175話 境界を越えて
「師匠!」
「エル、来たか! よし──」
王都中央地下。
エルメスが到着したことを確認したローズが、彼に向かって一言。
「エル! お前は領域を!」
「!」
師弟には、それだけで十分だった。
エルメスが息を吸い、一息に詠唱。そして──
「『原初の碑文』──魔銘解放!」
再度の、魔銘解放。
先ほどと同じく、既に展開されているらしい『悪神の篝幕』による弱体化領域。それを相殺する領域魔法を生み出すべく、再び解析と発動を再開する。
先刻のラプラスとの戦闘である程度の解析は済んでいる、せめて拮抗までは持っていけるはずと考え、領域魔法を撃ち出し──
「──ッ!」
──即座に、恐ろしい圧力で自身の領域魔法が押し返された。
先ほどの戦闘の比ではない。そうか、創世魔法で超強化されているのか。二連続発動であることも相まってユルゲンの時ほどの理不尽な強化ではないようだが、それでも血統魔法と比べて一つ上の次元にある魔法。
異常なほどの強度で、エルメスの魔法が押し返され──
(──それ、でも……!)
されど、エルメスは諦めない。
ローズに弱体化領域の対処を頼まれたのだ。彼女がそう言ったのなら、エルメスに不可能ではないということ。
であれば、それを信じる。ローズを信じてエルメスも魔法に集中。どうにか領域の綻びを見つけ、今まで以上に解析に集中し。
(これ、で──!)
どうにか、自身の魔法を通す。拮抗は望むべくもないが、弱体化領域の威力を多少は弱めることに成功した。
「十分だ、ルキウス!」
「はい、私のことは気にせず!」
それを見て取るや、ローズとルキウスが突撃。ローズは血統魔法による機動力で、ルキウスはサラのサポートによって。ラプラスの攻撃を掻い潜って攻勢に転じる。
クロノ、ラプラス対エルメス、ローズ、ルキウス。直接攻撃が可能な者の中では実力者たちが順当に残る形で。
最後の激突が、始まった。
「流星の玉座──【朔天】!」
ローズの詠唱が響く。
天空誤認術式、【朔天】。『流星の玉座』の唯一最大の欠点である『空からしか放てない』という縛りを解消する術式によって、地下という閉ざされた空間でも超威力の光線が放たれる。
以前秘匿聖堂で見せた時は『拒絶』を差し挟む隙を与えたことで破られたが、その程度の弱点はここに来るまでに克服している。
結果、問答無用の一撃がラプラスとクロノを目掛けて放たれ──
「舐めん、なッ!」
ラプラスが手を振るい、それに合わせた黒い靄が光線を全て飲み込んで消し去った。
『悪神の篝幕』の、拒絶効果。術式そのものを消すことはできずとも、彼とて今は創世魔法の強化を受けている状態。オルテシアとの戦いで消耗している今のローズの魔法ならば、光線そのものを消すこと程度訳はない。
だが──彼女も、今は一人ではない。
「舐めてはいないとも、最初からな」
「!」
光線に紛れる形で、王国最強剣士ルキウスが襲来。領域による弱体化を受けてなお、その凄まじい身体能力は健在。恐るべき速度でラプラスの懐に潜り込んで、剣閃を見舞う。
──だが、ラプラスもさるもの。体を逸らして紙一重で剣を躱すと、その体勢のまま蹴りを放って距離を取る。
……これも、ラプラスの恐ろしいところだろう。万能で強力な血統魔法を持っていながら、近接でも強い。育ちがそうさせるのだろうか、これは『貴族』には無い強さだ。
(……それでも)
それでも、戦況はこちらに有利だ。領域の相殺に全力を回しつつ、エルメスはそう思う。
ローズが遠距離より絶え間なく光線による攻撃を続け、ルキウスが常に近距離で纏わりつくことで反撃の隙を与えない。
総合的に、こちらが勝っている。エルメスの解析も徐々にだが進んでいる。
(このまま、押し切る──!)
と、そう思っていた瞬間。
「──『白夜の天命』」
信じられない言葉が、響き。
「な──!」
「っ!」
ローズとルキウスに、それぞれ強力な力場が働き二人を地面に叩きつけようとする。
ローズは『無縫の大鷲』の限定解放で相殺、ルキウスは力場を斬って解除することで難を逃れる。が、それによってラプラスに体勢を立て直す隙を与え、再び位置関係が降り出しに戻る。
直後、全員の驚愕の視線が──クロノに向いた。
「……ッ」
「おいおい、無茶すんなお前」
クロノ──今までの涼しげな表情をかなぐり捨て、苦悶の顔で汗をかきながらこちらに手を伸ばし魔法を撃った彼に、ローズが呆れと称賛の混じった声で告げ。
クロノも、答える。
「無茶だってするとも。これが私の悲願なのだから」
「創世魔法の解放と血統魔法の併用だぞ? あたしの時とは話が違う、削れちゃいけないもんが削れてるのは自覚してんのか?」
「寿命とか身体機能とかそんな感じのものかい? 構わないとも」
気がつけば、クロノの口調から慇懃さが消えていた。
けれどそれを誰も気にしないほど自然に、彼は語る。
「望みのために命を懸ける。それは当然のことだ、叶えたいものがある人間ならば皆がやっていることだ。きっとこの国では、滅多に見られぬ輝きだ」
「……」
「だから、私もそうすると決めた」
言っている間にもクロノの体からは血が流れ、息は荒く上がっている。
けれど、それを補って余りあるほどの迫力と、覇気を宿して。
「私は、この国を壊したい。完膚なきまでに、蘇りようなどないほどに壊したい。壊した後のことなど知ったことではなく、代わりに何かを作るでもなく、ただただ。
……それは、普通では許されない願いなのかもしれない。受け入れられるものではないのかもしれない。でも、それでも! それは私が一番、心から望める唯一の願いだ!」
声も荒らげ、されど品位は微塵も落とさず、気高さすら感じさせるように。
「そのためならば、全てを懸けるのは当然のことだ! 命でさえも無論。
さぁ護国の戦士たちよ、私はまだ立っているぞ。新たな国を創りたいと願うのならば、まずは私の願いを超えて行け!!」
その言葉を最後に、再び『白夜の天命』を展開。
力場を生み出し、魔法を操るその姿は──相応しい威厳を湛えていて。
「はっ」
それに呼応するように、ラプラスの声が響く。
「いいねぇボス、熱ぃじゃん。
こっちもテンション上がってきたぞ、お綺麗な魔法使いども!!」
そのまま、クロノの魔法に完全に合わせるようにラプラスも拒絶の魔法を発動。今までと比べて倍以上の攻勢となって、ローズたちに襲い来る。
「っ!」
「これは、なるほど──!」
ローズとルキウスが何とかそれを捌くが、クロノの参戦によって戦況は完全に五分五分へと戻った。
……その様子を、エルメスは見る。
クロノが、ラプラスが。全身全霊以上をもって魔法を振るう姿を見る。クロノは言わずもがな、ラプラスも。彼とて創世魔法の加護を受けている分相応の負担があるはずなのに。
そんなものは関係ないとばかりに。飄々とした様子をかなぐり捨てて、獰猛に魔法を、今までで最大の冴えをもって繰り出し続けていた。
「……」
彼らの願いは、この国の破滅。彼らの想いは、この国に対する怨恨。
それは確かに、善いものとは言えない。存続にも発展にもなんら寄与しない、その意味では純然たる悪しきものと言えるだろう。
……それでも。
クロノが言った通り。善いものではなくても、誰に認められるものではなくとも。
それでも、全てを懸けて己を突き通そうとするその姿は──
(──綺麗だ)
そう、思えた。
同時に、『では自分は?』と考える。
自分は、そんな彼らに見合うだけの何かを出せているだろうか。彼らの想いに、願いに釣り合うだけの何かを、懸けることができているだろうか。
そう思った時には。
もう、エルメスのやることは決まっていた。
故に──ローズとルキウスが守勢に追い込まれたタイミングを見計らって、エルメスも。
「──【灼け】」
保持していた魔法を解放し、クロノたちにぶつける。
「エル!?」
「何──」
唐突な攻撃にクロノたちは僅かな手傷を負い、ローズが驚きの表情でエルメスの方を向いた。
それもそうだろう。
エルメスは、血統魔法クラスを二つ以上同時に起動できない。
それの解決方法として生み出した遅延詠唱だが……あれはあくまで通常の血統魔法との併用を想定していたもの。
今のように、魔銘解放と同時に行うレベルの負荷は完全に想定外。事実エルメスも全身が軋み、微かに腕からも血を流している。
それでも──彼はその上で、告げる。
「……ッ、これで。僕も、クロノ様と同じです」
「!」
「こちらも、無茶をせねば勝てない相手でしょう。……この先も、随時詠唱を終え次第適切なタイミングで魔法を撃ちます。だから、師匠たちは──!」
その想いが、伝わったのだろう。
今度はローズが不敵に、美しく笑って。
「流石だ、愛する弟子よ。……ルキウス、聞いたな。少し速度を上げる、腕が千切れても喰らいつけ」
「無論。ここで奮い立たねば、何が戦士でしょうか」
ルキウスも同調し、さしもの彼も疲労が滲む体に、されども鞭打って。
決戦が、更に過熱する。
そこからは、お互いに限界を超えた戦いが続いた。
創世魔法の解放と血統魔法を同時発動するクロノに、領域の相殺と同時並行で遅延詠唱による血統魔法の差し込みを行うエルメス。
オルテシア戦の負傷が残りながらも全力で暴れ続けるローズに、最も動き続けての疲労を強引にサラの魔法で回復し続けるルキウス。そして創世魔法の超強化による負担に耐えながら魔法を撃ち続けるラプラス。
最早互いに温存の意識はない。今この一瞬に自分の全部を懸けることに全員が集中しており、その結果の奇跡的な均衡が永遠に続くかのように釣り合っている。
この国でも間違いなく指折りの魔法使いたちが、持てる全てを出し尽くして、存在を懸けて戦い抜いている。
それは、捧げられた想いの種類に関係なく。願いの善悪に拘らず。
見ている存在──カティア、ニィナ、アルバートに。『綺麗だ』と問答無用で思わせるような、あまりにも苛烈な煌めきに満ちていた。
いよいよ、決着の時が近づいてきたようだ。
それを感じ取ってか、向こうがまず動く。
「ッ、このままではきついか──ラプラス!」
「おう、何だボス!」
「悪いがこのまま戦っても分が悪いし運否天賦だ、そんな決着は望まない。だから──[創世魔法の出力を上げる]! 君が耐えられるかは賭けだが、ついてきてくれるかい?」
「はっ、言われるまでもねぇ!」
それに驚いたのは、まずエルメス。
まだ先があったのか。まずい、現状でもギリギリ抗えているというのに、ここに更に足されるとなるとこちらが持ち堪えられるかどうか。
そう、驚きと焦りの感情を浮かべる彼──
──程度が、可愛く思えるほどに。
「ッ!! ──おい、やめろ! やめろッ!!」
ローズが。
本気で今まで見たことのないくらいの勢いで、叫んだ。
「それだけはやるな! それ以上はまずい!! くそッ、そうか知らないのかお前らは! おい、とにかくよせ! こればかりは敵も味方も関係ない、そいつはッ!!」
そして。
今までにない焦り、鬼気迫る剣幕で、ローズは。
「それ以上は!! 勘付かれる、奴らに見つかる──!!」
「『────────みつけた』」
次回、激変。ぜひ読んでいただけると!




