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183話 創成・2

「【相待せよ 傾聴せよ 是より語るは十二の秘奥】」


 詠唱と共に、思い出す。

 王都を出てから、これまでの旅路を。


「【是は真実にして不偽 確実にして真正 タブラ・スマラグディナの名の下に】」


 始まりは、訳が分からなかった。

 ただ、第三王女リリアーナと仲良くなって、このまま彼女を教えながら継承権争いをするのだろうなと漠然と考えているだけだったのに、いきなり王都が燃え、玉座が簒奪され、訳も分からぬまま王都を出て行く羽目になった。

 ──それは、何も知らなかったから。


「【太陽は父 月は母 風は鵠鳥(こくちょう) 大地は乳母(にゅうぼ)】」


 そこから、北部反乱。そして教会での戦いを経て。

 様々なことを知った。これまで対立してきた人間とは違う、確かな信念を持って立ち塞がってくる敵の恐ろしさを。

 ……そして、自分が無自覚に目を逸らしていたもの。負の想いの怖さと、そういう魔法も存在すること。これまで見ずに済んでいた、王国の濁り切った底の闇。


「【此方(こなた)に得るは万象の栄光 彼方に払うは一切の無明 流転と円環を言祝(ことほ)ごう】」


 知ってしまったが故に、今までの価値観を破壊し尽くされたが故に。

 少年は迷って、悩んで。様々な想いと周りの人々にも助けられて。

 そうして、一つの結論に辿り着く。


「【生まれるは全てを凌ぐ力 あらゆる精妙に勝るもの 遍く堅固を穿つもの】」


 ──想いに、貴賤はない。

 善悪すら、そこにはない。発展に寄与するものを善と、破滅に寄与するものを悪と、そう人間が勝手にレッテルを貼っているだけで。

 きっと本来、それに差はないのだ。


「【観照 分離 統合 適応 夢幻の果てに完成を()り (しか)して残るは数多の願い】」


 想いは、ただの想いであり。願いは、ただの願いである。

 それは等しく、人が何かを求める証であり。それだけで魔法を作るに足るもの。

 たった一つの、世界の何かに逆らってでも叶えたいと思った(かたち)

 それがきっと、この世界における一つの真実なのだろう。


(……ああ、そうか)


 そこで、エルメスは思い至る。

 だから、この魔法は。『魔法を創る』効果をもつこの創成魔法は。

 最後の詠唱を、こう締めくくるのだと。

 ようやく辿り着いた理解と共に、今までで一番丁寧に。結びの詠唱を口に出す。


「【()くて世界は創造された 無謬(むびゅう)の真理を此処に記す

  天上天下に区別なく 其は唯一の奇跡の為に】」


 想いに上下はなく、願いに区別はなく。

 其は、唯一つの叶えたいものを叶えるためだけに存在する。

 そうして、この世界はできている。


 詠唱に込められた想いを、最大の理解と共に込めたエルメスは。

 過去最高の状態で、その魔法を解き放った。


「『原初の碑文エメラルド・タブレット』──魔銘解放(リベラシオン)


 翡翠の文字盤が弾ける。微細な破片となってエルメスの周りを飛び回る。

 ……本当の意味で、最初から魔法を創り上げる為に解放したのは──あのケルベロスと戦った時以来か。

 最早遥か昔に感じるその時と同じく、けれどその時とは段違いに深めた魔法への理解を武器に、エルメスは二度目の創成を行うべく、無数の魔法の破片に手を伸ばす。


 ベースにするものは、もう決めている。だから後は、それを望む形に整えるだけ。

 最も参考になるのは……と探し、見つけたそれに思わず苦笑する。

 その魔法は、『悪神の篝幕(ゴエティア)』。最後の最後まで、あの男はどのような形でも自らの前に居るらしい。

 けれど、一切不快ではなく。お借りします、と一つ礼とともにその魔法の要素を手に取る。


 加えて、カティアの『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』。彼女から聞いていた解放の形を主に参考にして、望む形に近づけていく。

 あとは補助として、サラの『精霊の帳(テウル・ギア)』と『星の花冠(アルス・パウリナ)』。その他にもいくつか、とある特徴を持つ魔法たちを集めていくことでエルメスが想う今の願い、それに即した魔法を創り上げていく。


 あの時と違い、苦しさはなく。ただ、穏やかな心持ちだけがあって。

 一つ一つ丁寧に、されど迷うことはなく、魔法の欠片たちを組み合わせていって──


 そして。


「……できた」


 静かに、彼はそう告げて。

 魔銘解放(リベラシオン)を解除。翡翠の文字盤が元に戻り、けれど戻り切っていないいくつかの破片が集約、光の玉となってエルメスの掌の上に辿り着く。

 その、魔法の銘を。


「術式、創成──」


 彼は、どこまでも穏やかに口にした。




「──『新星原野(ニルヴァーナ)』」




 瞬間、ふわりと。

 エルメスの掌にあった光の玉が、細かく分かれて周囲に散った。


 目に見える起こったことは、ただそれだけ。

 けれど、エルメスは確信する。ちゃんと、魔法は発動したと。


「それ、は……?」


 あまりに細やかすぎる視覚上の現象に、流石にクロノも軽く首を傾げる。


「エルメス君。一体どんな魔法を……いえ、そもそも創れたのですか?」

「はい。創れましたし、もう効果は(・・・・・)出ています(・・・・・)


 続く返答を聞き目を見開くクロノに、エルメスは微笑んで告げる。


「効果もなんら難しいものではありません、すぐに分かります。ではそうですね……試しに、僕に魔法を撃ってくださいますか? 何でも構いません」


 予想外の提案に、けれど信用に足ると理解したのだろう。言われるがままに、


「……『白夜の天命(アイン・ソフ・オウル)』」


 クロノが、最も親しんだ血統魔法を起動。

 エルメスを襲うべく、不可視の力場が生成──


 ──されない(・・・・)


「! これ、は……」


 起こった現象に、クロノも困惑する。

 なんだ、今のは。自分がミスをしたわけではない、魔法は正しく発動した。

 ただ、何というか。発動した側から魔法が『散らされる』ような。

 起きたこととしては先刻の『天使』による魔法の暴走に近いものだが、暴走ではない。強引でも無理矢理でも何でもなく、ただただ。あまりにも優しく、魔法そのものが周囲の空間に溶けて消えていくような。

 合わせてエルメスも強化汎用魔法を起動し……けれど、それも空間に溶け消えて。


「これが全部です。この魔法の効果は、ただそれだけ」


 それで実演は全てだと告げ、エルメスは。

 静かに、端的に。創り上げた魔法の効果を告げる。




僕を中心とした(・・・・・・・)一定空間内で(・・・・・・)僕を含め(・・・・)全員魔法が(・・・・・)使えなくなる(・・・・・・)

 ただそれだけ。それがこの魔法──『新星原野(ニルヴァーナ)』の、効果です」




 すなわち──魔法封印領域の生成魔法。

 それを生み出したエルメスは……本当に、出来すぎているなと思わず苦笑した。


 彼のこの旅、最初の最初は。今も向こうで静かに眠る少女、リリアーナと出会ったことから始まった。

 そのリリアーナが、最初にエルメスに使ってきたのが発動阻害(インターセプト)。魔力によって相手の魔法を崩し、うまく発動させなくするという特異な技術。

 彼女の暗い情熱によって生み出されたこの技術は、ここまでも要所要所でエルメスたちを助けてきた。


 これは、その究極形。発動阻害(インターセプト)の原理をベースに、ラプラスやカティアの解放による『一定範囲内の空間全てに特定の効果をもたらす』魔法を組み合わせ、他にも複数の魔法でその効果を補強して創成された魔法。

 言うなれば──魔法を使えなく(・・・・・・・)する技術の極限(・・・・・・・)である。


 故にこそ、彼女との出会いから始まったこの旅における最後の魔法に相応しく。

 半分は意図的とはいえ、出来すぎているほど綺麗な流れだなと。そう思っての苦笑だ。


「……はは。なるほど」


 クロノも同じ結論に辿り着いたのだろう。エルメスと全く同じ表情を浮かべて。


「それはなんというか、とても納得できる魔法ですね。……しかし、意外でした」


 こう問いかけてくる。


「魔法を使えなくする空間を生み出す。そんな魔法に『理想郷(ニルヴァーナ)』の銘をつけるとは。

 ……意外にも、随分と皮肉屋だったのですね? 君は」


 対するエルメスも、クロノと全く同じ表情のまま迷わず返す。


「皮肉の一つも言いたくなるでしょう? この国を見たんですから」

「はは、違いない」


 そのまま、二人は笑い合う。長年の友のように、価値観を共有した同士のように。

 魔法の効果は分かった。納得もできるものだった。

 であれば次は、その魔法で何をするのか。つまりはどう決着をつけるのか、だが。


 それは最早、言うまでもないことだろう。察しているクロノに向かって、エルメスは。


「では、始めましょうか」


 構えを、取る。

 それは格闘戦の構え。ローズから教わった、魔法使いの弱点を消すための技術。

 けれど今、この場所においては。自らの唯一の武器であるその構えのまま。


「……これまで、僕も。恐らくはあなたも」


 この決着を選んだ理由を、静かに語る。


「いいえ。きっと、この国の全員。あまりにも『魔法』に振り回されてきました」

「そうだね。だからこそのこの国の現状であり、今の王都の惨状だ」

「ええ、だから」


 故にこそ、と笑って。


「──最後くらいは。魔法抜きで、決着をつけませんか?」

「──いいね。素晴らしい」


 魔法大国、ユースティア。

 その名の通り、血統魔法を基盤とした魔法が王国の成立期から発展に寄与し。王国のどの時期でも、魔法が国の中心にあった。


 言い換えれば……世界で一番魔法に振り回されてきた国、だからこそ。

 その国の未来を懸けた戦い。変革と焦土という、形は違えど国を違う姿にしようとした者同士の戦いであれば。決着は、魔法抜きが相応しい。


 あとはついでに、俗な感情を持ち込んでいいのであれば。

 ──もうお互い、魔法は少しばかりうんざりだろう? なら最後くらいは、純粋に殴り合いでもして決めようじゃないか。

 

 そんな想いを。無言のメッセージを。

 エルメスは投げかけて、それにクロノも素晴らしいと乗り気で受け。

 合わせて彼も、構えを取る。エルメスとは違う、けれど堂に入った姿。

 ……ああ、やはりと思う。立ち居振る舞いで分かっていた、彼もエルメスとは別種の格闘戦の心得がある。

 であれば、条件は対等。

 

「では、始めよう」

「はい、いつでも」


 最後に、儀礼の言葉だけを交換して。

 それ以降は最早、言葉は要らない。魔法さえも要らない。

 息を合わせて、全く同時に足を踏み出して。


 かくして、ほんの先ほどまで地獄と化していた王都で、今もその爪痕が多く残るこの場所で。

 ほんの一時だけ生まれた、世界で一番優しい空間の中で。

 ささやかな最後の戦いが、幕を開けた。

第三章の最初に示した三章最後の構想、そして最初からあった『原初の碑文』の詠唱に込められた想い。

それを書くところまでたどり着けました。

優しい最後の決着を、是非最後まで見届けていただけると!

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― 新着の感想 ―
……殴り合い……! ……この長く苦しい戦いを締めくくる為に、殴り合いで決着を付けるつもりなんだ……!
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