3話 師弟の対決
かくしてエルメスたちがやってきたのは、街とは反対方向に歩いた人気のない山の麓。
ここならば人目につきにくく、山に隠れるため遠くから目撃される心配も然程ないとのこと。
加えて。
「こんなもんでいいかね」
麓に置かれた台座のようなものを眺めて、ローズが呟く。
一見なんの変哲もない金属の塊のようだが──その台座を中心として、周囲にオレンジ色の薄い壁が円柱状に展開されているとなればこれがただの置物でないことは一目瞭然だ。
彼女曰く、これは結界を発生させる古代魔道具であるらしい。
ここにくる際、護身兼保険として何かしらの方法で持ち歩いていたそうだ。エルメスからすると彼女に魔法以外の護身方法なんて要るのかと思いたくはあるのだが。
「……本当に古代魔道具じゃないか。これを個人で所有してるってだけでこの国じゃ王家に狙われる理由になるんだけど?」
「は。あんなカビ臭い一族の言うことなんて知ったことじゃないさ」
「君も一応その一族なんだけどね……」
そして、戦いの見届け人兼万が一の時に制止する係としてついてきたユルゲンが呆れ顔で呟く。
彼の他にも、現在ここにはカティアと、レイラを始め希望した使用人も何人かついてきていた。
きっと、彼らも見たいのだろう。『空の魔女』と呼ばれ恐れられた、ローズの戦いを。
ともあれ、これで戦いの舞台は整った。
ローズに続いて結界の中に入ろうとしたエルメス──そこで、声がかけられる。
「え、エルっ。その──」
カティアだ。
彼女は何かに戸惑うような、何かを不安に思うような表情で問いかけてくる。
「その、大丈夫なの? いきなり戦うって、しかも相手があの──」
「ご心配はもっともですが、大丈夫ですよ」
軽く笑いかけて、エルメスは返した。
「師匠も本気を出すわけではありません、あくまで訓練の一環ですから。……それに、個人的に師匠の戦いは是非ご覧になることをお勧めします」
「え?」
「魔法を見れば、雄弁に分かっていただけると思いますから。──あの方が、どんな魔法使いであるのか」
それだけを告げると彼は結界の中に入り、一足先に中央で待っていた師の元へと歩み寄り。
向かい合って、気を引き締める。
「直接やるのは三ヶ月ぶりか? 楽しみにしてるぞ、あたしにどこまでさせてくれるのか」
「少なくとも血統魔法までは使わせたいですね。──では」
軽く言葉を交わすと、二人は慣れ親しんだ様子で。
まさしく鏡合わせのように同時に手を突き出し、同様に魔力を高め、言葉を合わせて告げた。
「「──【斯くて世界は創造された 無謬の真理を此処に記す
天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】」」
「!?」
結界の外から見ていたカティアは、まずそれに驚いた。
エルメスとローズが口にしたのは、全く同じ呪文。それが意味するところは──
「「創成魔法──『原初の碑文』」」
二人が声を合わせてその銘を告げると同時、現れるは二つの寸分違わぬ翡翠の文字盤。
紛れもない、『原初の碑文』。
……確かにおかしなことではない。そもそもあの魔法の開発者はローズである以上こうなるのが自然。
だが、彼女にとって『原初の碑文』はエルメスの魔法という認識が強い。
故に面食らってしまったのだ。これまで相手の魔法を使ってきたエルメスが、逆に自分と同じ魔法を使われる、という光景に。
しかし、それは驚愕の序章も序章だった。
続いて二人が生み出したのは、これも同じ魔法。
炎弾。強化汎用魔法の一種。出が早く威力、速度も平均的に申し分なく、エルメスが攻勢の組み立てでよく使っているのを見る。
ローズが用意したのも同じ……しかし、決定的に違う点が一つ。
──ローズのそれの方が、桁外れに大きい。
「嘘……でしょ」
これまでカティアは、エルメスの魔法を多く見てきた。
彼の魔法の特徴は、見た魔法を再現すること。それによって他者の魔法を自分のものとして、相手と同じ土俵に立った上で上回る光景を何度も見た。
だからこそ、信じられなかった。
同じ魔法を使って彼が負けることがある、だなんて。
炎弾が打ち出される。二つが中央で弾け──案の定、ローズのそれが圧倒的な威力で飲み込み、エルメスに殺到する。
彼も分かっていたのだろう、自身の炎弾が稼いだ僅かな時間で射線から逃れ、仕切り直しを図ろうとする。
だが、魔女の攻勢は止まらない。
「ほら、まだまだ行くぞ?」
愉快そうな声と共に繰り出される次の強化汎用魔法。風の刃、氷の礫、雷の矢。
それはどれも見覚えのあるもので……どれも、エルメスのそれとは桁違いの威力を持っている。
思わず、カティアはこぼした。
「あんなの、もう──ほとんど血統魔法じゃない……!」
そう思ってしまっても無理はないほどの、凄まじい性能。
だが、同時に彼女は悟ってもいた。あれは紛れもなく、汎用魔法の延長線上だと。
何か特殊な術式を使っている素振りも見えない、正真正銘、魔法自体はエルメスが使うそれと相違ないのだ。
つまり威力を決定しているのは、魔力出力であり操作能力。
彼女はそれにおいても──エルメスより、遥かに上回っているということ。
それらの能力は多少先天的なものもあるが、基本は後天的に伸ばすものだ。
才能だけで、あの領域にたどり着けるとは到底思えない。すなわちローズは……高い魔法の才能を持ちながら努力を怠らず、長い時間をかけてここまで磨き上げてきたということ。
……エルメスと、同じように。
(そうよね……『師匠』なんだものね)
改めて思い知らされる、彼とローズとのつながりの深さ。
その事実を情報だけでなく魔法でも見せつけられ。カティアは眼前の光景に、思わず目を瞑ろうとするが──
「目を逸らしてはいけないよ」
背後からの言葉に、それを遮られた。
「……お父様」
「気持ちはわかるけれど、目を背けるのはいけない。……どれほど桁外れの魔法を使おうと、どれほど目指すところが離れていようと。彼らは紛れもない、私たちと同じ人間だ」
揺るぎない声で、宣言通り真っ直ぐに前を向きつつ、ユルゲンは語る。
「私はかつて、それを見失ってしまっていた。君には、同じ轍を踏んでほしくない」
「……はい」
「それに、彼を見てみると良い」
「え?」
言われて、彼──エルメスに目を向ける。
と言っても彼女の目に映るのは先ほど通り、あまりに圧倒的なローズの攻勢に拮抗するのが精一杯の彼の姿──
「──いえ」
違う。拮抗が精一杯、ではない。
そもそも拮抗できていること自体がおかしい。
何もかもが上なのだ。自分と全く同じ魔法を使われ、威力も速度も基礎能力も自分より遥かに上回る存在を相手取って。
確実に劣勢ではあるが、曲がりなりにも渡り合えていることが異常なのだ。
そして気付く。
彼がこの攻防で、どれほどの工夫と技術を凝らしているかを。
魔法を正面から受けず、側面で受け流すような光の壁の展開によって最小限の消費で攻撃を凌いでいる。
常に細かい移動を繰り返し、意識の空隙を突くような魔法展開で向こうに狙いを絞らせない。
相手の次の手を読んで相性の良い魔法を選択、時に相手の魔法を利用してまでアドバンテージを稼ぎ、情報を蓄積させて虎視眈々と反撃の機会を窺う。
──それは、紛れもなく彼が積み上げてきたもの。
創意と工夫。学習と進化。きっと自分より優れた相手に抗し、最後は上回るために彼が磨いてきた在り方。
「……」
いつの間にか、言葉を忘れていた。
自分だけでない。ユルゲンも、使用人たちも、固唾を飲んで結界内の戦いを見守っていた。
圧倒的な、されど確かな技術と経験に裏打ちされた正当なる力押しで君臨する魔女と。
明晰な頭脳による創意工夫、無限とも思える手練手管を駆使して立ち向かう少年。
皆、見惚れていたのだ。生まれ持ったものに胡座をかく、王都の血統魔法使い同士では見られない。
二人の正しい魔法使いが織り成す、あまりにも美しい魔法戦に。
(──お父様の、言う通りだわ)
目を背けてはいけない。──否、むしろ目に焼き付けるべきだ。
きっとこの光景が、彼に追いつきたいと望む自分にとっての理想であるはずだから。
覚悟を決めて、迷わずに。
彼女は毅然と、戦いの趨勢を見続けるのだった。
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