西園の令嬢①
馬が二足歩行をするようになったのは、約1000年前の中世からだと言われている。
それまで四足歩行で人類の脚となっていた彼らは突如として二足歩行を始め、人間の言語を解し、最大の友人としてその傍らにいるようになった。
中でも競走馬は、現代ではあらゆる意味で身近な存在となっている。例えばカフェで、工事現場で、介護の現場で、最近ではアイドルとして活動している馬もいる――それらはもともと、競走をするために生まれてきた。
競走馬は1歳で走るためのトレーニングを始め、2歳でレースに出走する。
彼らは甲乙を付けられるのが早い。
多くの馬はここで勝ちあがれず競走生活を終える。
中央競馬で一勝できるのは競走馬のほんの上澄みで、それだけでエリートであるという話もある。
六月。新馬戦の季節に、その馬は競馬場に姿を現した。
「……」
パドックで威風堂々、闊歩するその馬を見た時、オーナーは絶句していた。
西園美琴。西園グループ総帥である西園竹三を父に、女優の小森さと美を母に持つ。箱入りのお嬢様として育てられた、当時高校二年生の少女だった。
競馬場にいる人は、プリマヴェーラとかいう馬よりもこの少女の方へ視線を集めていた。
彼女は、長い艶やかな黒髪をした容姿端麗の少女だったからだ。代わって馬の方はというと、明らかに貧相で、他の馬に比べて小さく、見るからに走りそうになかった。
――二歳なら、そういうこともあるはずだわ。子供だもの。
大器晩成という言葉は馬にもあり、プリマヴェーラはそうだと説明を受けていた。
――けれども。
プリマヴェーラが出走するレースは、“三歳未勝利戦”。周りの馬は大人で、たくましい体つきをしている中、子供が中にいるのだ。そしてその馬こそが、美琴の所有する馬だった。
絶句するより他は無かった。