57話 次の一日へ
フレンブリード家は無くなるだろう。先程もあった通り、アスターの傘下についてからやりたい放題やっていたゼノスの罪が明るみに出たことによって。
父ゼノスは良くてかつてのエルメスと同じ平民となり、悪ければ犯罪者として重い懲役を課される。
兄クリスは横領等の罪状が無い分罪は軽いが、それでも貴族としての立場以外は全て奪われる見込みだそうだ。魔法の才に応じていずれかの使用人になるのが通例らしい。
……そのクリスにも先程会ったのだが、驚くべきことが起こっていた。
彼は、魔法の鍛錬をしていた。しかも彼の受け継いだ『魔弾の射手』ではない。
──あの時、エルメスが譲渡した『原初の碑文』を起動していたのだ。
確かに『原初の碑文』は誰でも扱える魔法。エルメスが譲渡したことで資格も得た。
しかし、そもそもそこから自分の手で起動できるようになるだけでもそれなりの労力が必要だし、使いこなすには更に途方もない努力が要ることはあの時説明した通り。
……それを完膚なきまでに理解させられて、尚。彼は起動自体には成功し、文字盤と魔法を交互に見比べて必死の唸り声を上げていた。
そんな光景を眺めるエルメスを見つけた時、クリスが言ったのは一言だけ。
「……邪魔しないでくれないか。僕にとっては、この程度でも必死なんだよ」
素っ気ない、けれど裏を返せばエルメスに対する執着心が抜け落ちたことを感じさせる一言。
エルメスはその言葉を聞いて、一礼の後その場を離れたのだった。
きっと、あの戦いを経て。彼の中でも何かに決着がついたのだ。
それは彼の望む形ではなかったのかもしれないけれど、新しい方向に進み出そうとするのであれば、縁はなくとも血の繋がった者としてひっそりと応援くらいはしても良いだろう。
彼は魔法を鍛錬するにあたり、自分に教わる気はないだろうし教わりたいとも思わないだろう。
……けれど、あれを独学は流石に厳しすぎる。後で彼の新しい居場所を調べて、エルメスが勉強に使っていたローズ製の教本を送ろうと思った。
エルメスに施しを受けるようで嫌がるかもしれないが、エルメス自身これが無ければ何も分からなかった。同じスタートラインに立つことくらいは、受け入れてくれれば良いと思う。
あの騒動の渦中にいたもう一人。アスターは、目覚めた後も自分の状況を理解せず喚き散らしたそうだ。
お得意の思い込みと現実逃避。これは何かの間違い、あいつらが卑怯な手を云々。
けれどこれまでと違うのは、それを信じる人間が誰もいなくなったことだろう。
アスターは強さによって肯定されてきた人間、負けないことによってその存在と信仰を保ってきた。
裏を返せば、一度でも負けた瞬間その信仰は崩れ去る。しかも負け方と負けた相手があれでは、評価が一転するのもやむを得ないだろう。
あの兵士たちは王族直属になれるだけあって実力と地位の高い人間が多かったらしく、彼らが口を揃えてアスターへの不信を触れ回ったことで王都での彼の評価が急落。
もともと傍若無人なアスターに内心では不満を持っていたものも多く、彼は急速に信用を失っていった。
それに加えて、流石に今回は誰が見てもやりすぎだったカティアへの糾弾、罪の擦り付けの主導。
裁判にかけられたが、そこで彼は当然の如くまともな弁明どころか自己正当化を未だ繰り返し。
反省の色が無いことは明らかで、罪は重くなり彼も王族としての立場を剥奪される見込みだそうだ。
そしてエルメス。彼の処遇も今先程決定し、これまで通りトラーキア家の使用人という扱いになるらしい。
当初はユルゲンが養子に取ることも考えたのだが、何故かカティアが猛反対したらしい。「家族になるのは……その、なにかこう、違うと思うの!」と若干要領を得ない理由だった。
ユルゲンは苦笑しつつ「まぁ、勝手に子供にするとローズが怖い気もするしね」と言って、今まで通りの立場に落ち着くこととなった。
アスターが居なくなり、王都は混乱するだろう。仮にも今まで大きな存在として君臨していた人間が消え、勢力が大きく変化して荒れることは間違いない。
その影響はひょっとしたら自分たちにも降りかかるかもしれない。
けれど、きっと大丈夫だろう。自分たちの中に、確かな意思がある限り。
そんなことを考えつつ、フレンブリード家の庭を歩いていたエルメスに声がかけられた。
「──エル!」
見ると、門の前に立つのは彼の主人である紫髪の少女。
傍には、その友人である金髪碧眼の少女が。
「カティア様にサラ様。なぜこちらに?」
「エルが今日ここに居るってお父様に聞いてね、迎えに来たのよ」
「迎えに……?」
何のために、と言いかけたところでふと気づく。
彼女が、常にないほどに上機嫌だ。今にも鼻歌と共にステップを刻み出しそうな雰囲気が出ている。
彼女だけでなく、隣のサラも控えめながらも喜色を隠せない様子だ。
「何か、良いことでもあったのですか?」
「! ……ふふ、よくぞ聞いてくれたわね」
カティアはエルメスの洞察に驚きつつも、それよりも早く言いたかったらしく楽しげに胸に手を当てて。
「実は私ね──学校に戻れることになったの!」
「おお!」
それは、間違い無く朗報だ。
でも、確かに妥当と言えば妥当だろう。カティアが学校を追い出されたのはアスターの身勝手な糾弾が原因。その当人の影響力が無くなったのならば復学はむしろできなければおかしい。
掛け値なしに喜びつつも、エルメスはふと疑問を覚えて問いかけた。
「それはおめでとうございます。……でもそうなると、僕は日中何をすればよろしいのでしょうか?」
その疑問に、カティアは今度は少し悪戯げな微笑みを見せると。
「何言ってるの。──あなたも行くのよ?」
「…………えっ?」
予想外の返答に、エルメスの言葉が止まる。
「……その、何故?」
「何故? 私からすれば通わない方が何故、よ。元々私たちが通う学校は魔法の研鑽を目的としているんだもの。ならそれほどの魔法を持って、同い年の貴方を推薦しない理由が無いでしょう?」
「いやしかし……それは貴族子弟に限った話では? 僕はフレンブリード家には──」
「戻らないだろう、ってお父様から聞いてるわね。でもどうせフレンブリード家は取り潰し、トラーキアに接収されるわ。じゃあもう、フレンブリードに戻った後家が無くなって、行く当てが無い結果トラーキア家の使用人になったということにすれば貴族子弟に戻ったも同じ、ってこれもお父様が」
「そんな強引な……」
見事に順序が逆転しているし、そもそもだとしたら先程の父との話し合いは何だったのかという話だ。
「……まぁ、私もちょっと無理やりかとは思うわ。お父様は何か、そこまでして貴方を学校に入れたい思惑があるみたいだけど、その辺りは私も知らないから後で聞いてちょうだい。……それより、エル」
言い終えると同時、カティアが可愛らしくも拗ねたような表情でこちらをじとっと見てくる。
「何よ、文句があるみたいな口調じゃない。……私と一緒に学校に行くのは、そんなに嫌かしら」
「──それは」
改めてそうシンプルに言われると、彼の心はすんなりと決まる。
彼自身、歳相応の少年として。そして10歳の時にその未来を奪われたものとして、学校というものへの興味は当然ある。
「……失礼しました。はい、とても、通ってみたいです」
軽く微笑みつつそう言うと、カティアは頬を染めつつもぱっと顔を輝かせ、エルメスの手を取る。
「分かればいいわ! それでね、今日来た用事もそれよ。学校用に、あなたの新しい服を買いに行くの」
「え、服? そこまでしていただくのは──」
「だめよ。貴方は私の従者なんだから、中途半端なものを着せては主人の私が恥をかくの。そう、仕方ないの。決して着飾ったあなたを見てみたいとかそういうわけじゃ……ちょっとしかないから」
そこで否定しきらないあたりに彼女の性格が滲み出ていた。
誤魔化すように、カティアはもう一人の少女の方を向く。
「そのために、サラにも来てもらったの。この子の服のセンスはすごいのよ、本職でやれるんじゃないかってくらい」
「え? は、はい!」
先ほどまで主従のやり取りを微笑ましそうに見守っていた彼女は、いきなり話を向けられて戸惑いつつも頷く。
「せ、精一杯やらせてもらいます!」
その表情からは、今までにあったようなカティアに対する後ろめたさやわだかまりなどは、微塵も感じられず。
きっとこの一週間で、沢山話して。また元の仲良しな少女二人に、戻ることが出来たのだろう。
安堵と共に、エルメスが笑い。カティアも心から楽しそうな表情を見せ、サラも控えめに微笑んで。
三人を乗せた馬車が、ゆっくりと走り出して。
彼らがこれから過ごす王都の一日が、また始まる。
これにて、「創成魔法の再現者」一章完結です!
非常に長い一章となりましたが、ここまで読んで下さり本当に嬉しいです!
ここからは幕間、エルメスの『師匠』ローズのお話を挟んでから、
二章学園編となります!
一章以上に盛り上がるお話をお届けできると思うので、是非この先も読んでいただけると!
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