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8話 白兵戦

 魔法使い共通の弱点は、近接戦闘だ。

 特にこの国の場合根幹となる魔法、血統魔法の発動に詠唱が必須である。故にそれができない領域での戦闘で魔法使いができることは極端に限られる。

 従って対策のため、この国では魔法使いの他に『騎士』という職業が発達しているし。

 それが望めない人間は他の方法で近距離用の手段を習得している。


 当然エルメスも、詠唱抜きで放てる強化汎用魔法に加えて徒手格闘の技術も師ローズから教わり、単騎でも一通りの戦闘はできるようになっている。むしろ他の魔法使いよりも近接にはかなり強いタイプだろう。



 ──だが。

 これはいくらなんでも、桁が違いすぎる。



「ッ!」


 白銀の稲妻が、耳元を通り過ぎる。

 一瞬遅れて、強烈な風圧が彼の顔を嬲る。華奢な手足からは想像もできないほどに鋭い剣閃。最早冷や汗をかく余裕すら失われていた。


「──とっ!」


 しかも、ニィナの攻勢はそこでは終わらない。強烈な一閃であるにも関わらず動きの反動は最小限に、時には反動を次の攻撃にすら利用して。一切の無駄がない凄まじい連撃を止めどなく叩き込んでくるのだ。

 無詠唱の強化汎用魔法すら(・・)、ほとんど使う隙を与えてくれないと言えばその脅威がどれほどのものかわかるだろう。


 訓練用に刃を潰した剣ですらこれなのだ、真剣であったならばどれほどか。

 今は辛うじて全て避ける、或いは捌くことができているが──それも時間の問題だろう。

 一通りしか修めていない、悪い言い方をすればかじった程度のエルメスと違って。

 彼女の戦いは、剣を極める。その一点に決して少なくない時間をかけたものだけが到達できる境地だ。当然同じ土俵に立てば、その差があまりにも隔絶した優劣となって現れるのは当然のこと。

 加えて。


「──!」


 流石の彼女も一切止めどなく攻勢を続けることはできず、一呼吸程度の間であるが隙はなくもない。

 その空隙に捩じ込むかのように、彼は魔法を撃ち放つ。面制圧を意識して、かつ速度を優先した広範囲に渡る稲妻の網。

 ほぼゼロ距離から高速の魔法が、ニィナの元に殺到した──なのに。


(なんで──避けられるんだ(・・・・・・・)!?)


 超反応。稲妻が放たれる瞬間──或いは放たれるよりも前から。

 流れるようなバックステップからの横っ飛び。完璧に間合いを読み切っての位置取りで稲妻の網をやり過ごすと、逆に魔法行使後の隙を突いて突撃、攻勢を再開してきた。


 これなのだ。

 いや、理由はすでに把握している。

 何のことはない、彼女はまさしく『理解している』のだ。どんな魔法が来るかを事前に、恐らくは魔力の流れから。


 思い返すのは、今日の朝礼前の出来事。昨日エルメスが自己紹介の後に行ったことを全て把握していたという彼女。

 そして、現在の戦いにおける超反応。そこから推理されるのは。


 ──彼女は、魔力感知能力が尋常ではなく高い。ひょっとすると、エルメスよりも。


 その能力で相手の魔法を的確に察知、時にはその内容すら読み切って回避する。

 桁外れの近接戦闘能力に加えてこの感知力。一対一でこの距離の彼女はもう、無敵と言って良い。


(……よし)


 とは言え、エルメスだって勝利を諦める気は毛頭ない。

 何よりこれほどまでに素晴らしい相手との戦いだ、勝利に全力を尽くさないのは勿体無いだろう。


 まずは距離を取ることだ。彼の特技である相手の行動学習で隙を待つという手も無くはないが──恐らく学習するより先に叩き潰される可能性の方が高い。それに分かりやすい隙を見つけさせてくれるほど彼女の剣は甘くないだろう。


 ならば、まずはニィナの優位な間合いから外れる。それを最優先目標に設定する。

 幸い、その一点に絞れば彼にとって有利な要素もあるのだ。

 何せ彼女は──近距離を(・・・・)保ち(・・)続け(・・)なければ(・・・・)ならない(・・・・)

 彼が引けば、追わなければならない。エルメスの魔法の力量を見た彼女なら分かっているだろう、少しでも距離を取られた瞬間に現時点の絶大なアドバンテージは即座に消失すると。

 その情報から逆算すれば、彼女の行動はある程度絞り込める。そこを利用する。



 まずエルメスは後ろに引く。多少の体勢の不利は厭わず、やや強引に。

 当然ニィナは捨て置けないとばかりに突撃を仕掛けるが──逆に言えば。


 この瞬間に限れば、彼女は突撃しか選択肢が無い。


「!?」


 ニィナが、初撃以降初めて驚きを顕にした。

 それもそうだろう。基本的に引きの行動を取ってきたエルメスが──あろうことか、逆に。自分から距離を詰めてきたのだから。

 戸惑いつつも、むしろ好都合とばかりに。間合いに飛び込んできた彼に向かって剣を振るう。

 当然、避け切ることは出来ず。脇腹に彼女の剣が吸い込まれるが──


「──ぐッ」


 これこそが、彼の狙いだ。

 打たれる箇所にあたりをつけて障壁で防御。この近距離では衝撃を逃すこともできず強烈な痺れが彼を襲うが──

 ──敢えて、それに逆らわず。意図的に(・・・・)遠く(・・)吹き飛ばされる(・・・・・・・)


「っ、なるほど!」


 そこでニィナも気付く、彼の狙いと自身の失策に。

 そう、初撃でやったことと同じだ。敢えて攻撃を受けて、その反動を利用して距離を離す手法。

 今回はそれをより狙って、より遠くに。当然リスクはあったし多少のダメージも食らったが、エルメスの予想外の行動にニィナが戸惑い、完全な一撃を繰り出せなかったこともあって目論見は成功する。


 挽回を狙うべくニィナが全力で追いかけてくるが、エルメスにとってもこれは千載一遇のチャンス。吹き飛ばされつつも、確実にニィナに狙いをつけて手を翳す。

 魔法の気配を察知してニィナが疾走しつつも身構える。どんな魔法が来ようとも回避してみせるとの意思の表れであり、実際彼女はそれを可能にするだけの能力がある。


 ──だが、これはブラフだ。


 普通に撃っても避けられるとエルメスだって理解している。

 故にあたかも大技を撃つかのように魔力を高めて──本命は、疾走する彼女の先にある足元の地面。

 タイミングを合わせて、地属性の汎用魔法で地面を隆起させて足を取る。多分彼女の技量を考えると転ばせられはしないだろうが、少しでも体勢を崩せれば十分だ。今の間合いに加えてそれがあれば、完全に自分の優位な魔法使いの間合いに持ち込める。


 強大な魔力の収束でカモフラージュした上での、静かな本命の一撃。

 彼女の疾走速度を読み切った上で、完璧なタイミングで罠が起動する──


 しかし。ニィナの対応はあまりにも予想を超えていた。


「うそ──だろっ」


 罠を看破されることまでは予想していた。その場合は看破と対応にかかる時間を利用して次の手を打つだけだと思っていた。

 だが、あろうことか、彼女は。


 丁度地面が隆起するタイミングに合わせて、右足をその地面の上に置き。

 力を込めて、隆起の勢いで自らの体を持ち上げ、同時に地面を蹴って上前方に跳躍し。

 勢いのまま、エルメスに向かって飛びかかってきた。



 そう。彼女は罠にかかるでも、罠を看破して対応するでもなく。

 罠を利用して(・・・・・・)、力技で自身の間合いを取り戻しにかかったのだ。



「ッ!!」


 流石のニィナも力技が過ぎたのだろう、飛びかかっての一撃は倒れながらのもの。

 しかし虚を突かれたことに加えて、跳躍の勢いと落下速度を加えた威力は凄まじく。

 辛うじてガードは間に合ったが、完璧に衝撃によって体を浮かされ、致命的に体勢を崩される。


 それでも、彼とてここで崩れ切るほど甘くはない。

 むしろ最後のチャンスと捉え、倒れ込みながらも彼女に狙いをつけて魔力を高める。

 ニィナも即座に起き上がると、魔法を放たれるより早く斬り込むべく神速の突進を仕掛け。

 そして──



「「──」」



 ぴたり、と。

 エルメスの首筋に、ニィナの剣刃が添えられて。

 同時に、倒れかけの体勢で伸ばされたエルメスの右手が魔力と共にニィナの鼻先にかざされて。

 互いに、必殺の一撃を放つ一瞬前の状態で静止した。


(……さて)


 エルメスは考える。この場合の勝敗はどちらかと。

 恐らく、あのまま続けていれば魔法の発動は間に合っただろう。

 ──だが、彼女の剣閃もほぼ同時で。もしこれが戦場かつ真剣だった場合、彼の首が刎ね飛ばされるのも必至だった。


 つまり、良く見積もっても引き分け。

 加えて、彼の強化汎用魔法が確実に彼女を仕留め切れたとは言えないことも鑑みると、これは──


「……お見事です」


 自分の、負けだろう。

 そう潔く認め、この素晴らしい少女剣士への心からの賞賛を込めて。

 彼は諸手を挙げると、ぱたりと地面に倒れ込んだ。

長くなりそうなので二分割。次話はすぐに投稿します!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] モノローグの表記が彼/エルメス、彼女/ニィナでブレていましたので気をつけた方がよいかとおもいます。
[一言]  この攻防を見て嘲笑しようものなら、逆に笑ったヤツは自身の程度の低さを晒すような物だと思う。
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