2話 勇者たち
どうやら、与えられた部屋は一つしかなく、3日間この部屋で、3人で過ごす必要があるらしい。
まあ、誤解しそうだが、別に間違いはおきないだろう。なにせこの部屋、部屋と言うにはあまりにも広すぎるというか、でかすぎるというか。
簡単なイメージ、滅茶苦茶豪華なスイートルームみたいな感じだ。客室として入ったその部屋は、トイレは勿論、冷蔵庫のようなものに食べ物も入っていて、簡単なものなら作れる程度のキッチンとその他道具、シャワールームもあり、ベッドルームとリビングとは別の部屋になっている。とにかく広い。
びっくりするほど広い。
広いです。はい。
「部屋はどうする?」
徳川が聞いた。
けどそんなの決まってるだろ。
ベッドはベッドルームにしかなく、そして鍵付きの部屋もまた、ベッドルームのみ。あいや、シャワールームにも鍵は付いているものの、あれは部屋カウントしてはいけない。もしその空間だけで過ごせというのなら、それは軽いいじめだ。
「伊織がベッドルーム、僕と徳川がリビングで寝るのが一番だと思う」
「……、そうだな」
「え、でも、布団もないんじゃ」
「ソファがあるだろ」
「え……」
幸い、ソファも僕のような庶民に想像できるようなものではなく、とてつもなく大きいソファがある。それも3つもある。
このソファは、恐らく3人用。明らかにもっと座れるだろうが、あるじゃん?ソファの前に、足を伸ばすために使う台みたいなあれ。あれが3つある。まあこれが2人で1つを使うのなら、このソファは6人用に変わるが、まあそんな事はないだろう。多分。
でまあ、そもそも3人用のソファなら、寝るには十分な大きさをしている。だが想像以上の大きさのソファだ。もうベッドみたいなもんだよ、これは。
「徳川も、ベッドじゃないと眠れないなんて言わないよな?まあ言ったとしても、ベッドのマットをこっちに持ってきて、ここで寝る事になるけど」
「そうだな、わかっているさ」
「んじゃ、そういう事で」
僕は、徳川とも、伊織とも仲良くない。いや、この言い方は誤解を招くか。そもそもが、仲が良いだとか、悪いだとかの段階じゃない。ただの知り合いだ。
だから、僕からは必要でない限り、彼等に話しかける事はない。友人ならばまた違うだろうが、彼等はあくまでも知り合いだ。
正直、僕は彼等と話したくない。いやまあ、うん、話せと言われたら話すよ。でも、うん。陽キャとはそもそも会話が合わないからね。陰キャである僕と話しても、なにも生まないし、こっちも陽キャと頑張って話すと疲れるだけだし、うん。話したくない。
「山田太郎」
「なに?」
「お前は本当に、逃げるのか?」
「あ?」
なんの話をしているんだ、こいつは。逃げる?なにから?
ってかそれ、重要か?何から逃げるのか知らんが、なにかやるつもりなら、僕は頭数に入れないで貰いたい。
陽キャたちはクラスで打ち上げとかする時、当たり前のように陰キャを頭数に入れるが、正直言って迷惑だ。陽キャは陽キャで、陰気な奴なんかがいたら楽しめないだろうし、陰キャは陽キャの機嫌を損ねないように頑張る必要があるし。なんならそもそも、どうせ打ち上げなんてしたら、陰キャと陽キャは別々に楽しむ事になるんだから、それならもう陰キャを呼ぶなって話だ。
「勇者としての責任から逃げるのかって聞いているんだ」
「ん?それは言ったろ。僕はたまたま二人の召喚に巻き込まれただけの一般人だ。どうせ足手纏いになるだけなら、さっさと舞台から降りる。スポーツをしてる人にならわかると思うけど?」
まあスポーツなら舞台から降りる必要はないものの、使えない人間がいつまでもレギュラーにいられないのは常識だ。使えるから、レギュラーにいる。それだけのことだ。
そして僕は、その使えない人間だ。僕に勇者として呼ばれるほど、立派な人間性も持ち合わせていないし、そんな強靭な肉体を持っているとも思えない。
だから降りる。
まあ、見る人から見れば、逃げると思っても仕方ないだろう。けど結局、僕なんかが居ても足手纏いなだけだし。彼等の邪魔をしないためにも、僕はさっさと勇者なんて肩書は捨てるべきだろう。
「お前は、あの人の話を聞いても、逃げれるのかって聞いているんだ!」
「なに怒ってるんだ、あんた」
陽キャの生態を理解することができる日が来るのだろうか。
「お前、ふざけるのも大概にしろよ!」
「は、ちょ、ちょっと待てよ。ふざけるとか、ちょっと冷静になれよ」
「冷静!?おまえが、こうさせたんだろ!」
いやマジでどうしたんだよこいつは。僕が一体何をしたっていうんだ?人の青春を覗き見た事か?あんなの不可抗力だろ。僕は悪くない。
「待て、落ち着け。僕たちは理性ある人間だ。話し合おう」
陽キャにダル絡みされる事はあっても、こんなガチギレと言うか、意味不明な状態を押し付けられる事なんてなかった。ってか陽キャって無駄に広い心が特徴じゃないの?
「……、ふうぅ。お前は、本当に逃げるのか?」
これは、勇者の責務から逃げるのか、って質問だと受け取って良いんだよな?
僕は別に、逃げるという認識ではない。だって、僕にはできない事なんだから、僕がやらないのは不自然じゃない。
最初は誰もが初心者で、できる訳じゃないと言われたら、まあその通りだろう。けど、それは現状、屁理屈だ。サッカー選手に野球をやれ、と言っているようなものだ。役割が違う。まあ僕にはサッカー選手というご立派な役割なんて持ってないが、要はそういう事だ。
僕はただの一般人。相手が求めているのは、ただの騎士ではなく、現状を打破してくれる勇者。どう考えても、僕に務まる役割ではない。
だから、僕はやらない。結果として逃げたと言われても、まあしょうがない気はする。自分で色々と考えていて、結局逃げてるだけだと、そう思ったし。
「正直言って、僕はあんたの望む答えは言えない。そもそもの話、もし仮に僕に勇者としての力があったとしても、僕は勇者なんて役割は引き受けない。なんたって、僕は僕が大切だからだ。わざわざ死地へ向かうような事はしたくない」
まあ、これは生まれ育った環境が影響しているだろうが。
「そうか、残念だ」
「ああ、うん。残念だ」
王様からの支援を受けられなくなるもんね。ものすごく残念だよ。
まあ、1年分のお金は支給してくれるらしいし、とりあえずしばらくは大丈夫だろう。まあ大丈夫なのも1週間やそこらだろうけど。
だってもしチンピラたちに絡まれたら、有り金だったりその他諸々盗まれるだろうし。この世界がどうか知らないけど、どーせ日本の治安が良すぎて、どこの世界に行こうか治安は悪く感じるだろうけど。
「失礼します」
誰かがやって来た。
さっきまでの不穏な空気も、これで一旦は帳消しになるだろう。まあ一応は話は終わったし、問題ないと思う。
「私はパーラと申します。以後、あなた方のお世話を任されました」
びっくりするぐらい、メイドだ。何と言うか、メイド。
あと素晴らしいぐらい美しい。綺麗とか可愛いとかじゃなくて、美しい。生きている人間に対して使う言葉ではないのはわかっているが、なんか芸術品のような美しさがある。とにかく美しい。
「まずはパラメータを測定します」
「パラメータ?」
「簡単に説明すれば、筋力や素早さを数値化したものです」
ゲームみたいだな。
「こちらに血を一滴垂らしてください。あとはすべて、これがやってくれます」
これってのは、なんか箱のようなものだ。黒い、箱だ。わかりやすく、ブラックボックスとでも言ってみよう。
「じゃあ、先に俺が」
徳川が先にやってくれるらしい。
「こちらをお使いください」
「どうも」
徳川が渡されたのは、まあよくある針だ。裁縫に使うような、普通の針。
まあ血を流させるだけなら、そんなおおそれたものなんて使う必要はないからな。針で十分だろうけど、まあ普通の感性を持ってる人間ならば、多少の痛みだろうが受け入れがたいものだ。普通ならば、針を刺すのを躊躇うものだろうさ。
まあ、どうもサッカーなんてスポーツをやっていたおかげなのか、徳川は一切の躊躇なく、自分の親指に針を突き刺した。おっかね。
「お、なにか出たぞ」
この箱、日本にあるものよりも凄い技術があるんじゃないのか?
なんて言えば良いのかな。AR、が正しいかな。ホログラム、かな?うん。とにかくそれだ。その映像っぽいのが、ブラックボックスから出力されている。
そしてそこから見える数値は、
力111 体力103 魔力198 精神120 運30
うん。僕わからないよ。
「す、すごい」
どうやら、パーラさんの反応からして、これは凄いらしい。流石は勇者と言うべきか、なんというか。
「流石は勇者様」
「あの、これってどのぐらい凄いんです?」
「説明は難しいですが、そうですね。国内でも有数な魔法使いと同程度、いや恐らくそれ以上の魔力の数値の高さに、剣などの武器を使って戦っても一流と呼ばれる程度の力の高さです」
「そうか、それはよかった」
……。僕は他人の生き方にあれこれ指図するつもりはないが。こいつは、本気で勇者として、魔王と戦うつもりなのだろうか。まあ別に他人だし、何をしようが僕には関係ないけど。
「ですが、これはあくまで数値。数値では表せない事なんて沢山ありますから、くれぐれもお気を付けください」
「ああ、わかりました」
ってか、運って数値化されるんだ。もし運が低かったら、博打とかって、やっぱり外しやすいのかな。
「こちらは、トクガワ コウキ様のステータスカードになります」
「なんです、それ」
「こちらはステータスを確認するカードになります」
「えっと、ステータスってのは?」
「ステータスというのは、先ほど確認したパラメータや、自身が使える魔法、あとは自身の能力を確認することができます。そしてこちらは偽造が不可能なため、身分証明にも使えます」
「なるほど?」
この世界には、魔法やら能力やら、色々とあるらしい。けれど、僕には無縁の話だろう。どうせそんなのを使えるような才能はないだろうし。
「次はどちらの方が?」
「私が」
やられた。
何回でも言ってやるが、僕は恐らく、勇者召喚に巻き込まれた一般人だ。ええ、ええ。一般人ですとも。だから僕がトリとかやっても、なんの面白味もないというか、恐らくただ悲しい思いをするだけだ。
「自分で自分を刺すなんて気が引けるな」
それが当たり前だと思う。
「私がやってもよろしいですが、やはり本人でなければ、加減ができませんよ」
「うん、そうだよね。わかってる」
ちょっと躊躇ったけど、結局はそんなに時間もかけずに、さっさと自分の親指に針を刺して、血を流す事に成功していた。
「これまた、凄いですね」
伊織のステータスは、さっきとはまた違っていた。
力373 体力151 魔力3 精神9 運34
この特化ぶりと来たら、うん。凄いな。
「これだとなんだか、私、打たれ弱い感じがする」
「この数値はどれも戦闘に関する情報になります。本人の感情の数値ではないので、その心配はないと思います」
「それなら良いけど」
……。
てか当たり前のように馴染んできてるけどさ。なんで異世界来たのに、こんなに落ち着いていられてるんだ、僕たちは。いやだって、え?どう考えても不可解な事が起きているだろ。
「イオリ カナデ様、こちらを」
「ありがとうございます」
そして当たり前のようにステータスだパラメータとかを受け入れて、それを確かめようとか言うこの状況に疑問を抱いていないのもなかなかにヤバい気がする。
まあ、もう、異世界転移+勇者のせいで、頭がパニックを起こし、目の前の出来事を受け入れるしかないのかもしれないな。
「では、次の方は」
嫌だわ。すっごい嫌だわ。勇者二人の後とか、すっごい嫌だわ。絶対に嫌だ。
けれども、最後まで残ってしまったのだから、仕方がない。やるしかない。
「はいはい、これで良いんでしょ」
針を刺すのに躊躇いはあったが、まあ、もう逃げられない定めに従った。
「これ、は、」
さて。僕のステータスは期待しないで見てもらいたい。
力70 体力70 魔力70 精神70 運70
うん。普通だね。いや普通なのか?
「えと、運が、他の人よりかなり高いですね」
「あ、そうなんですか」
どうやら普通ではない箇所もあったようだ。とても嬉しいね。初めて普通じゃない事ができた。
因みにですが。太郎のパラメータは、初心者騎士のパラメータと同じぐらいではあります。
まあ鍛えればパラメータも上がりますからね。悲観することはないですよ、主人公。