26話 乱戦
遂に始まった対抗戦。
まずは乱戦──戦術が一切介在しない個の戦場に持ち込むという最初の難関。今まで訓練したことを生かせるだけの場を整えることには、成功した。
一先ず、指揮官としての彼ができることはここまで。あとは──Bクラスの面々がどれほど今までの成果を発揮できるかに全てがかかっている。
「……」
これは、冗談でも何でもない。
確かに、仮に血統魔法の再現を封じられたとしてもエルメスは強力な魔法使いだ。恐らくAクラスの人間が相手でも大半は、強化汎用魔法をうまく使って対処できるだろう──一対一ならば。
流石の彼でも、血統魔法抜きで。いくら魔法使いの基礎能力が覚束ないとは言え、強力な血統魔法を操るAクラスの魔法使いを複数人相手取れるほどの能力は現状においては発揮できない。二人で何とか拮抗、三人だと相当厳しいだろう。
故に、ここからは本当に総力戦だ。Bクラス生の頑張り次第、エルメス個人では埋められない差をクラス全体で埋め切れるかどうかの戦い、だが──
「……どうやら、相当向こうも浮き足立っているようで」
エルメスの予想は外れる。──Bクラスにとっては、良い方向に。
……Aクラスの面々は、油断していたのだ。
まんまと向こうの誘いに乗って、突撃の鼻っ柱を挫かれて。……それでも尚、心のどこかに油断があった。
自分たちは選ばれたものだという傲慢。そしてそれを支える絶対的な根拠たる、強力無比な血統魔法。
それがあれば何とかなるだろう。そんな自らの力ではなく、生まれ持ったものだけに依存しきった自信。
それに頼り切った代償を、今彼らは存分に払う羽目になっていた。
「──そこだ!」
「なっ」
裂帛の気合とともに放たれたBクラス生の魔法が、Aクラス生の頬を掠める。
冷や汗をかくAクラス生の胸中は今──紛うことなき混乱の極地にあった。
(どういうことだ──何故、何故この俺が追い詰められている!? こんな程度の低い血統魔法しか持たない輩に!)
訳の分からないことだらけだった。
今相手をしているBクラス生は、以前の合同魔法演習でも相手をした。その時は自分の血統魔法に成すすべなく嬲られるだけで、脅威などいささかも感じない魔法使いだったはずだ。
なのに。
まず──魔法自体の性能が格段に上昇している。
魔法の性能に変化はないのに、その威力や速度、回転率がこれまでとは大幅に違うのだ。別の魔法だと言われた方がまだ信じられるくらいに。
それに加えて、何より。
「次は──そこだろう!」
これだ。
この相手、何故か──魔法を撃つタイミングが、絶妙に嫌らしい。
自身の血統魔法を撃ちたいタイミング、魔法の弱いところに潜り込み、被せるようにして向こうの魔法が差し込まれてくる。
あたかも、自分の動きが完璧に読まれているかのように。
「大技を放ってくる傾向にあるから、細かい一撃を連発して『撃たせない』ように立ち回る──か。腹立たしいがあいつの言った通りじゃないか」
「な──」
「しかも、貴方の立ち回りまであの時のあいつそのままだ。……はは、恐怖すら覚える」
Bクラス生は、恐れに顔を引き攣らせる。……その対象が目の前で戦っている自分ではなく別の何かだと言うことは流石に分かった。
……そしてそんな事実が、尚更Aクラス生に屈辱を与える。
「調子に──乗るなぁ!」
怒りのままに叫ぶも、それだけで状況は変わらない。
むしろ怒りによってより魔法のテンポが単調になる分付け入る隙を増やすだけで。
成すすべなく、更に劣勢は加速していくのだった。
同様の状況が、そこかしこで勃発していた。
あるものは怒りによって調子を崩し、あるものは混乱によって見当外れの行動を繰り返す。
言葉を飾らなくて良いのなら──その姿は、無様としか言いようがないほどだった。
だが、無理もない。
かつてのアスターと同じだ。彼らAクラス組は、劣勢になった経験がほとんど無い。
故に、自分が追い詰められてからの立ち回りを知らない。逆転の仕方を知らない。
窮地に立った時の脆さ。エルメスの予想以上の弱点だったそれを突かれ、更なる窮地へと追い込まれる。
……しかし、それでもAクラスは意地を見せた。
いや、意地と呼べるものでもないのかもしれない。追い詰められた彼らがとった行動は今までと同じ、ただより躍起になって自分の血統魔法を振り回すだけ。
だが──『唯一の強みを押し付ける』と言う意味では、それは決して悪手ではないのだ。むしろ躍起になって戦い方や立ち回りで対抗しようとしてくれた方がより御しやすかった。
そして同時に──その力押しが有効になってしまう程度にはやはり、血統魔法の差というものは圧倒的で。
「ぐっ!」
Bクラス生の一人、今しがたAクラス生を圧倒していたはずの生徒が苦悶の声を上げる。
それとは対照的に、今までの劣勢を誤魔化すように大笑するAクラス生。
「は! どうやら最初だけの見かけ倒しだったようだなぁ──そらッ!」
Aクラス生は一切戦い方を変更していない。最初からひたすらに大技を愚直に放ち続けるだけ。Bクラス生はそれをさせないように立ち回っていたが──それでも全てを事前に封じることはできず、遂にAクラス生の一撃が放たれ、そこから形勢が一気に逆転した。
「何やら小賢しい知恵をつけたようだが無駄だ! そんな小手先で選ばれた俺たちとの差を覆せるとでも思ったのか!?」
得意げになるAクラス生。他の場所でも似たような状況が発生していた。
そして──恐らく、一人でも倒されれば即座にこの均衡は崩れるだろう。フリーになったAクラス生が他に加勢してしまえばそこから一気に戦線は崩壊する。
こちらのフリーな駒であるエルメスやニィナがカバーしようにも、崩壊のリスクは二十数箇所もあるのだ。いくら二人でも全てを防ぎ切ることはできない。
このままでは遠からず強力な血統魔法によって、まとめてBクラスごと押し切られてしまう──
──が。
(……大丈夫だ)
戦線を飛び回って観察しつつ、エルメスは心中でそう断言する。
そう、こうなるのは想定内だ。むしろ最初の異常な優勢が良い方向に想定外で、それが今通常に戻っただけ。
そして当然、こうなることも込みで──と言うより、こうなることを前提として作戦を練っている。
エルメスは思い出す。初日の訓練後、クラスメイトの前で全体的な作戦を説明した時のことを。
◆
「まず、最初にはっきり言っておきます」
初日の訓練を終え、疲労困憊の様子で地面に突っ伏するクラスメイトの前。
ニィナとの近接特訓を終えての荒い息を軽く整えてから、エルメスは冷静に宣言した。
「もし、貴方がたがこの訓練を最後までやり切れたとしても恐らく──相手のAクラス生に勝つことはできません」
クラスメイトたちが騒めいた。
「厳密に言うなら、高い勝率まで持って行くことは出来ないでしょう。良くて五分五分、相手によっては頑張っても三割に届くかどうか。二週間という限られた時間内では鍛えてもそこが限界かと」
「そ──それでは意味が無いではないか!」
立ち上がって噛みついたのは、彼が少し早く鍛え始めたアルバート。
「そもそも話が違う、特定の相手を倒すことに特化すれば勝てるのでは無かったのか!?」
「……その点については申し訳ない、あの場では説明が難しかったため意図的に伏せました。その分、この場でははっきりと話します。──相手を選んでも、いえ、選べてようやく勝機が見えてくる。……遺憾ですが、やはり血統魔法の差は大きな壁なんです」
ネガティブな言葉。
だが──それでも、Bクラス生の顔に絶望が宿ることは無かった。
だって、彼らはもう知っている。彼が何の意味もなくマイナスの情報を開示することは無いことを。
より具体的に言うならば──それを踏まえた上での勝ち筋を、きちんと考えていると言うことを。
それを察して視線で続きを促すBクラスの面々。早い理解に軽く頭を下げて謝意を示しつつ、エルメスは続ける。
「その上で、皆さんに意識してほしいことは二つ。『簡単にはやられないこと』と、『勝機が見えたら絶対に勝てるようにすること』です」
「……どういうことだ」
「前者は言葉の通り。後者はつまり──勝てるのは二回に一回、三回に一回で良い。その代わり、勝てる目を引いた時は確実に勝って欲しい」
それを聞いてクラスに広がるのは、困惑だ。……それでは意味が無いではないか、と。
仮にクラス全員が五分の勝率に持っていったとして、対抗戦でぶつかれば単純計算で残るのは半分の十五人。そして自分たちは特定の相手を倒すことに特化しているのだから──残ったもの同士でぶつかればそこで負けるのは必至だ。
そんな至極当然の結論と疑問を受け止めた上で、エルメスは答える。
「ご安心を。二回に一回、三回に一回で十分なんです。貴方たちは本番においては、例外的に『複数回の試行』が可能になります。もっと具体的には、即やられさえしなければ何回かは挑戦のチャンスが与えられる。その内の一回を確実にものにする訓練を積むのが、この戦いにおいてはもっとも効率的だ」
そして彼は、結論として。
何故なら、と述べた後根拠の理由である一人の少女に目をやって、少しだけからかうような響きで告げる。
「こちらには──聖女様がついていますから」
◆
「血統魔法──『星の花冠』……っ」
戦場後方から、美しい声。Bクラスにとっては待ち望んだ響き。
それと同時に、乱戦の場全体に蒼い光が行き渡る。それは的確にBクラスの、しかも劣勢でやられかけている人間だけに吸い込まれる。
蒼光は、瞬時にその者の負傷と疲労を癒やし。一挙に息を吹き返したBクラス生がAクラス生に再度襲いかかる。
「何──!?」
Aクラス生は面食らいながら、何とかその攻勢を受け止めて。けれどあまりの勢いに押され、再び攻守が逆転する。
戦場の他の場所でも同様の現象が起きて、一挙にBクラスが盛り返してきた。
Aクラス生たちはその原因に瞬時に思い当たり、それを成した少女──Bクラス陣の最奥に立つ、金髪碧眼の少女を忌々しげに、羨ましげに見やるのだった。
そう。
彼女こそがこの戦法の要。エルメス、ニィナに続く、三人目のBクラスにおけるイレギュラー。
二つの血統魔法を持つ天才。クリスタルの守り手にして、Bクラスもう一人の指揮官。
サラ・フォン・ハルトマンは、押されかけていたクラスメイトたちを励ますように声を上げる。
「──大丈夫ですっ! 皆さんならできます、どうか信じてそのまま進んでください!」
決して、迫力や威厳のある声とは言えなかったけれど。
それを補って余りあるほどの、Bクラス生との絆を彼女は育んでいた。
誰よりも彼らに寄り添って支えてきた少女の鼓舞は、この場において最大の効果を発揮する。
「もし危なくなっても、わたしが助けます! 絶対に見落としませんから……っ」
そして、この作戦を可能にするもう一つの要素。
この敵味方入り乱れる乱戦の中、的確に己の魔法を最適な場所に挟む異常な程の戦術眼。
エルメスが以前サラとの直接対決で見出した、彼女の隠れた才能。それを存分に発揮し、彼女は今布陣の要として君臨していた。
「ばかな、こんなことが……っ」
「ありえない、あり得るわけが──!」
再度、Aクラスは浮足だった。
最初の予期せぬ奮戦は、確実に彼らを追い込んでいた。──このまま続けていれば負けるかもしれないと、思わせる程度には。
そして今、彼らは思い知ってしまった。この攻勢が恐らく、サラの魔力が続く限り続けられるのだと。
歯牙にも掛けないほど弱ければ、いくら復活しようと意味はなかった。一回だけならば、どうとでも対処できた。
だが今、その両方が揃ってしまっている。自分たちの喉元に届きうる刃が、何度も振るわれるという恐怖。
それはAクラス生から、冷静さを完璧に失わせるに補って余りある。
かくして、戦況は再逆転した。
士気の差は実力差をひっくり返すほどに開いている。個々の力だけでも十分勝機があることに加えて、万が一のピンチもエルメスとニィナが保険となって確実に潰す。
万全の布陣が完成した。個の力を振るう27人に、それを的確にサポートする3人。
ある意味チームプレイを謳っていたAクラスよりもよほど完璧な連携を前に、余りにもあっさりとAクラスの敗勢が確定しかけ──
「……まぁ、流石に見逃してくれませんよね」
しかしエルメスが、そう苦い顔で呟いた瞬間。
──紫の光が、Bクラス全員に一斉に襲いかかった。
その正体は、半透明の人型をした兵士。
その兵たちは機敏な動きでBクラスの一人一人に突撃し、決して無視できない威力の魔力弾を放ってきた。
予期せぬ援軍にBクラス生は戸惑いつつも迎撃するが、即座に気付く。
この兵、異様に硬い。自身の血統魔法を持ってしても生半な攻撃では傷一つつかない程度には。
或いは自身の全力で集中砲火をすれば倒せるかもしれないが──そんな暇を、強力な血統魔法を持つAクラス生が見逃してくれるはずもなく。
「!? 何だこいつ──ぐッ」
「嘘でしょ、これ──!」
完全な数的不利。唐突な二対一の状況を作られたBクラス生は一挙に劣勢に立たされる。
慌ててエルメスとニィナが致命的な崩壊は食い止めるが、あちこちで綻びは生まれかけている。二人のカバーに加えてサラが保険として温存しておいた『精霊の帳』をフルに発動して何とか戦線を保つ。
そうしてぎりぎり、辛うじて維持に成功した一瞬の間。背中合わせに立ったエルメスとニィナが同じ方向を見て、軽く言葉を交わす。
「……お出ましだね」
「ええ。……出来ればもう少しだけ、自陣の防御に留まっていて欲しかったのですが」
視線の先には、無数の兵を従えて悠然と歩いてくる紫髪の少女。
Aクラスのイレギュラー。かつての第二王子すら上回った、エルメスを除けば世代最強にして最も警戒するべき魔法使い。
単騎で戦況をひっくり返した規格外の一人。霊魂を従えし、冥府女王の化身。
──カティア・フォン・トラーキア。遂に、ご主人様のお出ましだ。
恐ろしいまでの威厳を伴ってこちらに向かってくる、最も近しい少女にして最も手強い敵手を前に。
(……さあ、最大の正念場だ)
エルメスは冷や汗と共に笑いつつ、更なる気合と闘志を燃やすのであった。
(二章前半の)ラスボスが現れました。次回もお楽しみに!




