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5話 魔女の心

 突発的な師弟対決が終了し、その後は然程特筆するべき出来事もなくトラーキア家での歓待は進んでいった。


 まずはトラーキア家に戻ってきて、ローズとユルゲンが旧友同士の積もる話を行い。

 それからカティアとユルゲン、エルメスとローズの四人で夕食を取って。

 その後一日の終わりに差し掛かり、あとは就寝する──だけだったはずなのだが。



「……どうしてこうなったの」



 ベッドの中で、カティアは呟く。

 と言うのも──


「んー? 何か言ったか?」


 彼女の呟きに合わせて、美しい声での返答がある。

 ……ただし背後から、至近距離かつ耳元で。


 そう。現在彼女は何故か、自室のベッドの上で。

 ローズに後ろから抱きしめられた状態で、二人仲良く寝転がっているのである。

 有り体に言えば、抱き枕にされている。


 本当に、何がどうして、こうなったのかと言うと。




 ◆




「なぁエル。今日は一緒に寝ような?」


 夕食時にローズが落としたこの爆弾が全ての発端だった。


 がしゃん、とカティアの手元が狂って食器が派手な音を立てた。

 エルメスは硬直し、ユルゲンが眉間を手で押さえる。


「……えーと、師匠。自分で言うのもなんですが僕ももう年頃なので……」

「えーなんでだよー。あたしとお前の仲じゃんか、遠慮しないでくれよ」


 どんな仲だ、と思わず言いたくなるのを必死に堪える。


「遠慮とかではなく……」

「なー頼むよ。お前がいなくなって人肌恋しいんだ、ここに居る間くらいは可愛い子を抱き枕にさせてくれよー」


 そして、今日一日見て分かったのだが彼はなんだかんだ師匠に対して甘い。性格的に恩のある相手には逆らい難いのもあるだろう。

 今も、先程の師弟対決で見せた威厳はなんだったのかと思うほど甘えた声をあげるローズに対し、徐々に態度が軟化していっている。多分、いや間違いなくこのまま押し切られるだろう。

 その後、二人は同じベッドの上で──いや、絶対深い意味でないのは分かっているのだが──一晩一緒にいることになり。


 そう思った瞬間、体が動いていた。


「だっ、だめです!」


 自分でもちょっと驚くほどに大きな声が出た。

 ぱちくりと目を瞬かせて自分を見るローズ。ユルゲンとエルメスも似たり寄ったりの表情だ。

 勢いのままに彼女はまくし立てる。


「その! いくらあなたにとって弟子とはいえ、今の彼はうちの使用人なので! 好き勝手に扱われては困ります!」

「えー」

「えーじゃないですっ! もうこの際だから言いますがあなたところどころ子供っぽすぎませんか!?」


 目上の人間であろうと言いたいことは言う、彼女の性格が遺憾無く発揮されてしまった。

 ……とは言っても。ローズが一度思ったことを曲げるような性格でないことも、この一日でよく分かっていた。

 多分自分が制止しても聞き入れはしないだろう、ならばどうするかと僅かな時間で必死に考えて。


「……ど……」


 きっと、色々と焦ったり混乱したりしていたのもあったのだろう。

 自分でも謎の思考過程を踏んだ結果、彼女はこう叫んだのだった。


「どうしてもと言うなら──代わりに私で我慢してくださいっ!」





 ……かくして、今に至る。


「やーカティア、お前抱き心地超良いな。エルに勝るとも劣らんぞ」


 突発的なカティアの申し出だったが、「……それも悪くないな」と案外乗り気で了承されてしまい。

 現在何やら抱き枕としての性能を真面目に背後で吟味されている最中である。


 というか、この背後の女性は抱き心地を比べられるほどエルメスを抱き枕にして寝た経験があるというのだろうか。多分あるのだろう。羨ま──はしたないのではないだろうか。

 あと至近距離で抱きしめられると改めて、この女性がとんでもない美女であるということが分かる。軽く顔にかかる赤髪は驚くほどに艶やかで、甘やかな花の芳香が鼻腔をくすぐる。そして何だ、この後頭部に押し付けられる豊満な母性の象徴は。自分への当てつけのつもりか。


 …………落ち着こう。

 そもそも、ローズがこの自分の意味不明な申し出を受けたこと自体が意外だった。何故なら──


「あの、ローゼリア様」

「ローズでいいぞ。何だ?」

「……ローズ様は、その……私のことが、お嫌いではなかったのですか?」


 ローズが、エルメスを溺愛と呼んで良いレベルで可愛がっていることはもう良く分かった。

 ならば彼女にとって自分は、大事な弟子に近づく悪い虫。昔の恩義を盾にして強引に手元に置いている人間。そこまでは言い過ぎかもしれないが、同種の感情を持ってもおかしくはないと思ってしまうのだ。

 実際ここにきてからの彼女の行動は、まるで自分とエルメスを引き剥がすかのようで。

 そんな不安からの言葉だったが、ローズはあっけらかんと。


「え、何でだ? 別に嫌いではない……というか、もうお前のことはかなり好きだぞ?」

「……え?」


 思わず呆けた声が出た。

 嫌いではない、と言われることはありがたいし、分からなくもない。

 だがかなり好き、とまで言われる心当たりはなく。戸惑うカティアに対してローズは続ける。


「そもそもユルゲンの子供で、エルが見放すことなく仕えてる。この時点で悪い奴じゃないことは大体分かってたし……何より、今日の昼の件だ」


 今日の昼の件というと、あの師弟対決だろうか。


「お前さ、あれちゃんと見てただろ。ユルゲンに言われてとは言え、目を逸らさずにちゃんと。しかもちょっと悔しそうに」

「そ、それが何か──」

悔しがる(・・・・)ことすら(・・・・)しないんだよ(・・・・・・)。王都の、普通の連中は」


 思わず、びくりと体が震えた。

 どこか明るく飄々としていた彼女の声に、ここで初めて暗い何かが混じったから。


「あたしの魔法を見た奴はな、まず諦めるんだ。『ああ、こいつは違う』ってな。生まれ持ったものが違う。どう足掻いても無理。競うだけ無駄。そう決めつけて、無条件に崇拝するか徒党を組んで排除するか。どちらにせよ、あたしと同じ目線に立ってくれる奴はいなかった。……ユルゲンと、シータ以外は」

「……ローズ様」

「だからさ、嬉しいんだよ。魔法を使うあたしをちゃんと見てくれる人間はそれだけで。初めて会った時、『貴女みたいな魔法使いになりたかった』と言ってくれたエルだったり……そうして育ったエルに、そしてあたしにも追いつきたいと思ってくれるお前だったり」


 カティアを抱きしめる手に、力がこもる。


「エルが王都を見限らなかった理由が、あたしにも少し分かった。……ちゃんと次の世代には、魔法を正しく見られる存在が芽吹いているんだな」

「……」


 ……凄い人だと思っていた。

 強く、破天荒で、恐れるものなど何もない。そんな、とてつもなく強く在れる人だと。


 けれど、そんなことはない。

 彼女は他の人と同じように、悲しい過去があって、それを乗り越え素敵な出会いを果たし、誰かに託せる自分だけの想いを持つ。

 私たちと、一緒の存在なんだ。


「……ごめんなさい。避けていたのは、私の方だったのかもしれません」


 少し、この人のことが分かって。

 理解と譲歩を込めて、彼女はローズの手に自分の手を重ねようとしたが──


「──まぁ、とは言えだ」


 先ほどまでのしおらしい様子は何処へやら、ローズの口調がいつも通り……に加えてからかいの色も含ませたものに変化して。

 ものすごく嫌な予感がするカティアの予想に違わず、ローズは逃がさないと言わんばかりに更に腕へ力を込めて。

 耳元で、意地悪く囁いた。


「お前の言う通り、大事な一番弟子に近付く女に思うところがないわけではない。とゆーわけで、今夜は寝かさないぞ? あたしたちの師弟愛がどれだけ深いか一晩かけて全力で教え込んでやるからなぁ!」

「最初からそれが狙いねこの人! 絶対自分が語りたいだけでしょう!」

「そうとも言う! だめだぞーあんな分かりやすく好き好きオーラを全開にしちゃあな。お前も難儀な奴に惚れちゃったなー、あれが恋心なんて複雑な感情を理解するのにどれほどかかることやら」

「ッ」

「その点こっちは分かりやすいから良いよな。言っておくが、感情が薄くて表に出にくいだけでエルはあたしのこと大好きだからな?」

「そんなの見てれば嫌ってほど分かるわよ……!」


 その後。

 嬉々として楽しげにマウントを取り続けるローズに対し、カティアが「でも私は、エルに敬語じゃない口調で話してもらったことがありますから!」と謎の反撃を敢行。

 それが思いのほかローズに効いたらしく、表面上余裕を保ちつつも若干早口気味に師弟時代の思い出を話し。

 カティアも負けじと幼少期の思い出を語り続け、途中からお互いの情報交換をするだけの有意義な会と化して。


 結局、騒ぎを聞きかねたレイラが「流石に寝てください」と苦言を呈するまで謎の会話は続いたのであった。

エル君のプライバシーは無いようです。

レビューまた頂いてました、本当にありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ケルベロスは魔法としての再登場もしくは、魔法生物になる可能性はないんでしょうか?」
[良い点]  ヲンナノタタカひ
[良い点] 魔法が成長していくというのがとても惹かれました [気になる点] 今後の展開の予想をかくのは無粋かと思いましたが カティアが成長していけば霊達の魔法すら使えそうで、いやむしろそう成長してほし…
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