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1話 主従の学園生活

 ユースティア、王立魔法学園。

 王都中央部に位置するその巨大な教育機関は、国中から優秀な魔法の能力を持つ子弟を集め研鑽させることを目的として設立された──ということになっている。

 そんな学園は現在、長期休みを経ての後期授業に突入し。

 後期の初日、一学年のあるクラスにて。


「──それでは自己紹介、そして簡単に『あなたの魔法』の紹介もお願いします」

「はい」


 担任教員に促され、一人の男子生徒が教壇に立っていた。

 銀の髪に、特徴的な翡翠の瞳。年齢にしては少しだけ幼い顔立ちに華奢な体つき。一方で纏う雰囲気は落ち着きのある、対照的に大人びた印象を与える少年。

 そんな彼──後期からの編入生が、口を開く。


「名前はエルメス。家名は……本来ならばフレンブリードを名乗るべきなのでしょうが、ご存知の通りなくなってしまいましたので。現在はトラーキア家にお世話になっている、元貴族子弟と思っていただければ」


 かなり情報量の多いその言葉を聞いても、教室内にさほどの驚きはない。

 知っているからだ。つい先日王都で起こった大事件を。

 第二王子アスターの投獄、そしてフレンブリード家の完全な没落。

 更に噂に聡い者ならこれも知っているだろう。──この男子生徒が、かつて神童と呼ばれながらフレンブリード家を追放された『出来損ない』のエルメスであることも。


 故に、驚きはさほどない。彼らが何より気になっているのは──この先の情報なのだから。

 それを正確に把握した上で、エルメスは続ける。


「では、僕の魔法についてですが」


 告げると同時、予め詠唱しておいた彼の魔法、翡翠の文字盤を呼び出し。

 そして、一切の澱みなく。



「──血統魔法(・・・・)、『原初の碑文エメラルド・タブレット』。

 効果は、簡易な多属性魔法操作(・・・・・・・・・・)、です」



 そう、聞くものが聞けば明らかにおかしいとわかる情報を述べて。

 実演するように周囲に生み出して見せる。小さな炎弾、ささやかな風の刃、雷の球体等を。

 教員が軽く目を見開く。未知の魔法だったからだろう、いくつかの質問で探りを入れてきた。


「……簡易な多属性魔法操作、ですか?」

「ええ、ご覧の通りです。他の血統魔法と違って様々な属性を扱えることが特徴の魔法ではあるのですが、一つ一つの性能は──」

「──大したものではない、と」

「はい。汎用魔法よりは強いでしょうが、血統魔法には遠く及びません。つまるところ器用貧乏ですね」

「それ以外に効果は?」

ありません(・・・・・)これだけです(・・・・・・)


 きっぱりと、そう回答した。


 彼の魔法を知るものならば、もう理解できただろう。

 そう。今彼は、『原初の碑文エメラルド・タブレット』の最も重要な効果である、『魔法の再現』を伏せて。

 あくまでその副産物でしかない、『強化汎用魔法がこの魔法の効果である』と言い切ったのだ。


「──え」


 彼の宣言を聞いて、教室後方で。思わず、と言った調子の声が上がった。

 金髪碧眼の少女──これからはクラスメイトとなる、サラ・フォン・ハルトマンだ。


 一応事前に軽く説明はしておいたのだが、改めて直に聞くと驚きが出てしまったのだろう。

 後でもう一度詳しくお話をしなければな、と考えつつ、彼は思い出す。


 どうして、こうすることになったのか。

 自らの魔法を血統魔法と宣言し、その効果に関しても本質を隠し、言ってしまえば大した効果がないもののように演出する。

 つまり──実力を(・・・)見せずに(・・・・)学園生活をする(・・・・・・・)、そうすることになった理由を。




 ◆




「──納得いきませんわ、お父様」


 一週間ほど前、トラーキア家の一室。当主ユルゲンの眼前で。

 エルメスの隣に立つ彼の主人、カティアの噛み付くような声が響いた。


「何故、まだエルの力を隠す必要があるのですか! エルは証明しました、彼の魔法は本物だと! なのに何故!」


 エルメスが学校でも魔法の開示を禁じる、その提案を最初にしたのはユルゲンだった。

 エルメスの魔法、『原初の碑文エメラルド・タブレット』の真価。

 魔法の再現。極めれば血統魔法すら自在に操れる、事実彼は既にいくつもの血統魔法を己のものとしている。

 その力で以て、彼は第二王子の間違いを示し。下手をすれば国を上げて対処すべき災害級の魔物すら打ち破った。

 証明は、十分なはずだ。何故まだ隠すのかとカティアは父に問う。


「そもそも、隠すことなどできるのですか? あの魔物との戦いは、多くの兵士が目撃しました」

「多くと言っても数十人程度だ。既に口止めは済んでいるし、彼らはエルメス君に敬意を払っている。事情があるのだろうと納得してくれたよ」

「以前、方々を回って魔物を倒した件は」

「大抵は王都を離れた辺境の出来事。こちらまで噂は届かない、届いたとしても信じる貴族は少ないだろう」

「っ」


 隠そうと思えば隠せてしまう、という事実にカティアは歯噛みする。

 彼女は見てきたのだ。彼がかつて出来損ないと追放されてから、凄まじい努力の果てに力を身につけて。加えてそこに満足せず更に魔法を追求し、事実成果だって上げていることを。

 なのに、まだ日の目を見ることができないのかと。


「……エルは、認められるべきです。どうして、そこまでして」

「理由は以前も言った通り、各界隈に与える影響が大きすぎる。特に今はアスター殿下の件で権力構造が激変した、その混乱に乗じてエルメス君によからぬことを考える者たちがいないとも限らない」

「っ、そんなの──」

「──というのが、建前かな」


 尚も反駁しようとしたカティアだったが、そこで。


「……本音はね。怖いんだよ」

「──え?」


 ユルゲンの口から溢れた、彼らしからぬ言葉に戸惑いを見せる。


「私は知っている。あまりにも突出し、他と乖離しすぎた故に迫害された人間を。隔絶の果てに僕たちの元からも離れていった、離れざるを得なかった友のことを。……きっと、今は誰よりもね」

「!」


 誰のことを言っているかは、二人同時に理解した。

 だってその人は、つい先日このトラーキア家を訪れたばかりなのだから。


「あれから、この国を変えようとした。でもまだなんだ。まだ何も、確信が持てるほどに変えられてはいない。……これで、彼女を継いだ君にも同じ轍を踏ませてしまったのなら。私はもう、一生自分を許せなくなる」

「……公爵様」

「お父様──」

「勝手な都合で、君を縛ってすまない。でも今はまだ、どうか」


 そう言って、真摯に頭を下げてくる。


「……」


 ……エルメスも知っている。この公爵家当主が、外で言われている非道で悪辣、権力にしがみつく古狸との評価とは裏腹に。

 きちんとした信念を持って行動する人だと。きちんと情があり、心があり、自分たちを守るため敢えて清濁を併せ呑んでいる人なのだと。

 そして何より──彼の師ローズも未だ、ユルゲンを友人と言っている。

 ならば。


「分かりました。僕たちのことを考えてくださっての提案だとは、理解していますから」


 こう答えることに、さしたる躊躇はない。


「カティア様も、僕は気にしませんので……」

「……エルがそう言うなら、構わないわ。……お父様の言うことだって、分からなくはないもの」

「感謝するよ、エルメス君。カティアも」


 まだ少し不服そうだが理解を見せたカティアに、ユルゲンがもう一度謝意を述べる。


「お詫びと言っては何だけれど、学園内での君の行動をあれこれ制限したりはしないよ。……まぁ、君ならば何も言わなくても何かしてくれるんじゃないかっていう期待もあるし、それで君を通わせることにしたんだけれどね」


 苦笑とともに、最後にそう言ってから。


「ともあれ、だ。週明けからは後期の授業。存分に学んで──存分に学園生活を楽しんでくると良い」

「はい」

「それもそうですね、お父様」


 話を締め、来たる学園に向けてエルメスは心なしか嬉しそうな顔をして。

 ──そして、そんな彼よりも遥かに嬉しそうな顔をしたカティアがこちらを向いてくる。


「と言うわけよ、エル! ようやく来週から一緒に学校に通えるのね!」

「はい。楽しみです」


 エルメスの返答に、カティアは自分も楽しみで仕方がないとの言葉を全身で表現するように体を弾ませ。


「いーい、エル。学園には色々と決まりがあるの。もちろん変なのだってあるけど、多くの人が同じ場所で暮らす上では必要なことだって多いわ」


 何やら得意げに胸に手を当てると、お姉さんぶった表情で話し始め。


「きっとあなたでも最初は混乱すると思うわ。でも大丈夫、ちゃんと主人でクラスメイトの私が──」

「──え?」


 だが、そこで。

 カティアが述べたある言葉に反応し、ユルゲンが声を上げた。


「? どうしました、お父様?」

「……ええ、と。カティア、確かに君には言ってなかったし、君なら察するだろうと思って言わなかったことは申し訳ないし、その上でこちらから言うのは大変心苦しいんだけど……」


 きょとんとした顔を見せる娘に、ユルゲンは珍しく歯切れ悪そうに言い淀んでから。

 こう、告げた。




「君は、エルメス君と同じクラスにはならないよ?」




「……………………、はい?」


 たっぷり数秒ほどの放心の後、かろうじて疑問符だけを絞り出したカティア。

 そんな彼女に向かって、気まずげな表情でユルゲンは解説する。


「その、だ。君たちの通う学年には二つのクラスがあることは知っているね?」

「ええ。それは勿論、通っていましたから」

「一つはAクラス。家柄と魔法、共に問題ない者たちが配属されるクラスだ。そしてそうでないもの、つまり家格が低かったり魔法に問題があったりする者が配属されるBクラス。……正直この区分もどうかと思うけれど、現在はそういう制度になっている」

「知っています。だから元侯爵家とは言え、今はほとんど平民に近いエルは私と同じBクラスに──」

君は後期から(・・・・・・)A()クラスだよ(・・・・・)


 そこで再度、カティアが固まった。


「…………え」

「前期の君がBクラスだったのは、血統魔法を上手く扱えなかったからだ。その弱点がなくなった今の君は、強力な血統魔法を十全に扱える公爵令嬢。クラス替えはむしろ当然の話になる」

「…………あ」

「人数的にも丁度いいしね。アスター殿下が抜けたAクラスに君が入って、君が抜けたBクラスにエルメス君が入る。……流石の私と言えど、クラス配属にまで口を出すことはできないからね。エルメス君を学園に入れるだけで精一杯だ」


 淡々と、あまりにも妥当な配属理由を聞かされて。

 ようやくカティアも今まで気づかなかった、エルメスと共に通えることが嬉しすぎて考えもしていなかったその可能性に思い至り。

 同時に、既に変えようのない事実であることにも気付いてしまって。


「…………な」

「……その、カティア様、お気を落とさ」


 エルメスの制止も一瞬間に合わず。



「何でよぉ──────っ!!」



 見事に膝から崩れ落ちた公爵令嬢の慟哭が、屋敷中に響き渡った。




 ……その後。

 放心し塞ぎ込んでしまったカティアを全力で介護し慰めつつ。

 何故か言われるままに彼女の頭を撫でたり、菓子を振る舞ったり、「昼休みは絶対私のところにきて! むしろ私がそっちに行くから!」と謎の約束を取り付けられたりしているうちに、夜は更けて。


 そうして翌週、(クラスだけは)主従別々の学園生活が、遂に始まるのであった。

というわけで、第二章開幕です!

第一章とは違う視点で、第一章に負けないくらいの面白さをお届けできるように頑張ります!


……カティア様も大活躍予定なので許してください……!



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本当の力を隠すのは賢明な判断だと思う 書かれてはいなかったが、普通に自分だけのものと思っていた血統魔法が完コピされて、 場合によっては上回られる可能性があるなんて、普通に周りの生徒からしても嫌すぎるだ…
[一言] 公爵令嬢カティア・フォン・トラーキアは不憫可愛い (棒マンガタイトル風)
[良い点] 沢山の魔法が見放題でヒャッホーイ(笑) [気になる点] そしてまた周りから蔑まれたり馬鹿されろと?? いかにもテンプレ過ぎてちょっと、、、 ただ、以前と今では状況が違いますよね?…
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