表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

304/322

166話 救世の冥界・2

「ここに居られる……って、どういうことだい?」

「簡単なことよ」


 ユルゲンの……久しく味わっていなかった本気の疑念を帯びた声に、シータは答える。

 穏やかに、まるで幼子に諭すように。ここまでのことをした彼に対して、怒りや悲しみは一切なく。


「『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』の魔銘解放(リベラシオン)、それは死者との対話が可能な世界、生死の境が曖昧になった世界の創造。そして定めた対象を、その世界へと誘う魔法。

 ──でも、良く考えてみて?」


 シータも、この国の貴族たちとは一線を画した存在、生まれ持った血統魔法が然程強くないものであることもあっただろうが……魔法に驕ることなく、知識の研鑽を続けてきた。

 その生前の知識があるからこそ、言えることを。


「魔法は、万能じゃない。『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』だってそう。創世魔法に近いイレギュラーではあるけれど、それでも創世魔法ではない。いくら魔銘解放でも『そこまでのことはできない』という限界は確実に存在する」

「……」

「その上で、考えて欲しいの。『生死の境を緩める世界に、相手を問答無用で誘い込む』。──そんな真似が、血統魔法に可能だと思う?」

「──ぁ」


 不可能だ、と。

 シータと同レベルの知識を持つユルゲンは、そう断言する。


 シータが今行ったこと。それが可能だとするなら──分かりやすくするために、戦闘に置き換えて考えてみよう。

 もし、そんなことが可能ならば。『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』の魔銘解放(リベラシオン)をした瞬間、戦っている相手はこの世界に強制的に叩き込まれる。魂だけの存在、魔法が使えない存在になった無力な状態で。


 しかもそれだけではない。現在ユルゲンは魂だけの状態、つまり肉体はここではない先ほどまで戦っていた場所、言うなれば『現世』に置き去りになっている。魂の無い、完全に無力化された肉体が。

 であれば……これが戦いならば、最早決着はついたも同然。完全無防備な肉体を破壊して魔法を解除すれば、お手軽な死体の出来上がりだ。



 もしそうなら、この魔銘解放(リベラシオン)は実質上。

 ──完全抵抗不可の(・・・・・・・)一発即死魔法(・・・・・・)、ということになる。



(……無理、だね)


 できない、とユルゲンは理知的に断言する。

 自らも同じ魔法を持ち、また同じ魔銘解放の使い手であるラプラスを見ていたから分かる。そこまでの無法は、血統魔法には許されていない。

 死者との対話が可能な世界を作るだけでも半歩踏み出しかけているのに、そこに誰かを抵抗を許さず呼び込むなど不可能。

 それは、確かに。理解できた──が。


「……それが、どうしたんだい?」


 今その話をされる理由が分からず、ユルゲンはそう問い返す。

 それも予期していたように、シータは笑って。


「『無条件でここに誰かを呼び出すことは不可能』、ということを理解して欲しかったの。であれば当然……今あなたが思った通り、条件があるのよ。言った通り、『ここに居られる』ための条件が」


 それは、何か。


「同じ魔法を持つあなたなら、もう分かるんじゃないかしら?」


 その問いかけに誘われるように……ユルゲンは、すぐに思い至ってしまう。

 だって、そもそも『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』は通常状態の効果からして、『条件付きで』死霊を喚び出す効果なのだ。

 ならば、魔銘解放(リベラシオン)も。普通に考えれば、その条件は同じ──


「そう」


 答えに辿り着いたタイミングを見計らったように、シータが告げる。



「──術者と同じ志を持っていること。

 それが、ここに居られるための唯一にして絶対の条件」



 呆然と。

 言われていることを理解したが故に理解できないユルゲンに、続けて。


「私は、死んだ時に偶然カティアの近くにいたことから『魔法に拾われる』形でここに存在することを許された。同時に……もちろん、その条件を満たしていたこととからも。

 博愛心が多く(・・・・・・)守るための(・・・・・)気質が強い(・・・・・)という魂の特徴を、ね」


 わけが。

 分からなかった。

 けれど、シータの言いたいことだけはここまでの丁寧な説明で理解してしまったが故に、ユルゲンは尚更呆然とその場に佇む。


 無論、悪い意味ではない。

 あまりにも自分にとって都合が良いことだったからこそ、信じられなかったのだ。



 ……そう在りたいと、思っていた。

 弱きを助け、民を守り、美しき国を作るために尽力する。そんな、素晴らしい貴族に。


 だからこそ、絶望したのだ。

 そうではなかった、と。他ならぬ自分の魔法に突きつけられたことが。自分の本質がとうの昔に憎悪と復讐心で捻じ曲がってしまったのだと、魔法に理解させられてしまった日が。


「違うわよ」


 けれど、彼女は。

 あまりにも優しい笑みで、まるでそれを伝えるために自分は今ここにいるんだというような、慈愛に満ちた表情で。


「飲み込まれかけていても、無くなってはいない。多くの出来事で塗りつぶされかけても、本当に喪われてはいない」


 こう、告げたのだった。




「あなたは、本当はとても優しい人。それは決して揺らいでいない。

 ここに来れたことが、それを証明しているわ」




 心の中の、深く暗い何かに。

 微かに、罅が入った音がした。

次回、カティア(&シータ)対ユルゲンのお話クライマックス予定。ぜひ読んでいただけると!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ