そこにいればいいよ
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この町の公園では、『かくれんぼ』を行ってはならない。という暗黙のルールがある。しかしそれを言い聞かせているのは大人であり、いつの時代でも禁止のルールに逆らうのが子供である。
時代とともに理由は廃れていき、いつしか何故禁止なのか、その理由を子供たちへ伝えられるものは少なくなっていた。
そして理由がよく分からないのであれば、律儀にそれを守る子供も少ない。自身の中で納得できないのであれば、そのルールは簡単に隠されてしまう。
◆◇◆◇
「ねぇ、次はかくれんぼしない?」
「いいの? やるやる!」
「やりたーい!」
ひかげがふえた夕方、色鬼も影鬼もやりつくして、たぶんみんな走り疲れたんだと思う。持ってきた飲み物を飲んで、少し休憩を取ると、すかさず有希ちゃんが声を上げた。
有希ちゃんは頭も良いし足も早い。みんなが有希ちゃんに賛成してる。わたしは足が遅いし、よく鬼役になるけど、それでもかくれんぼをやるよりはマシだった。
わたしはかくれんぼが大きらいだ。
だけどそんなわたしを無視するように、みんなはやろうやろうと盛り上がっている。
「バレたらどうするの? 怒られるよ?」
「大丈夫、だまってればバレないよ」
「ダメっていうのは大人の都合なんでしょう? 大人はかくれんぼしないからいいけどさぁ」
遠まわしの反対では、効果はないみたい。
──わたしたちの町では、かくれんぼが禁止されている。理由は知らない。ママは教えてくれなかった。他のみんなも知らないっぽい。
「チョコちゃんは? チョコちゃんもやるでしょ?」
有希ちゃんがにっこりしながら言う。有希ちゃんはイジワルだ。わたしがきらいなこと、知ってるくせに。
「……ん。ちょっと休んでからやるね……」
下を向いて言った。有希ちゃんの顔見るのはイヤだったから。だからどんな顔をしてたのかは分からない。でもそんなわたしの頭を、ポンと撫でてから、有希ちゃんは鬼を決めるジャンケンをし出す。さっきまではわたしが鬼だったから、決めなおすんだろう。
ジャンケンで負けた冬治くんが、わたしのとなりで顔を伏せる。十までは大声で数える。そのあと、小声で百まで数える。「もういいかい?」「もういいよ」のやり取りはしないことになっている。大人にバレないように、子どもだけで新しいルールを決めた。
これを悪知恵と言うなら、かくれんぼをしないというちゃんとした理由を教えてほしい。今なら、きちんと聞いておくんだったと心底思う。
「ね、千夜子ちゃんはどうしてかくれんぼしないの?」
小さな声で問う。わたしはみんなが隠れている様子を見てるけど、冬治くんは腕におでこをくっつけたままだ。
冬治くんはお父さんの仕事で、たくさん引っ越しをしているらしい。遊ぶのは今年が初めて。わたしは言うかどうするか、ちょっと悩んだ。でも有希ちゃんも基くんも、他の子たちも知ってるからいっか、と思って話した。
「前にかくれんぼした時、誰にも見つけてもらえなくて、お父さんとお母さんに探されて、めちゃくちゃ怒られたの。かくれんぼしてたから、子どもはみんな怒られたし、誰にも見つけられないところに隠れたことも怒られて、イヤになっちゃったの。それから、やっても一回か、二回くらいかな」
トラウマになったことを話したら、冬治くんはよくわからない顔をした。
「ふぅん。そうなんだ……」
それだけ言って、みんなを探しに走っていった。
はぁ、とため息がこぼれたのは、久しぶりにかくれんぼが嫌いな理由を話したからかな。あぁ、イヤだな。やりたくないけど今帰るのもイヤ。鬼ごっことか高鬼とかやりたいけど、走ってばっかじゃ疲れちゃうもんね。缶けりは、隠れてもすぐ見つけてもらえるし、飛びだしてけりに行ってもいいし……。そうだ、缶けりすればいいんじゃない!?
一人でそう考えてうんとうなずいていると、基くんが見つかって戻ってきた。冬治くんと何か話してるけど、ニコってかんじじゃない。どうしたんだろ?
冬治くんはそのまま反対側へ走っていって、基くんはとなりで座ってる。そうして有希ちゃんも他の子もすんなり見つかって、次の鬼は基くんだ。
わたしが張り切って缶けりの提案をする前に、冬治くんはわたしの手を取った。
「次は千夜子ちゃんもやりまーす!」
「えっ!?」
「えっ!?」
わたしと誰かの声が重なる。びっくりしてるのはわたし。基くんも有希ちゃんも普通だ。わたし、当人だよね?
だけど基くんはさっさと数えだした。声に反応して、みんな散らばっていく。
「ほら行こう! 隠れなきゃ」
冬治くんはわたしの手を引っ張ったまま走る。ちょっと! さっきの話、ちっとも聞いてくれてないじゃない。
「ちょっと、冬治くん!?」
「大丈夫だよ。僕のひみつの隠れ場所を教えてあげるから。そこでじっとしてたら、必ず見つかるし、僕が見つけてあげるよ」
え……冬治くん、もしかしていい人?
そうして連れてきてもらったのは、わたしも知っている “オバケ木の根” だった。危ないから根っこには近づいちゃだめだって言われている所。
「ここだよ」
あ……冬治くんいい人じゃないっぽい?
わたしが警戒していると、冬治くんはフッと笑った。
「木の根の中は危ないから、こっち。木の陰に隠れるといいよ。見つけてほしかったら背中とかお尻とか出すといいよ。今の千夜子ちゃんの服装ならすぐ見つかるよ」
それだけ言うと、冬治くんは木の根の近くのしげみにもぐった。そろそろ、基くんが探しに来るころだもんね。
ちょっとビクビクしながら息をひそめてじっと待つ。しげみにかくれてた冬治くんはあっさりと見つかり、顔を出していたわたしも見つかった。
「チョコちゃんみーつけた!」
そう言ってもらってホッとしながらオバケ木の根を下りる。
「顔出してたらさすがに分かるよ?」
「もっとまじめに隠れなくちゃ」
「……はーい」
怒られちゃったけど、でも楽しかった。
大人に内緒のかくれんぼ。見つかるかな? 隠れていられるかな? そう思っていられたの、とても久しぶりだ。有希ちゃんとも目を合わせてにっこり笑えた。良かった。嬉しい。
そう思いながら、次のかくれんぼ。今度はさっき冬治くんがいたしげみに入ろうと思って、こっそり隠れる。オバケ木の根に隠れるのは、冬治くんと有希ちゃんくらいで、他の子は近づかないところ。
──あれ? まって。オバケ木の根って、たしか怖い話とかなかったっけ?
一人でしげみの中で震えてると、声がした。
「あれ? いないや。もうちがう場所に隠れたんだ?」
「冬治くん、なんでチョコちゃんをさそったの?」
一人は、冬治くん? もう一人は……。
「誘わないほうが良かった?」
「だってチョコちゃんがかくれると見つけられないし、そのせいでみんな怒られたし。もう少し加減してくれればいいのに……。迷惑なんだよね」
──めい、わく? わたし、みんなの迷惑なの?
二人はそのまま違う方向へ行ったみたいだった。頭の上から降ってきた声がずっと、耳のそばで留まってる。
『迷惑なんだよね』
「千夜子ちゃん、みんな迷惑してるんだって」
聞こえていたよね? と、確認するような声が届く。
待って……もう言わないで……。
怖くて手がふるえる。しげみから出ていきたいのに手も足も震えるばかりで力が入らない。
「千夜子ちゃんは体調不良で先に帰ったって言っておくね」
まって!! やめてっ!!
ふっと目の前が真っ暗になった。
しげみの入り口を隠されて本当に真っ暗だったけど、何より本当に出られなかった。なんで!?
進みたくても進めない。
出たくても出られない。
あぁ……やっぱりかくれんぼは大きらいだ。
◆◇◆◇
チョコちゃんが行方不明になってから五日後。チョコちゃんはオバケ木の根から見つかった。
とても弱っていて、かなり危険な状態だったみたい。今も、まだ入院してる。
チョコちゃんの足はなぜか根っこに絡まっていて、もがいて苦しかっただろうってお父さんたちが噂してた。
それからあたしたちは、かくれんぼをしなくなった。怒られたことはもちろんだけど、あたしも基くんも他の子たちも、みんな怖くなった。
あれだけかくれんぼを嫌がっていたチョコちゃんが、どうしてオバケ木の根に隠れたのかは分からない。どうしてもっと明るい、隠れやすい場所にしなかったんだろう。あたしはずっと考えている。
冬治くんはチョコちゃんが見つかる前に引っ越ししてしまった。お家の都合ってお母さんは言ってたけど、ヨニゲって言ってる人がいることも、あたしは知っている。
チョコちゃんはほとんど喋らなくなってしまった。今日は基くんと二人でチョコちゃんのお見舞い。あとクラスのプリントを届けに来た。でも。
「や、やっぱりぼく帰る!」
部屋番号を見るなり、基くんは走って出ていってしまった。
どうしたの? なにかあるの?
そう聞きたくても、もう誰もいない。一人きりの廊下で、扉をノックした。
「失礼します。チョコちゃん? いますか?」
チョコちゃんは背中をまっすぐ伸ばして座っている。ずっと窓の外を見つめていて、あたしを見ない。
そっと、チョコちゃんの視線をさえぎるように窓の前に立ってみた。それでもまだあたしを見ないから、自分の右手でチョコちゃんの左手を握り、右肩に左手を乗せて耳元でつぶやいた。
「チョコちゃん、みーつけた」
聞こえているのかいないのか、何も起こらない。でもあきらめない。いっしょに走り回れなくても、少しでもおしゃべりしたい。このままあたしのこと忘れるなんて許さない。もう一度チョコちゃんの左手をぎゅっと握って目を合わせるように少しかがんで声をかける。
「また来るね、チョコちゃん」
「あら、有希ちゃんもう帰るの?」
チョコちゃんのベッドから離れてすぐ、おばさんに声をかけられた。
おばさん、疲れてる……。
お母さんにすぐ帰ってくるようにと言われてることを伝え、プリントを渡す。お辞儀をして部屋を出ようとして、その小さな声に気づいた。
「……ゆき、ちゃん?」
おばさんと一緒に、バッとふり返る。あたしもおばさんも、声の主はそこにいるって分かってる。
「千夜子!! 千夜子!! 分かる??」
「チョコちゃん!! チョコちゃん!!」
二人でかけよって声をかける。おばさんはあわててナースコールを押した。その間も、あたしはチョコちゃんを呼び続ける。
「チョコちゃん帰ってきて!! 戻ってきて!! チョコちゃんどこにも行かないでっ!!」
必死に叫びつづけて、お医者さんが来たとき、あたしは帰るように言われた。だけど分かってる。帰るときにもう一度 “ゆきちゃん” って呼んでくれた。それだけで、あたしは元気になれる。
帰ってから、お母さんにチョコちゃんのことを話す。次の日学校へ行って、クラスのみんなにも目を覚ましたかもしれないと、ゆきちゃんと呼んでくれたことを話す。みんなもすごく喜んでくれたけど、一人だけ、あの子だけなんかいつもと違う。
「どうしたの? ──基くん?」
表情も雰囲気もちがう。教室じゃなんだから、人気の無い廊下の端っこへいく。
「何をそんなに怖がっているの?」
「なにって、だって……だってぼく……」
「チョコちゃんだってわかってないと思うよ? 大丈夫」
大丈夫と言っても、基くんは怖がったままだ。でも、でもと言ってる。仕方ないなぁ。
「ねぇ基くん。 “このこと” は基くんとあたしと、冬治くんの三人の秘密なの。しゃべったら許さないからね」
にっこり笑うと、基くんは声を出さずにうなずいた。
──うん。これで良し。
終
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