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旋風のプリマヴェーラ  作者: 紺野久
第三章 GⅢ クイーンステークス
13/86

ディアギレフ

 ディアギレフはアメリカで生産された馬で、馬主がセールで購入し、日本に持ち込んだ。いわゆるマル外の外国産馬だった。

 母親はオークロンパーク競馬場で開催されるGⅢファンタジーステークスの勝ち馬で、成績は14戦3勝。

 父親はベルモントステークスの勝ち馬で、13戦4勝。

 近親に活躍馬もいない、血統から見れば凡庸としか言いようがない馬だった。


 ところがアメリカではこうした馬から稀に怪物が生まれ、世界に大きな影響を及ぼすことがある。

 彼女もその一頭だった。

 ディアギレフはデビュー時、スタートからゴールまで、影さえも踏ませないまま終わらせた。息も乱れておらず、余力を残しながらの勝利だった。


 調教師は「この馬ならダービーも勝てる」と吹聴したことがある。しかし、それが真面目に聞こえるほど、彼女の強さは疑いようもなかった。

 しかし阪神ジョベナイルフィリーズの勝利後、脚に炎症を起こし、春は全休となりその言葉は幻に終わることになる。今でもディアギレフのことを幻の牝馬三冠馬と呼ぶ人もいる。


 尤も、それよりも有名なのが彼女の気性だった。

 プリマヴェーラなどはかわいいもので、一言で言えば猛獣なのだった。


 

 一週間に一度、ディアギレフはやすりで爪を整える。

 レース前は特に念入りだった。


『札幌競馬場は平坦なコースで……』


 タブレット端末に、この馬の調教師が映っている。忙しい場合、電話などで打ち合わせをする。もっとも、ディアギレフの場合は、別の意味があった。

 厩務員は管理馬の態度に、ハラハラとしていた。ディアギレフは調教師の言葉を全く聞いていないのである。それよりも、爪を整えることの方が、よっぽど大事だと言わんばかりだった。


「なあ、ディアギレフ、先生の話を聞いたらどうなんだ」


 この厩務員は初めてこの馬と相対していた。担当の者が今日はおらず、代理だった。ディアギレフが爪を整える時は近寄ってはいけない、それを忘れていた。

 ディアギレフは瞬時に椅子から跳ね起きて、厩務員へと襲い掛かった。その手が、首を掴む。軽々と片手だけで持ちあげた。


『ディアギレフ!!』

 

 調教師は悲鳴のように管理馬の名を呼んだ。そんなことでこの馬が止まるわけがなかった。

 

 彼女は自分以外興味のない馬だった。要するに人間もほかの馬も下に見ている。彼女にとって、自分以外は等しく価値がない者たちなのだ。


 それが、自分の行動を邪魔している。まったく許せない行為だった。目にものをみせてやらねばならなかった。


『インテグラと対戦できなくなるぞ!』


 調教師の言葉で、ディアギレフは己の腕の力を抜いた。



 激しくせき込んでいる人間を一瞥もせずに、先ほど座っていた椅子へと戻り、再び爪を整え始めた。

 

 インテグラ――忘れもしない、去年のデイリー杯二歳ステークスにて、初めて負けを喫した相手だった。

 彼女は自身以外で、唯一この馬だけは認めていた。インテグラとの雪辱を晴らすために、下等な人間の指示に従っているというのがあった。


 そういったところで、彼女はこの時、相当イライラしていた。


 その馬と同じ場所にプリマヴェーラもいるのである。

 トラブルが起きないわけがなかった。


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