、こういうのは素人がやすやすと手を出して良いものではないというのは確かだ。
まあ僕は別に、手を出してない。まあ足を引っ張ったかもしれないが、付いて来いと言ったのは向こうだから、そこは気にしなくても良いだろう。
問題なのは、この世界の動物は、僕が知るような動物ではなく、まさしくモンスターだという点だ。僕の知識にギリギリ当てはめた感想でよければ聞いてもらおう。
牛のような見た目をしているものの、とても立派な角&牙が存在しており、全長3m弱あった。勿論こんなのに追いかけまわされたら、僕はすぐ死ぬ。生きているという事は、すなわち追いかけられなかったという事だが、まあいかんせん平和ボケした日本出身。野生の、それも牙から血が滴っている野生の獣に睨まれるだけで、軽く足が震えて、結構ガチ目な叫び声が出るところだった。出なかったのは単純に、馬鹿程ビビったせいで、声すら出なかっただけだ。
あとは、ウサギのようなリスのような、小動物と分類されるような、それでいて一切可愛くない小動物。こいつらは動きが素早くて、最早僕には目で追う事すら敵わなかった。まあそんな馬鹿速い動きをする動物、いやこの場合は魔物と言うのが良いのか?とにかくそいつを、ベイル殿は一投もミスる事なく、確実に仕留めていた。僕にはそれがとても恐ろしかった。
そして晩御飯は、狩った魔物を解体して、美味しく頂いた。
牛のような魔物は味こそ絶品だったが、とにかく硬かった。別に嚙み切れないとかじゃないんだけど、普通に1分ぐらいはもぐもぐしている必要がある程度には硬かった。顎が疲れた。
ウサギのようなリスのような、小動物ほどの大きさの魔物は、普通に美味しく、普通に食べやすかった。
あとはその辺りで採れた山菜。正直、これが一番うまかった。別に山菜だけで食べた訳じゃく、肉と炒めているのだが、その山菜がうまかった。苦味が無く、普通にうまかった。僕の語彙では、うまさを表現できないが、とにかくうまかった。
そして就寝。
まあ仕方がないのだが、ここは丘に建てられた平屋。部屋なんてろくになく、ログハウスのようなものだ。だから、必然的に、皆が一緒に、川の字になって寝る事になった。
これがまぁ、困る。まず必然的に、自分で励ましてやることができない。どうしても動けばごそごそ音が出るし、もしそれに気が付いていなくとも、ちょっと目を覚ましたとかでその場を目撃されれば困る。
次に、ベイルさんが普通にヤバい人だった。うん。裸族、とまではいかなくとも、普通に下着で部屋をうろちょろできる人間だった。相手が気にしてなくても、思春期真っ盛りの男がいるんだから、そういう行動は抑えて欲しかった。それか最初の1週間ぐらいは、そういう危なさを隠すとか。
結果的に、別に夜は眠れはしたが、イライラしたまま寝る事になった。
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日課となった、剣の素振りをしている。
もうかれこれ1週間は経った。まだ普通に疲れはするが、軽い考え事ならばしてても、ちゃんと素振りが行えるようになってきた。
で、いよいよ目を逸らしていた問題に、焦点を当てる。
そう。お金を。お金を集めないといけない。
現状、別に自給自足の生活は成り立っている。だから無理してお金を稼ぐ必要はないと言えばない。だが、この自給自足はあくまでも衣食住の食の部分であり、衣の部分は違う。
まあ牛っぽい魔物だったりを狩ってるから、皮をなめして服を作れば良いだとろか思うだろうが、いやいや、そんな知識は僕には存在していないし、もし仮にベイルさんが知っていたとしても、そんなところまで頼る訳にはいかない。
ただでさえ、住む場所の提供から食料も提供してもらい、望んで無かったが戦い方まで教えてもらっている。そんな状態で、服までどうにかしてくれとか頼んだら、流石に僕の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになり、なんか居辛くなる。
それに、お金があれば、この辺りじゃ採れないような野菜だったり食べ物を買う事もできる。
とにかく、お金があって困る事はない。
「つっても、僕にそんな、お金を稼げるような特殊技能も無ければ長所もないしな」
悲しい事に、僕は平凡な人間だ。目だった長所だったり特技だったりが存在しない。だから長所を活かした働き方、というのもできやしない。
まあしっかりと、丁寧に教えてもらえれば、よほど難しい事でなければ、人並みにはできるようになる。まあ人並みにしかできないから、わざわざ僕を雇う必要性もない訳だが。
「さてどうしたものかな」
うーん。こんな我儘が通るはずもないが、出来れば楽な方が喜ばしいんだが。そんなものは存在するだろうか?ないだろうな。さてどうしようか。
「そもそも、僕が僕である以上、雇ってもらうってのも無理な話かぁ」
なんと言っても、僕がここで、こうして剣の素振りをしている理由は、貴族から命を狙われていて、対抗できるようにと鍛えていて、こんな場所にいるのはその貴族達から姿を隠すため。
雇う側は別になんとも思っていなくとも、貴族が僕がそこにいると察知すれば、すぐに暗殺者だったりが向かってくる可能性もあるからな。
さて本当にどうしよう。お金を稼ぎたいが、稼ぐためには町に出る必要があり、町に出れば僕の事が気に食わない貴族達の目に付いてしまい、ここで隠れている理由がパーになる。
「はぁ。ベイルさんに聞くかな」
それがほどいい気がする。
無理して金を稼ぐ必要もないって言われるだろうけど。
「ん?別に良いぞ」
「え?でも、ここで隠れてる理由って、僕が見つからないようにするためじゃ」
「そりゃお前、変装も無しで外に出る事は許さないが、変装すれば大丈夫だろうよ。幸い、お前の顔は割れてないんだ。もし仮に貴族側にバレていたとしても、お前を犯罪者に仕立て上げられるほどので出来事が無いから、市民にお前が勇者見習いであることはバレやしない。まして変装もすれば、問題ないだろう」
「あ、そうなんですね」
正直言って、僕には変装と言うものを一切信用していないのだが。まあそもそもの話、僕が誰だかほとんどの人に知られていないのだから、軽い変装だけで偽装はできる訳だ。
「目はどうしようも無いからな。やるなら髪だな」
「髪というのは、染めるのでしょうか?」
別に染めたくない訳ではないのだが、いかんせん僕はオタクの陰キャ。茶だろうが何色だろうが、染めるという行為自体に忌避感があると申しますか。
「まあ別にそれでも良いが、現状ここにある物で髪を染める事は難しいからな。あと私のようなシルバーに近いピンクだとかの、色が入りやすい色ならまだしも、黒だからな。そう簡単に染まらないだろ」
「まあ、確かに」
一体あの人が何を考えているのかわかっていないが、確かに赤だとかオレンジだとかの色にしようとすれば、一回はブリーチを挟む必要があると聞いたことがあるような気がしなくもない。
「ほれ。これを使え」
「……。カツラですか」
「だな」
「こういうのは知らぬが仏な気がしなくもないですが、この毛は、えー、人工的に作ったものでは、」
「私の髪の毛を使っている。なに、問題ないさ。ちゃんと綺麗にしている」
そういう問題じゃないんだけどな。
こう、気持ち的に、別に潔癖ではないけど、気持ち的に。他人の髪の毛を、被るというのは、なんというか、その、少しばかり抵抗があると申しますか、なんというか。
「えっと。少しばかり、長髪な気がするのですが。これを僕が使うのですか?」
「ん?別に切ってもらっても構わないさ。昔はこれでカツラを作って、別の髪色にすればバレないかもと考えていたが、まあ私の顔はあまりにも知られているからな。今更髪の毛の色、長さを変えたところで、バレるだろうしな。だから好きなように使うと良い」
……。そういう事ではないんだけどな。
まあ自分の好きな長さにして良いというのは、別に良いのだが。僕としては、なんの変哲もない日本人の平べったい顔をしている悲しい悲しい人間が、ピンクの髪にする必要があるというのが嫌なのだが。
「それで、なにか働き口にあてはあるのか?」
「当てがあると思います?召喚されて実質的な幽閉を喰らってる僕に、そんな当てがあると思います?」
「そうか。まあ私も仕事を紹介できるような立場じゃないからな。なんとかしてくれ、としか言えないが」
でしょうね。うん、でしょうね。
だってこの人、犯罪者と言う事になってるもんね。ええ。仕事を紹介して、そこで雇ってもらえるような関係の人が存在しているのなら、そもそもこんな場所での隠居生活はする必要はないだろうしね。
「ああ、そうそう。働くのは構わないが、鍛錬は続けろよ。というか、もうすぐすれば、魔法の鍛錬に剣での対人戦にと、今まで以上に忙しくなる予定だからな」
「マジですか」
「まあ魔法の鍛錬の疲れるは、ただ体を動かすだけではないからな。多分、想像以上に疲れる事になる」
まあ、魔法はね。疲れるとかは置いておいて、普通に使えるようになるのなら、努力は惜しみたくないから。
「良いお湯でした~」
「ほれ、さっさと風呂に入れ」
「はいわかりました」
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