プリマヴェーラという馬①
未勝利戦で勝ち上がったプリマヴェーラは1勝クラスも順当に連勝し、北海道へと移送された。夏に開催される北海道シリーズに参戦するためだった。
これまでの2レースはダート戦で、それも牝馬限定戦。戦う相手を選び、かつ脚の負担がかからないレースを選んでいた。
彼女は消耗が激しい馬だったからだ。
調教では手を抜く癖に、レースでは目いっぱいに走ってしまう。その点を考慮してレースを選ばなければならなかった。
北海道の競馬場は洋芝で、比較的足元に優しい。ここでいずれかのレースを走り、秋まで休養する青写真を狭山は描いていた。
「クイーンステークスに出走させようと思っています」
「クイーンステークス、ですか……」
西園美琴は狭山からの電話で、所有馬の次走を聞いたのは七月の半ばだった。プリマヴェーラの二戦目のレースが終わった次の週のことだった。
「その、私、競馬には疎いのですけれども……格の高いレースに出走するということでよろしいのでしょうか」
競馬にはクラスがあり、新馬未勝利、1勝クラス、2勝クラス、3勝クラス、オープンクラスとなっている。プリマヴェーラは現在2勝クラス。オープンクラスが出走する重賞レースは、かなり荷が重いのではないか、と美琴は問いたかった。
「クイーンステークスは牝馬限定戦で、またプリマヴェーラにはハンデがもらえます」
「ええと、つまり、その……良い勝負をする、ということでよろしいのでしょうか?」
「いえ、今回は調教の意味合いがございます」
プリマヴェーラという馬は調子に乗る馬で、2勝クラスを勝っただけですぐに天狗になってしまった。
こんなところで満足してもらっては困る。そのために、強い相手とぶつけるのが今は最良だと狭山は考えた。
「今回は負けます」
はっきりと狭山は言った。
ーーこんなに明言しても良いのかしら?
狭山によれば、大きいレースに勝つために他のレースに出走するのはだれもがやっていることだということらしい。レースもまた調教の一環であり、プリマヴェーラがGⅠクラスの馬だからこそこうした手順を踏んでいるようだった。
「格上挑戦で気落ちする馬はいますが、あいつはそんなタマじゃない」
ともあれ、レースのことは専門家に任せるしかない。美琴には分からないのだから。せいぜい応援することくらい。
そんなことより、美琴にとって重要なのは、プリマヴェーラに会うことだった。
「私、七月の末にそちらへ伺おうと思うのですが」
「……お嬢さんが気になさることはありません」
狭山の口ぶりは、やや憮然としたものだった。
「馬主に反目する馬なんざ、放っておけばいい」